琥珀色の戯言

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【読書感想】君たちはどう生きるか ☆☆☆☆

君たちはどう生きるか

君たちはどう生きるか

内容紹介
40万部突破!


字も大きい、現代仮名遣いで、
原作が一番読みやすい新装版!


池上彰さんも子供時代に感動!
日本を代表する歴史的名著が、
マンガ化と同時に読みやすい新装版で刊行!
漫画版と同じ羽賀翔一さんの挿絵入り


ヒューマニズムに根差した良い本は、
時代を超えて人々の心をつかむのです」
(ジャーナリスト/池上彰さん)


1937年に出版されて以来、数多くの人に読み継がれてきた、
吉野源三郎さんの名作「君たちはどう生きるか」。
今回前書きを書いてくださった池上さんも、
小学生時代に、父親から渡された当初は
読もうとしなかったのですが、気がつくと夢中になって
どんどん読み進んでいたと言います。
人間としてどう生きればいいのか、楽しく読んでいるうちに
自然と考えるように書かれた本書は、子供はもちろん
多くの大人たちにも共感をもって迎えられてきました。
勇気、いじめ、貧困、格差、教養、、、
昔も今も変わらない人生のテーマに真摯に向き合う
主人公のコペル君と叔父さん。
二人の姿勢には、数多くの生き方の指針となる言葉が示されています。
活字も大きくなった読みやすい新装版で、
ぜひ、色褪せない名作の面白さを堪能してください。
《全国学図書館協議会選定図書》


 「時代をこえた名著」として、2018年の1月にNHKの『クローズアップ現代+』で採りあげられたり、池上彰さんが『100分de名著』の別冊でこの本を紹介したりということもあって、漫画版もあわせて、ものすごくこの本が売れている、ということは聞いていたのです。
 しかしながら、あまりにもストレートで説教くさいタイトルと、1937年に出版されたけっこう古い本ということで、僕は長い間二の足を踏んでいました。
 それでも、これだけ売れて、話題になっているからには、それなりの理由もあるのだろう、と思い、手にとってみたのです。


www.nhk.or.jp


 読みながら、僕はずっと考えていました。
 ああ、これを僕の子供たちに読ませたい。
 ただ、僕自身の経験上、子供がいちばん読みたくないのは、親と文部科学省が薦める本なんですよね。
 いかにも「道徳の本」っぽい雰囲気だし。


 この本について、池上彰さんは、前述の『クローズアップ現代+』のなかで、こう仰っています。

「(80年前は)同調圧力のような、ちょっとでも政府の方針に違反すると、売国奴とか非国民とか、そういうことを言われるようになってきた重苦しい雰囲気。今なにか政府の批判をすると、それだけで反日とレッテルをはられてしまう。ネットですぐ炎上したり、なんとなく若者も空気を読む。まわりを見て忖度(そんたく)をして、という形で息苦しい思い。(原作が出版された)当時と、共通したようなものがあるのかなと思う。」


 池上さんは現在60代後半ですから、太平洋戦争時代の日本を体験してはいないわけで(僕が知らない、戦後の食糧難や高度成長に関しては、鮮明に記憶しておられると思います)、池上さんにとっても「昔の本」「古い内容」のはずなのに、ものすごく高く評価されているんですよね。

 この本は、そもそも1937年(昭和11)年7月に発行されました。「日本少国民文庫」全16巻シリーズの最後の刊行だったのです。
 この時期は、中国大陸で盧溝橋事件が起き、日本が日中戦争の泥沼に入っていくときでした。日本国内では軍国主義が進み、社会主義的な思想の持ち主はもちろんのこと、リベラルな考え方の人まで弾圧された時代です。
 一方、ヨーロッパでは、ドイツにヒトラーは、イタリアにムッソリーニが登場。ヨーロッパはキナ臭くなっていきます。まもなく第二次世界大戦が始まろうとしていました。
 そんな時代だからこそ、偏狭な国粋主義者ではなく、ヒューマニズムに根差し、自分の頭で考えられる子どもたちに育てたい。そんな思いから、吉野氏は、この本に着手したのです。
 戦前に発行されたにもかかわらず、戦後も売れ続けます。いや、むしろ戦後になった方がよく売れるようになったと行っても過言ではありません。ヒューマニズムに根差した良い本は、時代を超えて人々の心をつかむのです。


 この本のすごいところは、「ヒューマニズム」というのを必ずしも美化していないというか、現実の矛盾や人間の弱さをキッチリ描いていることなんですよね。
 主人公のコペル君は、賢い少年なのだけれど、ちょっと理想主義者の背伸びした子ども、という感じもします。
 まあ、僕もそんな感じの子どもだったのだけれども。
 ところが、彼の理想主義やヒューマニズムというのは、「圧倒的な力」の前では、無力なんですよ。
 僕だって、目の前で反社会性力に知らない人が脅されていたら、見て見ぬふりをするか、せいぜい、少し離れたところから警察に通報するくらいのことしかできないと思う。


