琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

食堂かたつむり ☆☆☆


食堂かたつむり (ポプラ文庫)

食堂かたつむり (ポプラ文庫)

内容紹介
トルコ料理店でのアルバイトを終えて家に戻ると、部屋の中が空っぽになっていた。突然、同棲していた恋人に何もかもを持ち去られ、恋と同時にあまりに多くのものを失った衝撃から、主人公の倫子はさらに声をも失う。たったひとつ手元に残ったのは、祖母から譲り受けたぬか床だけ。山あいのふるさとに戻った倫子は、小さな小さな食堂を始める。一日一組のお客様だけをもてなす、決まったメニューのない食堂。次第に食堂は評判になるが――五感をくすぐる瑞々しく繊細な描写と、力強い物語運びで話題を呼んだデビュー作。

うーむ、2月6日からは映画も公開されるという「話題作」なのですが、僕はこれをどう読んでいいのか、ちょっと迷ってしまいました。
年を重ねるにつれて、人生において「美味しいものを食べること」や「清潔でふんわりとした布団で寝ること」の大切さが理解できるようになってきたのですが、「料理ですべてが解決できるような話」には、辟易気味ではありますし。

 頭の中では、食堂かたつむりのイメージがほぼ固まっている。
 それは、一日一組だけの、ちょっと変わった食堂だ。
 前日までにお客様と面接もしくはファックスやメールでやり取りし、何が食べたいかとか、家族構成とか将来の夢とか予算などを、細かく調査する。私はその結果に基づいて、当日のメニューを考える。
 夜遅くなってしまうと、隣接するスナック・アムールのカラオケや話し声がうるさくなるので、できれば、食事のスタートは夕方六時くらいからにしよう。そして、食堂かたつむりの名前にふさわしく、ゆっくりと時間をかけて味わってもらいたい。
 煙の匂いが料理の味に影響するので、食堂の中はすべて禁煙。音楽は、厨房から聞こえる料理の音や外にいる鳥や生き物の気配を感じ取ってもらいたいので、かけない。

こんな「食堂かたつむり」、僕がまず考えたのは、「この食堂、絶対に黒字にならないな」ということでした。
「ちょっと変わった食堂」っていうか、商業ベースでやるには「ありえない食堂」です。
しかしまあ、そのへんは「ファンタジー」だと思って追究しないのが大人の対応なのでしょうが、それにしても、一度の食事のために、あれこれ根掘り葉掘りインタビューされるような食堂に、誰が行くんだろう?
ウザすぎないかそれ。

この作品の「感動を押し売りするためのパーツの大安売り」には、かなりぐったりせざるをえません。
失恋、失語症、田舎、手作りの料理、親しい人の死、親子のすれ違い……
ここまで、「どうだこれなら泣くだろ?感動するだろ?」とやられると、「読者をバカにしてるのか?」と思わざるをえません。
「必然性はないけど観客動員のために唐突に女優が脱いでる映画」みたいなんですよこれ。
なかでも僕を驚かせたのは、主人公がずっとかわいがっていたはずのペットに対する割り切りかた。

「命の大切さ」「人は何かから命をもらって(食べて)生きているというのを実感すること」を教えるのは大事なことなのかもしれません。
でもね、「無人島で飢えた人が泣きながらペットを食べる」のと、「いくらでも他の食べ物があるのに、『命の大切さを知るために、あえて大切な友達を手にかける』」というのは、全然違うと思うんですよ。
「こうして食べられるのが、本望なんだ、幸せなんだ」というのは、人間のエゴでしかないと思う。
本当にそれが「本望」であるならば、動物たちはみんな、手塚治虫の『ブッダ』の最初の場面のように、自ら火に飛び込んで焼き肉になるはず。
「寂しがるから、食べちゃおうか」って、その理屈が全くわからない。
はっきり言って、「読者を『感動』あるいは『動揺』させるために、無理やりそういう悲しい場面をつくった」としか思えないんですよ。
僕はそれを「あざといな……」としか感じられない。

もちろん、「食べるな」とは言いませんが、「食べてあげることが食べられる側の幸せ」なんていう発想には、抵抗があるんですよ。
食べなきゃ死ぬから食べざるをえない、食べるのであれば美味しいものを食べたい、ただ、それだけのことじゃないの?

……とか言いながらも、実際に読んでいると、そういう「自己正当化」のイビツさ、展開の不自然さこそが、この作品のインパクトというか、「忘れられないところ」になっているのも事実。
結局のところ、人は「正確な記述」よりも、「どうしても腑に落ちない展開」のほうを記憶にとどめてしまいます。

なんのかんの言いながら、けっこうスムースに読み通せましたし(しかし、併録されている『チョコムーン』は酷かった。定価を上げてもいいから、あの短編を一緒に収録するのをやめてほしいくらい、甘ったるいだけのつまらない小説!)、「心の中に澱が残る祥せる」ではありました。

しかし、結局のところこの小説はベストセラーになりましたから、理解できない僕のほうが悪いのかな……

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