琥珀色の戯言

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バカボンのパパよりバカなパパ ☆☆☆☆


バカボンのパパよりバカなパパ 赤塚不二夫とレレレな家族

バカボンのパパよりバカなパパ 赤塚不二夫とレレレな家族

出版社/著者からの内容紹介
天才ギャグ漫画家・赤塚不二夫の一人娘が明かす赤塚家の真実。二人の父と二人の母、はちゃめちゃな笑いと涙の家族の絆の物語。

赤塚さんが亡くなられてから、もうすぐ2年になるんですね……
あのタモリさんのスピーチを聞いてから、そんなに時間が経ってしまったのか……

この本は、赤塚不二夫先生の一人娘である赤塚りえ子さんが、「赤塚不二夫とその家族」について、多くの関係者の証言と秘蔵の写真とともに語ったものです。
「マンガ家・赤塚不二夫」あるいは「真面目にふざけ続けた常識の破壊者・赤塚不二夫」については、すでに、多くの人たちが語っています。
戦友・武居俊樹さんの『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』という面白い本もありましたし。

その一方で、「社会に対して、ふざけ続けること」を自分に課した人間の家族の「内情」は、これまであまり語られることがありませんでした。
というか、それを語ることができるはずの人、語ることが許される人は、赤塚先生、登茂子夫人、眞知子夫人と、りえ子さんだけでしょう。
そのうち3人は、もう、天国に行ってしまっていて、いま現世にいるのは、りえ子さんただひとり。
これは、そのりえ子さんが書いた、まさに「実録・赤塚不二夫ファミリー」です。

この本を読んでいると、「赤塚先生だけじゃなくて、登茂子さんも、りえ子さんも自由奔放な生きざまで、そのわりにはお互いに根に持つこともない、すごい家族だなあ」と思えてきます。
それと同時に、よくこんな「家族」に耐えられたなあ(というか、耐えられなかったから、赤塚先生と登茂子夫人は離婚してしまったのかもしれませんが)、と呆れてしまうのもまた事実。

 パパが出張中、ある女性が自宅に訪ねてきてパパの浮気がバレた。
 パパが帰宅するなり、ママが問い詰める。

ママ「Aさんって誰よ!? 訪ねてきたわよ!」

パパ「えっ!? あー、おまえにわかってよかったー! 『奥さんにバラす!』って、脅されてたの」

 パパは焦りつつもホッとしていたらしい。
 そんなこんなで、パパの浮気のせいで夫婦喧嘩は絶えなかった。
 ある日いつものように夫婦喧嘩の真っ最中に、ついにキレたママは怒鳴った。
「なんだ! テメー、もう一回言ってみろ!」
 ママの一喝にびっくりしたかと思ったら、パパは惚れ惚れしたように、「カッコイイー!」と叫んだという。
 その後ママは笑ってしまい、怒る気をなくしてしまった。

 パパは性格的に、自分から正面切って女性を「振る」ことはあまりしなかったらしい。いつも女性が愛想を尽かして諦めるパターンで終わるのだ。これだけ浮気をしていても、女性に熱を上げ振り回されることもない。仕事が疎かになることもない。ママは、「パパは本当のプレイボーイ」だと言っていた。
 でも本当は、パパは女より男と一緒にいるほうが楽しいらしく、男友達を大事にした。わたしに対しても、「単に女にモテるような男はダメだ。男にモテる男が本当のいい男なんだ。おまえもそういうヤツと付き合え」と忠告するのだった。

それも人それぞれ、ではあるのでしょうが、娘というのは、いくら「偉大なマンガ家」だったとしても、「浮気をする父親」というのを許せるのかなあ……

 ふたりでいるとき、ママはパパを悪く言ったことが一度もない。女性問題など、パパの悪行の数々を話すときも、ママは明るく全部笑い話に変えてしまう。わたしもつられてゲラゲラ笑う。だからわたしは、ふたりが離婚して寂しい思いはしても、パパやママを恨んだことは一度もない。
 今から思うと、うちはもともと「母子家庭に赤塚不二夫がいる」という家庭だったのかもしれない。
 パパは家族というよりも、『天才バカボン』の登場人物のようだった。