 この本のなかで、コペル君の叔父さんは、ワーテルローの戦いに敗れたあとのナポレオンの話をしてくれます。

 イギリスに着いて以来、ナポレオンはずっと船室にとじこもったまま暮らしていたので、波止場に集まった人々は彼の姿を見たいと思っても見ることができなかった。ところが、ある日、ナポレオンは久しぶりで外の空気に触れたくなり、とうとうその姿を甲板にあらわした。
 思いがけず、有名なナポレオン帽をかぶった彼の姿を、ベルロフォーン号の甲板の上に認めたとき、数万の見物人は思わず息を呑んだ。今まで騒ぎ立っていた波止場が一時にシーンとしてしまった。そして、その次の瞬間——、コペル君、どんなことが起こったと思う。数万のイギリス人は、誰がいい出すともなく帽子を取って、無言で彼に深い敬意を表して立っていたのだ。
 戦いにやぶれ、ヨーロッパのどこにも身の置きどころがなく、いま長年の宿敵の手に捕えられて、その本国につれてこられていながら、ナポレオンは、みじめな意気沮喪した姿をさらしはしなかったのだ。とらわれの身になっても王者の誇りを失わず、自分の招いた運命を、男らしく引き受けてしっかりと立っていたのだ。そして、その気魄が、数万の人々の心を打って、自然と頭を下げさせたのだ。何という強い人格だろう。
 ——君も大人になってゆくと、よい心がけをもっていながら、弱いばかりにその心がけを生かし切れないでいる、小さな善人がどんなに多いかということを、おいおいに知ってくるだろう。
 世間には、悪い人ではないが、弱いばかりに、自分にも他人にも余計な不幸を招いている人が決して少なくない。人類の進歩と結びつかない英雄的精神も空しいが、英雄的な気魄を欠いた善良さも、同じように空しいことが多いのだ。
 君も、いまに、きっと思いあたることがあるだろう。


「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」
 レイモンド・チャンドラーの『プレイバック』という作品のなかでの、私立探偵フィリップ・マーロウの言葉です。
 僕は長年これを「優しさの大切さ」を語ったものだと思っていたのですが、あらためて考えてみると「まずは、強くなければ、優しいかどうかを問われるレベルにまで達することもできない」という解釈もできますよね。
 「弱いばかりにその心がけを生かし切れないでいる、『小さな善人』」か……
 僕もこのタイプだよなあ。
 「弱くて善良なばかりに、自分にも他人にも余計な不幸を招いている人」は、本当に多いのです。
 逆に、「悪いヤツでも、強ければ、無理を通すことができる」という例も、少なからずありますよね。
 結局のところ、みんなが抱えている問題は、80年前と、そんなに変わらない。
 「正しいけれど、力がない人の話」は、なかなか聞いてもらえない。

 コペル君は、叔父さんに問われるままに、浦川君のうちの様子や浦川君のことを、詳しく物語りました。しかし、浦川君のお父さんが山形までお金を工面しにいったのだということだけは、話さずにしまいました。コペル君は、ちゃんと約束を守ったのです。
 話を聞きおわると、叔父さんはいいました。
「君たちと浦川君とでは、何もかも、たいへんな違いだねえ。それじゃあ、浦川君がみんなといっしょになれないのも、無理はないや。——ところで、コペル君、君に一つ考えてもらいたいんだが——」
「何さ」
「いったい、君たちと浦川君と、どこが一番大きな相違だと思う?」
「そうだなあ——」
 と、コペル君は、少々当惑したような顔をしました。そして、しばらくもじもじしていましたが、やがてさも言いにくそうに申しました。
「あのう、浦川君のうちは、——貧乏だろう。だけど、僕たちのうちはそうじゃない」
「そのとおりだ」
 と、叔父さんはうなずいて、なおたずねました。
「しかし、うちとうちとの比較でなく、浦川君その人と君たちとでは、どんな違いがあるだろう」
「さあ」
 コペル君は、ちょっと返答に困りました。


 この本って、「問い」や「ヒント」は書かれているのだけれど、「答え」はほとんど書かれていないのです。
 というか、「答え」がない、あるいは、「答えようがない」問いが、投げかけられている本なんですよね。
 そして、その「答え」は、世に出てから80年経ったいまでも、出ていない。


 子どもに読ませたい、という前に、まず、親に読んでみてほしい、そんな本でした。


 漫画版もあって、こちらのほうが売れているみたいです。

漫画 君たちはどう生きるか

漫画 君たちはどう生きるか

漫画 君たちはどう生きるか

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