琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「健康」ほど、あてにならないものはない。


健康な人を選べばよかった、(はてな匿名ダイアリー)

相方は数年以上うつ病で精神科に通い続けている。

相方は現在、会社を長期休職している。もう、三十路をまたいでしまった。



本当に色々あったが、相方は少しずつ元気を取り戻している。

というか、Twitterに頻繁にポストするぐらいの危なげな元気はある。



相方は今の会社ではもう働きたくない、という。

では転職活動を考えているかというと、まったく具体性がない。

日々、のんべんだらりとネットをして、家事もせず、好きなように過ごしている。

(仮面うつ、に近いと思う。)

↑の文章を読んで、僕は鴻上尚史さんが書かれていたこんな文章を思い出してしまった。

「インターネットの一番の問題点は何だか、鴻上さんは知っていますか?」と、僕の芝居に来たお客さんが見終わった後、アンケートに書いてくれたことがありました。

「熱中して学校に行かなくなるとか、仕事がおろそかになるとか、夫婦関係が崩壊するとかじゃないんです。そんなことは、二次的なことです。一番の問題点は、『簡単になぐさめられること』なんです」

最初の増田さんのエントリには、ブックマーク等でさまざまな意見が寄せられていた。まさに賛否両論。
「そこで見捨てるようでは、なんのために結婚したのか?」
「本人よりサポートする立場のほうがつらいということを理解すべきだ」
「担当医に家族が直接相談したほうがいい」

僕は正直、このケースではどうするのが正しいのかよくわからない。
自分がそうなったら、むしろ妻には見捨ててほしい気もするし、自分の周囲の人がそうなったら、見捨てられそうもないけど、我慢できそうにもない。

僕はこれを読んでから、「ネットで他者とゆるく繋がれるのは、この増田さんの妻にとって、果たしてプラスなのかマイナスなのか?」というようなことをずっと考えている。でも、答えは出ない。
そうやって「見知らぬ誰かに慰められたり、ネット上の人格としてポエミーなことを書いて自分の存在を再確認できる」というのは、「治らなくてもいいや」という感情を増幅させてしまうのではないか?
でも、もしネットがなかったら、この人の無力感はさらに酷くなり、最悪の選択に向かってしまうのではないか?

僕はものすごくネットに依存している人間なので、その「ありがたさ」も「リスク」も理解できる。
極端な話、人はここで、ネットゲームのキャラクターのように「英雄」として生きられる(もちろん、どこかからネットにかかる費用と食費くらいは捻出しなければならないが)。
「もっと現実に目を向けろ」と言い聞かせる人たちはたくさんいるが、実際はネット上だってひとつの「現実」だしね。
「簡単になぐさめられる世界」があるのなら、そこで生きるという選択は否定されるべきものなのか?

僕はときどき、現実に戻るのが厭になる。
そう、たとえばこんな正月休みが終わる日の夜などに。
もちろん、「うつ病」というのは、僕のこんなありきたりの倦怠感とは程遠い苦しみなのだろうけど。

同じ鴻上さんが、去年の夏にこんなことを『SPA!』に書いておられた。

 インターネットの時代になって、自意識が数値化されるようになりました。僕の二十代、否定だけを居酒屋で語り続ける奴は、周りからただ無視されたり嫌われたりしましたが、現在のように「コメント(0)」とか、一日のヒット数が表示されるなんていう、「数字によって冷酷に知らされる孤独」なんてものがありませんでした。えらいこってす。

ネットに「逃げた」はずの人たちも、そこで「慰めてもらう」ために頑張らなくてはならないというのが、この世界の現実なのだ。
もう、逃げ場なんて、どこにもない。
いや、最初からそんなものはなかったのかもしれない。


まあ、こんなことを書いていても、明日はたぶん普通に働けるはず。

いつプツンと切れてしまうか、自分でもわからない。
でも、この年まで生きてきてひとつだけわかったことは、「自分は絶対にプツンと切れることのない人間だ」と過信しないほうがいいのだろうな、ということだ。
「健康」ほど、あてにならないものはない。とくに「心の健康」については。
いままで、そういう実例をたくさん見てきた。積極的に手を差し伸べる勇気や優しさはなかったけれども、だからこそ自分はまだこうしていられるのかな、という後ろ暗い安堵みたいなものを感じることがある。


僕は、なんかいろんなことが厭になったときは、海賊コブラのこんな言葉を思い出すことにしている。

死ぬのは、たった、一度だぜ。

さて、朝起きたらまた犬の漫才師に戻らなくっちゃね。
息子よ、お前のせいにして悪いが、お前のミルク代を稼ぐためということにして、今年も、いや、とりあえず今日もがんばって働くよ。

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