琥珀色の戯言

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【読書感想】消えたフェルメール ☆☆☆☆

内容(「BOOK」データベースより)
あの傑作はもう見られない?一九九〇年三月、米ボストンのガードナー美術館から十数点の美術品と共にフェルメールの“合奏”が盗まれた。以来約三〇年、美術ファンの期待も虚しく、その行方は杳として知れない。著者は他のフェルメール作品盗難事件を例に政治的な動機、コレクターの指示、保険金目当て…などの分析・推理をしつつ、FBIの最新捜査情報をもとに“合奏”の現在を追う。アート界最大のミステリーの新事実を報告する決定版。


 2018年10月5日から、東京・上野の森美術館で、フェルメール展が行われています。
 通説では35作品の真筆が存在するとされるフェルメールの作品のうち、9点がこの展覧会に集まるということで、かなり注目を集めているんですよね。
 この本は、そのフェルメールの作品のなかで、「消えた(盗まれた)絵」と、「なぜ、絵が盗まれるのか?」について書かれたものです。

 1990年3月18日、ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館から、フェルメールの<合奏>、レンブラントの<ガリラヤの海の嵐>、マネの<トルトニ亭にて>などの絵画を含めた13点の美術品が盗まれた。被害総額は現在5億ドルとされており、史上最大の美術品盗難事件という不名誉なタイトルを頂戴したまま今に至っている。そう、この盗難事件は、発生から28年経った現在も未解決で、作品もどこにあるのかわからない状態なのだ。
 この事件は、ノンフィクションの書き手としての私の仕事の出発点でもあった。私はガードナー美術館等難事件がきっかけで、その他にもフェルメールが盗まれた事件が4件起こっていたことに気がつき、それらを調査・取材して、2000年に『盗まれたフェルメール』(新潮選書)を上梓した。この本を書き終えた時点では、ガードナー美術館強盗事件は、最初に噂されていたように悪徳コレクターに依頼された強盗やIRAアイルランド共和軍)による犯行などではなく、ボストン周辺の犯罪者グループによるものだという輪郭が、うっすらとだが見えてきていた。


 著者の朽木ゆり子さんは、2000年に『盗まれたフェルメール』という美術品の盗難の背景とその捜査に関する本を上梓されていて、僕もそれを読んだ記憶があるのです。
 その取材がきっかけで、フェルメールの魅力にとりつかれた著者は、その後、現存するフェルメールの全作品の実物を見るという『フェルメール全点踏破の旅』という新書も出版しておられます。これも読んだ記憶があって、「35点」というフェルメールの現存作品数は、ひとりの人間が「全クリア」するには、たしかに、少なすぎず、多すぎず、ちょうど良い数だなあ、と思った記憶があります。
 ただ、あまり絵心がない僕からみると、フェルメールの絵って、どれもけっこう似たような感じがするんですよね。それがフェルメールの作風、ということなんでしょうけど。


 この新書は、その『盗まれたフェルメール』をアップデートし、少し簡略化した、という感じになっています。
 ちなみに、1990年に『合奏』が盗難された時点では、フェルメールはそれほど有名な画家ではなく、知る人ぞ知る、という存在だったそうです。
 当時は、一緒に盗まれたレンブラントの『ガリラヤの海の嵐』のほうが、レンブラントが海を描いた唯一の作品ということで重要視されていたのです。
 フェルメールがこれほど知られるようになったのは、1995年にワシントンのナショナル・ギャラリーで行われた「ヨハネス・フェルメール展」以降のことでした。
 たしかに、僕が子どもの頃には、フェルメールという画家の名前を聞いたことはなかったものなあ。

