琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「永遠のブログ」を超えて

「永遠の出口」(森絵都著・集英社)より。

 私は、<永遠>という響きにめっぽう弱い子供だった。
 たとえば、ある休日。家族四人でくりだしたデパートで、母に手を引かれた私がおもちゃ売場に釘づけになっている隙に、父と姉が二人で家具売場ををぶらついていたとする。
「あーあ、紀ちゃん、かわいそう」
 と、そんなとき、姉は得意そうに顎を突きあげて言うのだ。
「紀ちゃんがいない間にあたしたち、すっごく素敵なランプを見たのに。かわいいお人形がついてるフランス製のランプ。店員さんが奥から出してきてくれたんだけど、紀ちゃんはあれ、もう永遠に見ることがないんだね。あんなに素敵なのに、一生、見れないんだ」
 永遠にー。
 この一言をきくなり、私は息苦しいほどの焦りに駆られて、そのランプはどこだ、店員はどこだ、と父にすがりついた。おもちゃに夢中だった紀子が悪いと言われても、見るまでは帰らないと半泣きになって訴えた。

 なんでこんな引用をいきなり行ったかというと、
「どうしてブログは三日坊主になる?」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0605/11/news122.html
という記事を読んで、いろいろと考えさせられたからなのです。僕はけっこう長い間書き続けているのだけれども、最近あらためて思うのは、「ブログって、そこまでして『書き続けること』にこだわるべきなのだろうか?」ということなのですよね。

「アジアの安全な食べ物」http://blog.livedoor.jp/safe_food_of_asia/
という有名なブログがあります。このブログには、たったひとつしかエントリがありません。もちろんこれは「ネタが無かったから1つしかない」わけではなくて、とにかくこの話を伝えたい、という意図でこういう形になっているのだと思うですが、内容によっては、「続けるためにだけ続いているブログ」よりも、「書きたいことだけ書いて三日坊主で終わるブログ」のほうが良いのではないか、と最近は考えているのです。ヒット曲は1曲もないけれど、芸歴だけは長い歌手と「一発屋」とどちらが良いかと問われれば、「ただ続けること」そのものに、どのくらいの意味があるのだろうか、と疑問でなりません。そりゃまあ、「一発」もなく、デビュー曲だけで終わっては、どうしようもないじゃないか、ということなのですが、それでも、ヘタにこだわりすぎるよりは、時間のロスは避けられるような気がします。
 そもそも、ブログというのは、「続けなければならない」という強迫観念に駆られてまでも、更新しなくてはならないものなのでしょうか?
「メモを残しておく」のは、「更新できない人が更新を続けるため」ではなくて、「更新したくてしょうがない人が、ネタを記録しておくため」に過ぎないのです。
僕はけっこう飽きっぽい人間で、英語の勉強とか、スポーツジムとか、いろんなものを三日坊主で止めています。ネットワークゲームもそうでした。でも、ブログは続いている。で、なぜこれは続いたのかと言われたら、そこに秘訣があるわけではなくて、単に、この趣味が僕に合っていた、としか良いようがないんですよね。そして、
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20051216#p3
↑にも書いたように、この趣味に関して、僕は、今のところ運が良いのです。
まあ、そういうのって、「ブログ書く間に英会話習っていたり、論文でも書いていたほうが、はるかに実人生にとってプラスだったのではないか?」という後悔と背中合わせなんですけど。

 どんなブログでも、「永遠に続く」なんてことはないわけです。
 そして、無理に続けるくらいなら、止めちゃっても良いのです。
 あるいは、「続けるために書きつづける」のではなくて、「書きたいことを書き終えたら止めてしまう」のも正しい。
 そりゃあ、僕だってずっと読んでいたブログが終わってしまって淋しい想いをしたことは何度もありますが、それはあくまでも「受け手の都合」でしかありません。
書く側としては、ブログの更新が「仕事」「義務」ではない以上、もっと他に時間を使いたいことができたり、続けるのが苦痛になったら、止めてしまうのが、人間の本来の姿であるような気がするのです。
ネット上には、「突然終了してしまったブログの墓標」というのが本当にたくさんあるのだけれど、それはたぶん、当たり前のことなんですよね。スポーツジムに行かなくなったり、英会話の勉強をやめるときに「やめます!」って宣言してやめる人よりは、なんとなく足が遠のいてしまって、いつのまにかフェードアウトしてしまう人のほうが多いのと同じことです。
 「三日坊主」は良くない、というのは「何かを極めようとする人」にとっては正論なのかもしれないけれど、「ちょっとブログでもやってみようか」という人は、やってみてつまらなければ、むしろ、さっさとやめて他のことをはじめたほうが良いのかもしれません。
もちろん、楽しかったら、続ければいいのだし、続けていて、つまらなくなったら止めてしまえばいい。
「続けるために続ける」なんてバカバカしいし、「続けていること」そのものには、何の価値もないのだから。

<付記>
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20060502#p2
ただし、↑に書いたように、「文章を書く」というのは、自分の内面を見つめなおすために非常に役に立つというメリットはあるのです。だから、続いていくためには、「自分のこと」「自分に今日一日起こったこと」を書くのが一番書くことに困らないと思うし(もちろん、他の人の酷い悪口とかを書くと危険なので念のため)、他者からのリアクションを期待せずに、自分自身のために、備忘録として書くという手はあるかもしれません。

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