琥珀色の戯言

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【読書感想】悪魔と呼ばれたヴァイオリニスト パガニーニ伝 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

悪魔と呼ばれたヴァイオリニスト―パガニーニ伝―(新潮新書)

悪魔と呼ばれたヴァイオリニスト―パガニーニ伝―(新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)
ニコロ・パガニーニ。全身黒ずくめの姿で繰り出す超絶技巧で人々を熱狂させた、空前絶後のヴァイオリニストである。「悪魔ブーム」をブランディングに用い、巨万の富を築いた守銭奴にして女好き。「無神論者」の烙印を押され、遺体となっても欧州をさまよった彼には、「幽霊となっても音楽を奏でている」との伝説も生まれた。十九世紀に鮮やかな刻印を残した「西洋音楽史メフィストフェレス」、本邦初の伝記。


 著者が以前、同じ新潮新書で上梓した『フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか』が面白かったので読んでみました。


fujipon.hatenadiary.com


 僕はクラシック音楽通、というわけでもなく、フランツ・リストパガニーニも「名前くらいは知っている」というレベルなのですが、前作も今作も十分楽しめました。
 

 超絶技巧のヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニは1782年に生まれ、1840年に57歳で亡くなっています。
 いまから200年くらい前に生きた人物なのですが、ほんの200年前でも、信頼できる史料は少なく、その生涯には不透明な部分が多いのです。
 その一方で、さまざまな「伝説」に彩られてきた人でもありました。

 パガニーニは、ヨーロッパ・ツアーを成功させるなど、商業的な成功をおさめて大金持ちになり、ナポレオンの妹などの女性にも寵愛された稀有な音楽家で、あのベートーヴェンとほぼ同時代を生きた人だったのです。
 ベートーヴェンの伝記は僕も小学生のときに読んだことがあるくらいたくさんあるのですが、パガニーニの生涯は、謎とゴシップ、スキャンダルだらけで、虚々実々、という感じです。

 なにせ「悪魔」と呼ばれたヴァイオリニストである。そのニックネームのせいもあってか、怪しげな逸話とか、虚実が混ざり合ったようなエピソードが、いまだにひとり歩きしている。
 たとえばこんなぐあいだ。人を酔わせる技巧と引き替えに悪魔に魂を売り渡したとか、演奏する彼を悪魔が背後から操っていたとか、演奏しているときに身体が宙に浮いていたとか……。彼の演奏を実際に聴いたという人々の証言も、伝記に登場する逸話の数々も、だいたいはこんな怪しげなものだ。
 蜘蛛のような腕が異様に長く、やせ細った不気味な風貌と無表情で無口な性格も、彼の怪しげな悪魔伝説に尾ひれを付けた。黒いマントに身を包んで、ロウソクが灯る薄暗い舞台に登場し、固唾をのんで静まりかえる客席じろりとにらみつけると、観客は震えあがったという。にらみの市川海老蔵も顔負けである。
 きわめつきは亡くなったときの逸話だ。キリスト教会を憎悪していた彼は、死後、教会から埋葬を許されず、数十年にわたって遺体のまま各地をさまようことになる。遺体が安置された地中海の港では、夜な夜な海辺からヴァイオリンのすすり泣きが聞こえてくるという噂もささやかれる。ここまでくると、もはや江戸川乱歩怪奇小説とか、ガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』の世界である。


 どこまで本当なんだ……というエピソードなのですが、教会との軋轢から、長年埋葬が許されず、遺体がゆかりのある土地を渡り歩くことになったのは事実なようです。
 著者は、当時のヨーロッパで「悪魔ブーム」が起こっていたことや、教会は音楽というものに対して冷淡なところがあった、という背景についても丁寧に言及しています。


 残念ながら、録音が残っている時代ではないので、パガニーニの演奏を聴くことはできないのですが、パガニーニという天才演奏家によって、ヴァイオリンの新たな奏法がたくさん生み出され、その表現力は高まったのです。

