琥珀色の戯言

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【読書感想】もう一杯だけ飲んで帰ろう。 ☆☆☆

もう一杯だけ飲んで帰ろう。

もう一杯だけ飲んで帰ろう。

内容(「BOOK」データベースより)
ずっと別々に行ってた西荻窪の居酒屋に今は一緒に。旅先の味を求めてミャンマー料理を食べに高田馬場へ。高円寺の古本酒場で常連たちと盛り上がり、新宿で芝居を観た後は朝まで飲んで話しあう。昼飲みの聖地・立石ではしご酒、うまい魚を食べるために五反田へ。初の夫婦共著。人と飲むのが大好きなふたりの楽しい酒飲みエッセイ38篇。


 角田光代さん、河野丈洋さん夫婦が、一緒に飲んだ店のことを、それぞれの視点で書いたエッセイ集。
 こうやって、しょっちゅう「夫婦飲み」ができるっていうのは羨ましいなあ、というのと、子どもがいると、なかなかこうはいかないよなあ、というのと。
 子どもと一緒に食事をすると、それはそれで面白いことも大変なこともあるので、どちらが良いとか悪いとかいうものではないんですけどね。
 まあとりあえず、誰かと(とくに居酒屋に)飲みに行って、美味しい料理を食べたくなるエッセイ集です。


 角田さんは、「はじめに」で、河野さんとの「食の好みの合わなさ」を語っておられます。夫婦は食べ物の好みが違うと大変、とよく言われるのですが、肉料理が好きな角田さんと、肉より魚・野菜で、内臓肉はどんなに薦められても口にしようとしない河野さん。
 それでも、ふたりはしばしば一緒に飲みに行き、友人たちと語らったり、お互いの仕事の話をしたりしているそうです。
 そんなふたりなので、どんどん新しい店を開拓しているのかと思いきや、角田さんはこう書いておられます。

 あたらしくできた店、というのはなかなか難しい。料理や店の雰囲気がどんなであるか、まったく予想がつかない。八割がた、今ひとつだろうなと私は考えている。でも残り二割、すごくいい店かもしれないという期待がある。ひとりならば、私はその二割に背を押されてあたらしい店のドアを開ける・この独自調査の結果としては、今ひとつ九割、すごくいい一割である。そして今ひとつの店は、早ければ一年以内、遅くても三年のうちにはなくなってしまう。
 おそらく夫は私よりもさらに慎重だ。今ひとつ9.5割残り0.5割くらいに思っているのではなかろうか。あたらしい店の前に立ち、「入ってみようか」と問うと、夫は透視するかのようにじっと店を見つめ「いや、やめよう」と言うことが多い。


 こういうお店紹介エッセイを読んでいると、この人たちは、さすがに良い店ばかりに通っているのだなあ、独自の情報網みたいなものがあるのだなあ、なんて思いがちなのですが、実際は、けっこう「ハズレ」も引いているし、基本的に河野さんは冒険をしたがらないタイプみたいです。
 僕も食べ物や店選びには保守的だとよく言われるので、気持ちはわかる。
 それにしても、東京には、いろんな国の料理の店があるものなのだなあ。


 河野さんの話のなかでは、『とみ多』という大阪の割烹料理の店の回で、途中から大阪でずっとお世話になっている、ずっと年上の「梅ちゃん」というコンサートスタッフについて語っておられたのが印象に残りました。
(というか、この回、河野さんのほうには『とみ多』の話がほとんど出てきません。そういう脱線具合が、このエッセイ集の魅力でもあります)

 梅ちゃんが「ただの面白い人」ではないことは、知り合ってすぐにわかった。
 僕はそのとき二十歳で、大阪でのライブや、打ち上げという名の馬鹿騒ぎなどを無邪気に楽しんでいた。そもそも、見知らぬ土地で飲むという経験がたいしてなかった頃だ。それだけで浮かれていたところもあったろう。梅ちゃんのことも、たいした考えもなく「ひょうきんな人だな」くらいに見ていた。
 ところが打ち上げのあと、メンバー、スタッフを交えて飲み直しに行ったバーのテーブルで二人だけになると、それまで笛を吹くようなふざけた姿勢でビールを飲んでいた梅ちゃんは不意に落ち着いた口調になり、全く違う顔を見せたのだった。頼む酒も「黒霧島ロック」に変わっていた。
 梅ちゃんは、僕のやろうとしている音楽を正確に理解していた。そればかりではなく、聴くべき音楽を示唆し、また自身の仕事を通じて、何が大事で何が大事でなかったかを理路整然と話し始めた。こんなに生真面目で熱意ある人だったのかと静かに驚いたが、それ以上に戸惑ったのは、話しながら、梅ちゃんが敬意をもって僕に接しているらしいと気づいたときだ。嬉しさよりも、やはり戸惑いが勝っていたと思う。自分のようなかけだしで無名のミュージシャンを、こんなにきちんと扱う大人がいるのかと。それから言うまでもなく、そのとき僕は人を見る目がまったくなかった自分を恥じた。
 最近では、妻が大阪に仕事に行く際、ひとりでも入りやすくておいしい店はないかと梅ちゃんに相談したことがあった。おでんと焼鳥が感動的なまでにおいしい店だったと、後日、妻から聞いた。


 地元の「オススメの店」を尋ねられることって、ありますよね。
 そういうとき、すぐに、相手のニーズに合った店を挙げられる人ってすごいよなあ、と僕はいつも感心するのです。
 それだけで、「ああ、この人は『デキる』のだなあ」なんて思うくらいに。
 この河野さんの話、最後の「紹介してくれた店」のエピソードが、ものすごく効いているんだよなあ。


 あと、中野の『英鮨』の回での、角田さんのこんな話。

 高級鮨店であれ、回転寿司店であれ、鮨を食べると私は必ず短編小説『小僧の神様』を思い出す。これはまったく不思議な小説で、中高生のときに読んで、強烈に覚えている。その隅に醤油のしみがついている。店を出る客が指先をのれんで拭いていく習わしがあったらしい。ところが成長して読み返してみると、そんな描写はいっさいない。またしばらくたって、この小説を思い出すと、まず浮かぶのが「のれんのしみ」。また読み返す。やっぱり書かれていない。この短い小説は、読み手に何を見せるのだろう?


 ああ、僕も「回らない鮨屋」に行くと、なぜか思い出すんですよね、志賀直哉の『小僧の神様』。教科書で読んだ作品というのは、けっこう、記憶に残っているものみたいです。

 この本、東京に住んでいる人には、居心地の良い、お酒が飲める場所のガイドブックとして役に立ちそうです。
 紹介されている店を積極的に紹介しようというような「宣伝色」はきわめて乏しくて(どこも、いまさら宣伝しなくても予約が一杯の人気店ばかりみたいだし)、前述したように、ほとんど脱線しているような回もあるのですが、それもまた「飲みエッセイ」らしい気がします。


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