琥珀色の戯言

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【読書感想】不時着する流星たち ☆☆☆☆

不時着する流星たち

不時着する流星たち


Kindle版もあります。

内容紹介
たくらみに満ちた豊穣な世界文学の誕生!


盲目の祖父は、家中を歩いて考えつく限りの点と点を結び、その間の距離を測っては僕に記録させた。足音と歩数のつぶやきが一つに溶け合い、音楽のようになって耳に届いてくる。それはどこか果てしもない遠くから響いてくるかのようなひたむきな響きがあった――グレン・グールドにインスパイアされた短篇をはじめ、パトリシア・ハイスミスエリザベス・テイラー、ローベルト・ヴァルザー等、かつて確かにこの世にあった人や事に端を発し、その記憶、手触り、痕跡を珠玉の物語に結晶化させた全十篇。硬質でフェティッシュな筆致で現実と虚構のあわいを描き、静かな人生に突然訪れる破調の予感を見事にとらえた、物語の名手のかなでる10の変奏曲。


 小川洋子さんが、日曜日の朝に出演している本を紹介するラジオ番組があるのです。
 そこで喋っている小川さんは、何年もラジオで喋っているのに、垢抜けない、というとものすごく失礼なんですか、軽い緊張とともに、丁寧に言葉を選んでいるのが伝わってくるのです。
 小川さんの代表作といえば、本屋大賞を受賞した『博士の愛した数式』を挙げる方も多いと思うのですが、小川作品のなかでは、『博士の愛した数式』って、異端というか、かなり「わかりやすいくてとっつきやすい作品」なんですよね。
 同じ『本屋大賞』受賞作の恩田陸さんの『夜のピクニック』が、恩田作品のなかでは「どちらかというと例外的な素直な青春小説」なのと同じように。
 小川洋子作品を僕が一言で表現するならば、「不穏」。
 日常のなかにあらわれる異界、みたいなものをものすごく丁寧な描写ですくいあげている、あるいは、そこにあるのだけれど、大部分の人は目に留めないような「尋常ならざるもの」への愛着を感じるのです。
 あんな優しそう、真面目そうな人のなかに、こういう小説を書ける「陰気な洞察力」みたいなものが眠っているのだから、人間というのは不思議だ。


 この『不時着する流星たち』という短編集にも、そんな「不穏な」世界が描かれています。
 そして、小川さんが描く「異界」は、なんだか、すごく美しくて魅力的なんですよね。

(第三話『カタツムリの結婚式』より)


 ある日、プロサッカーの試合中に観客がグラウンドに乱入する、というニュースが流れた時、なるほどスポーツにも同志が紛れ込んでいる可能性はあると気づいた。サッカーなら二十二人、ラグビーなら三十人の選手が広々とした場所に散らばっているのだから、一人くらい余分が交ざっていても大丈夫そうに思える。もちろんその人は正式なユニフォームを着ているし、運動能力も高い。見事なスピードで競技場を自在に駆け抜ける。
 しかし決して主役に躍り出ることを許されない宿命を背負っている。その人の姿があるのは必ず、観客たちの視線を集めるボールの動きとは無関係な、試合の大勢に影響を与えない片隅なのだ。もし、「あれっ」と思う誰かがいて、「一人、二人……」と人数をかぞえはじめたとしても、そこにいるのにいない、という絶妙な存在感をまといつつ、観客の視界を素早くくぐり抜けてゆく。


 こういう「一人の余分」って、見える人がいれば、見えない人もいる。
 僕にも見えるような気がするのです。
 見える、と言い切る自信はありませんが。
 小川洋子さんは、そういう存在を浮かび上がらせる、陰陽師みたいな人だなあ、といつも読んでいて思うのです。
 役に立つとか、共感できるとか、泣けるとか、そういうのではなくて、その本を手にとるだけで、ちょっと違う世界を覗き込む時間をくれる作家さん。


 この短編集のモチーフとなっているのは、ヘンリー・ダーガーグレン・グールドパトリシア・ハイスミスなどのアーティストが主なのですが(牧野富太郎さんの話もあります)、短編を読み終えたあとに配されている、その人物の紹介を読んではじめて、「えっ、この人のことだったのか」と驚く、という作品がいくつもありました。
 でも、強引に結びつけている、というのではなくて、ちゃんと「繋がっている」んですよね。
 「ああ、こういうのが想像力(「妄想力」かも)なのだな」と。
 小川さんは、日本の小説家のなかでは少数派の「物語」を書く、書ける人なのです。
 小川さんの作品のなかでも『薬指の標本』とか『猫を抱いて象と泳ぐ』などの「幻想系」が好きな方には、とくにおすすめです。


fujipon.hatenadiary.com
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薬指の標本

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