 たとえば、目にもとまらぬような高速スタッカート(音符を短く切って演奏すること)、スピッカート(跳弓と呼ばれる弓を弾ませる奏法)、前述したフラジョレットをさらに二弦で行うダブル・フラジョレット、左手によるピッツィカート(弦を指で弾く奏法。ふつうは弓をもつ右手で行う)、広域にわたるアルペッジョ(分散和音)、スコルダトゥーラと呼ばれる変則的な調弦方法など、まさに特殊奏法のオンパレードである。


 これらをひとりで生み出したというのですから、ヴァイオリンの表現力は「パガニーニ以前」と「以後」では、大きく変わったというのも頷けます。
 

 パガニーニは、天才演奏家であるのと同時に、経済観念にすぐれていたというか、家庭の事情もあって、「お金を稼ぐ」ことに熱心なアーティストでもありました。
 そういう意味では「悪魔キャラ」というのは、都合が良い面もあったのかもしれません。

 そもそも演奏家が自力で演奏会を開くなど、まだ不可能に近かった時代である。音楽マネージャーという職業もまだ存在していなかったので、興行主がいない場合に演奏会を開くためには、会場を探し、広告を出して、チケットを売り、開催するということまでのすべてを、演奏家がひとりでやらなければならなかった。
 演奏会場の来場者コントロールすら、まともに出来ていなかった。たとえば、数百人しか収容できない会場に、金を払ってくるのは、せいぜい聴衆全体の三分の一程度で、あとは招待客か、もぐりの客というような公演もざらにあったという。そのような状況では、演奏家が自主公演を開いても採算が合うはずがなかった。
 だが、そこはパガニーニだ。抜け目のない彼は、招待券などはほとんど配らず、会場の切符係も自分でやり、チケットを売り切ると自分で会場の入り口に鍵をかけてから舞台に上って演奏したこともしばしばあったという。


 そこまで徹底していたのか……という感じですよね。
 現在でも、小劇団の自主公演ならこういうこともあるかもしれませんが、パガニーニは、「自分を観客にどう見せるか」「お金をきちんと回収するのは、どうすればいいのか」という「俗っぽいところ」にこだわり抜いた演奏家だったのです。
 黒ずくめの「悪魔スタイル」やステージのおどろおどろしい雰囲気も、さまざまなゴシップを逆手にとって利用していたのです。

 薄暗い雰囲気満点の舞台照明も、黒ずくめのステージ衣装も、幽霊のような登場シーンも、まるで黒魔術さながらに、彼は利用できるものは何でも利用した。こうして悪魔さえも金儲けの道具にして、群集心理を巧みに操ったのだ。
 その意味では、現代の演奏家に通じるパフォーマンス・アーティストへの道を切り開いた「祖」となる人物こそ、パガニーニであったともいえる。たとえ、その不気味な風貌を忌み嫌われても、悪魔というキャラクターを自ら演じることで、自身のブランドを確立したパガニーニは、ある意味では悪魔よりも狡猾だったとさえいえるかもしれない。近代の音楽家自身によるプランディング戦略のおそらく最初の見事な成功例である。


 パガニーニは、KISSや聖飢魔IIのルーツだとも言えるのです。
デーモン小暮閣下に「吾輩は本物の悪魔だ!」と怒られそうですが)
 それまでの音楽家が、作曲家としての力量で評価されることが多かったのに対して、パガニーニは、演奏家として、演出を含めたパフォーマンスで観客をひきつけ、成功をおさめた革命家でした。
 それだけに、パガニーニの凄さというのは、活躍したのが録音や録画ができない時代でもあったため、実感しがたいところもあるんですよね。

 
 この本を読んだ人はみんな、「パガニーニのステージを生で観てみたかった」と思うはずです。
 絶対に観られない、聴けないからこそ、さらに「伝説化」されていくという面もあるのでしょう。
 悪魔が来りて、ヴァイオリンを弾く。


フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか(新潮新書)

フランツ・リストはなぜ女たちを失神させたのか(新潮新書)

 

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