 私は美術品強盗にずっと前から興味を持っていたわけではない。1994年にニューヨークに移住してからしばらくたって、「五年と三億ドル——特別レポート:史上最大の美術品泥棒事件の深まる謎」というガードナー美術館盗難事件に関するニューヨーク・タイムズの長い記事を読んだことがきっかけで、関心を抱くようになったのだ。
 もっとも、ルーヴル美術館でずっと昔の1911年に<モナリザ>盗難事件が起きたことは知っていたし、たまたま1994年の2月にはオスロのナショナル・ギャラリーからムンクの<叫び>(油彩バージョン)が盗まれるという事件が起こっていたので、好奇心を抱いていたのは事実だ。
<叫び>が盗まれた日はノルウェーリレハンメルでの冬季オリンピック開会式だったため、世界中で大ニュースになった。しかも、犯人からノルウェーの文化省あてに「70万ドルで絵を買い戻せ」という要求が来て、また大騒ぎとなった。しかし、政府は支払いを拒否。その後、囮捜査官の活躍で絵は取り戻されたが、そのときに絵画の盗難事件は誘拐事件に似ている、と思ったことをよく覚えている。盗まれた絵は、人質と同じように扱われ、身代金を要求される。そして、犯人が逮捕されても、絵が戻ってこなければ事件は解決しない。
 こうして私は美術品盗難事件に関する資料を読み始めたのだが、美術品盗難の頻度や被害額といった”骨格”を知るのは案外難しかった。その状況は今も変わっていない。
 アメリカ司法省は、国際犯罪としての文化財や美術品の盗難や売買は、麻薬や武器の密輸に次ぐ規模だとしている。FBIによれば、美術品盗難の年間推定被害額は約60〜80億ドルで、被害額は増大の傾向にある。年間平均5〜10万点が盗まれているというが、その中で大きな割合を占めるのはイラク、シリア、アフガニスタンなどの戦闘地域から持ち出される文化財や遺跡からの盗掘品だ。本書の対象である美術館や画廊、個人宅からの美術品窃盗に限った場合の被害がどの程度なのかはわからないが、ずっと小さいことは確かだ。さらに、美術品といってもその中には家具、時計、コイン、切手、その他の骨董品が含まれるから、もっとわかりにくい。


 「絵画の盗難事件は誘拐事件に似ている」というのは、言い得て妙だと思います。
 有名な絵画は、美術館で多くの人に公開されているものが多いですし、お金持ちの邸宅を美術館にして展示されているものもけっこうあるのです。
 その市場価値のわりに、警備はそれほど厳重ではないものが少なからず存在しています。
 著者は「名画を盗み出すことはそれほど難しくはないが、それを換金するのは大変難しい」と述べています。好事家の大金持ちに買ってもらう、というようなことを想像してしまうのですが、買っても大っぴらに見せびらかせない作品ですし、そういう作品が売られていないかチェックするシステムもいまはできあがっているのです。

 最近の傾向は「盗むは易し、売るは難し」である。警備が厳重な美術館をのぞけば、画廊や住宅に押し入ったり、空き巣に入ったりして美術品を盗み出すのは難しくはない。しかし、絵画の買い手を見つけるのは非常に難しい。最近では、盗まれた絵を買いたがるバイヤーはほとんどが囮捜査員、とまで言われるようになっている。


 最近は、盗まれた絵を高額で誰かに売る、というよりは、その絵を元の持ち主に返還するかわりに金銭を要求する、とか、過激派の組織が自分たちの仲間の釈放や政治的な問題の解決を求めて、「従わなければ絵を破損するぞ」と脅迫するというような目的での盗難が多いそうです。
 先進国ではあまり報道されることのない、イラクやシリアで行われている「文化の収奪」というレベルの盗難もあるんですよね。盗むどころか、宗教上の主張のために、完全に破壊してしまうような事例もあります。


 このガードナー美術館の盗難事件はいまだに未解決で、フェルメールの『合奏』をはじめとする、盗まれた作品は戻ってきていません。
 犯人とおぼしきメンバーについては、ある程度特定できているようなのですが、盗まれてから時間が経っていることもあり、作品が戻ってくる可能性については、著者は「やや悲観的」だと仰っています。
 アート好きとしては、「作品に罪はない」と思うのだけれども、多くの人に「失われないでほしい」と思わせることができて、人間を人質にするよりは保管がラクで、誘拐ほど罪が重くならない絵画の盗難というのは、やる側にとっては、敷居が低いのかもしれませんね。


 フェルメールは希少なだけに作品が盗まれやすい画家なのか、現在、アイルランド・ナショナル・ギャラリー所蔵の『手紙を書く女と召使い』という作品は、二度も盗難の憂き目にあっています。
 しかしながら、その苦難を乗り越えて、いまも見ることができる作品なのです(ちなみに、今回のフェルメール展で日本に来ています)。
 専門家によると、盗まれた絵が取り戻される確率は10パーセント以下とされているそうなので、2乗すれば1パーセント以下の確率で、『手紙を書く女と召使い』は生き残った、とも言えるでしょう。
 

 上野の森でフェルメールの絵を観賞する前に、こんな「フェルメール作品の受難」について知っておくと、また違う感覚で接することができると思います。
 僕の家の押し入れの中に、未発表のフェルメールの絵があれば、人生変わるんだけどなあ……何かの間違いで、紛れ込んでいないものか。
 探してみても、僕の子どもの頃の落書きしかないのが残念です。


フェルメール全点踏破の旅 (集英社新書ヴィジュアル版)

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人騒がせな名画たち

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サライ 2018年 11 月号 [雑誌]

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