なんというか、「マンガ家」というよりは、「人生そのものをマンガにしようとした」赤塚不二夫は、こういう「同志」たちに支えられていたんだなあ、と感慨深いものがあります。
もちろん、登茂子さんもりえ子さんも、さびしい思いや、つらい気持ちを抱えていたときもあったはず。

 タモリさんとは数限りない逸話が残っていて、その代表的なもののひとつが「軽井沢ムササビ事件」。
 ある年の冬、構成作家高平哲郎さんの別荘に集まった仲間は、素っ裸で雪の中、次々と思いついたギャグを披露し遊んでいた。外は寒くて一分もいられない。そこを我慢して、すました顔で本を読むなどのギャグをやり、熱いお風呂に飛び込んでは次のアイデアを考える。思いついたらまた外へ出て、やる。張り合ううちにどんどんエスカレートしていった。
 すると今度は、暗闇の中、ローソクの炎で木々の影や景色が揺れている。
「なんだ!?」
 何とそれは、火のついた極太のローソクをお尻に突っ込んで、全裸で四つんばいになって後ろ向きに歩いてくるパパだった。
 タモリさんいわく、「もうこの世のものとは思えない」光景だったそうだ。
 ところが、これでは終わらなかった。
「いや、すごかった。さすがにこれを上回るネタはないな」
 と笑いながらビールを注いでひと息ついた瞬間、
「ムサッ!」「ドサッ!」
 庭のほうから続けてただならぬ音がした。
 みんなが振り返ると、そこには胸から血を流したパパがうなっている。何をしたのかと聞かれたパパは、「ムササビになろうとした」と言う。木の上から「ムササビッ!」と叫んで飛び降りるつもりが、距離が足りなくて「ムサ」で着地してしまった。しかも寸前まで手をつかなかったらしく、胸をアイスバーンでしたたかにこすっていた。
 そのとき、「ウケるためなら死んでもいい」と言うパパの言葉に、タモリさんは「この人を一生超えることはできない」と思ったそうだ。

これ、「ムササビッ!」って言えるくらいの高さから飛び降りたら本当に死んでいたのでは……
それで死んでも「本望」というくらいの覚悟がないと、赤塚不二夫として生きていくことはできなかった、ということなのかもしれません。

この本を読んで、僕は「でも、こんな関係で、本当に幸せだったのかな? 赤塚不二夫という特別な人間とその家族だったからこそ、許されただけなんじゃない?」という疑問も感じたんですよ。
しかしながら、僕が考えるような「幸せ」なんて、たぶん、赤塚先生や、赤塚先生と一緒に生きた人たちは、最初から求めていなかったのでしょうね。
ときどき淋しくなることは、あったのだとしても。

……というようなことを考えたのだけれど、この本に載せられている、たくさんの「家族の写真」を見ると、「ああ、赤塚不二夫にも、普通の『夫』や『お父さん』の顔があったのだな」ということが伝わってもくるのです。
人間というのは、本当にいろんな面を抱えながら生きているのだなあ。
この本の309ページの親子3人の写真や、315ページの赤塚先生と登茂子さんの新婚時代の写真を見ると、「すごく幸せそうな、どこにでもいる親子、夫婦」なんですよ。

僕は普通の人間なのだけれど、息子は僕のことを「つまらない父親」だと思うのではないか、などと不安になったりもするのです。
結局、「完璧な家族」っていうのは、どこにも存在しない。

この本、「家庭人・赤塚不二夫の物語」というよりは、「赤塚不二夫というひとりの天才の生涯をそばで見届けることになった人々の、それぞれの物語」だと僕は感じました。
赤塚先生に思い入れがある人は、ぜひ、本屋さんの店頭でパラパラとめくってみてください。
掲載されている写真だけでも、値段分の価値はある一冊だと思います。


参考リンク:『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』感想

赤塚不二夫のことを書いたのだ!! (文春文庫)

赤塚不二夫のことを書いたのだ!! (文春文庫)

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