- 作者: 池澤夏樹
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2011/04/16
- メディア: 単行本
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ケルアック『オン・ザ・ロード』から石牟礼道子『苦海浄土』まで、世界文学全集を個人編集した著者が、20世紀を中心に、いま読むべき世界の傑作を独自の視点で紹介する最新の世界文学入門。
<紹介されている作品>
『オン・ザ・ロード』/『キャッチャー・イン・ザ・ライ』/『ハックルベリー・フィンの冒険』/『楽園への道』/『ノア・ノア』/『存在の耐えられない軽さ』/『存在の耐えられない軽さ』/『悲しみよ こんにちは』/『太平洋の防波堤』/『愛人 ラマン』/『巨匠とマルガリータ』/『イワン・デニーソヴィッチの一日』/『カラマーゾフの兄弟』/『ハワーズ・エンド』/『インドへの道』/『情事の終り』/『アフリカの日々』/『闇への憬れ』/『バベットの晩餐会』/『やし酒飲み』/『アブサロム、アブサロム!』/「熊」/『暗夜』/『変身』/『戦争の悲しみ』/『鉄の時代』/『ヒューマン・ファクター』/「呪術はお売りいたしません」/『アルトゥーロの島』/『モンテ・フェルモの丘の家』/須賀敦子のこと/『アデン、アラビア』/『グラン・モーヌ』/『名誉の戦場』/『灯台へ』/『サルガッソーの広い海』/『失踪者』/『カッサンドラ』/『旅芸人の記録』/『精霊たちの家』/『マシアス・ギリの失脚』/『フライデーあるいは太平洋の冥界』/『シュザンヌと太平洋』/『黄金探索者』/『マイトレイ』/『軽蔑』/『パタゴニア』/『ソングライン』/『老いぼれグリンゴ』/『クーデタ』/『走れウサギ』/「A&P」/『アメリカの鳥』/『グループ』/『庭、灰』/「死者の百科事典」/『見えない都市』/『まっぷたつの子爵』/『ヴァインランド』/『競売ナンバー49の叫び』/『V.』/『重力の虹』/『賜物』/『賜物』/『ロリータ』/『ロリータ』/『ブリキの太鼓』/『ブリキの太鼓』/「ラムレの証言」/「南部高速道路」/「冬の犬」/「朴達の裁判」/「タルパ」/『黒檀』/『帝国』/『チェチェン やめられない戦争』/『イラクの小さな橋を渡って』/『苦海浄土』
ああ、まだまだ世界には「死ぬ前に読んでおかなければならない本」がたくさんあるなあ、と思い知らされました。
池澤夏樹さんの「世界文学」の知識と、それを紹介することへの情熱には、本当に頭が下がります。
そして、この池澤さん個人編集の「世界文学全集」を、僕も読んでみたくなりました。
「名作を読む」というと、シェイクスピアやスタンダールあたりから、ずっと読んでいかなければならないようなイメージがあって、僕のような40男は、「さすがに今からそこまでは……」と、「日暮れて道遠し」という気分になってしまうのですけど、この「20世紀を中心としたラインナップ」であれば、ボリューム的にも時代背景的にも、「ついていける」ような気がするのです。
ヨーロッパ、アメリカ、そしてラテンアメリカ文学と、バランスも良さそうですし。
(こういうときに、「世界文学」のなかに「東洋・イスラム圏」の割合が少なくなってしまうのは、しょうがないことなのかな?とも感じますが)
僕もこの『世界文学リミックス』で紹介されていて、面白そうだと感じた作品だけでも読んでみたいと思います。
池澤さんは、引用やネタバレを極力避けながらも、その本の「世界観」を読者に紹介し、興味を持たせるように細心の注意を払って書かれているように思われます。
ときには、本そのものの内容から入っていくのではなく、時代背景とか、作者についての話が中心になりながら、最後には「やっぱりこの本、読んでみたいな」と思わせる技術の高さ!
新約聖書の中に、イエス・キリストが悪魔と対決する場面がある。三つの提案を悪魔はイエスにぶつける。神による救い、つまり人類ぜんぶの永遠の幸福を目指すイエスは、その三つの提案を退ける。
この三つというのが、実によくできている。
もしも今、人類を救うというイエスの野望をくじく提案を三つ創作せよ、と聞かれて聖書と同じ三つを考えだせる哲学者がいるだろうか? 『カラマーゾフの兄弟』の中で、三人兄弟の真ん中のイワンが弟アリョーシャにそう問い掛ける。
神に対抗する悪魔がせいいっぱい頭を絞った提案ないし誘惑はどんなものだったか?(イエスを神から引き離すための問いだから、つまり誘惑だ)。
まず悪魔は、「その石ころをパンに変えてもろ」と言う。パンさえあれば大衆はどこまででもついてくるから。犬が餌をくれるのが飼い主だと思っているのと同じこと。
イエスは、人はパンだけで、つまり物質的満足だけで生きるのではないと答える。人には魂があって、そちらで神につながっている。パンだけでは足りないのだ。
次に悪魔はイエスを高いところに連れていって、「お前は神の子だろう、それならば飛び降りても死なないはずだな」と言う。イエスは、「神を試みてはいけない」と答えた。試みるのは疑うことだ。飛び降りても死ななかったら神を信じよう、というのでは信仰ではなく取引になってしまう。
最後に悪魔は高山の上から世界を見せて、「俺の手下になったらこの世界をぜんぶお前にやろう」と言った。イエスは地上の世界には興味がない。権力欲のかけらもない。
うまくできているけれど、でも悪魔に言えるのはせいぜいこんなところだ。
ところがドストエフスキーは、この話を土台にして、もう一歩とんでもない跳躍をして見せる。イエスの言葉に従って構築されたはずのカトリック教会制度が、実はイエスの言葉を裏切っているのではないかという痛烈な問い掛け。
イワンは自分の創作した話をアリョーシャに話す。中世のスペインにイエスがまた現れ、奇跡を起こして人を救う、という哲学的な短編小説の構想。
イエスの再臨を知った教会の大審問官が彼を捕らえて、こんこんと諭す。もうお前はいらない。いったん教会というシステムができて自動的に大衆を救うようになったら、もうお前は邪魔なだけだ。
これを読んで、『カラマーゾフの兄弟』を、あらためて読んでみたくなりました。
いや、「一度は読むべき本」だと、ずっと思っていはいるのですけど……
また、「ロリコン(ロリータ・コンプレックス)」という言葉を生んだ、ウラジーミル・ナボコフの『ロリータ』には、次のような解釈もあると書かれています。
多義的な話だからいろいろな読みかたができる。その一つが、これはヨーロッパとアメリカの関係を書いているというもので、知性があって経験も豊かな、でも生命力はおとろえ気味の男がヨーロッパ、若くて、魅力にあふれ、でも無知で、わがままで、無神経な若い娘がアメリカ。
歴史に残る作品は、やはり「深み」が違う。
それが単なる「深読み」なのだとしても、薄っぺらい作品は、そういう解釈をしようというエネルギーを生み出しません。
この本のなかで、いちばん印象に残った言葉。
グレアム・グリーンの『ヒューマン・ファクター』の紹介のなかで、池澤さんが書かれたものです。
ぼくはE・M・フォースターの有名な言葉を思い出した――「国家を裏切るか親友を裏切るかと迫られたときに、私は国家を裏切る勇気をもちたいと思う」。
こういう言葉に「説得力」を持たせることさえできる作品に出会えるから、読書っていうのは愉しいな、と僕も思います。
「ちょっと今までとは別の世界の本」を読んでみたい人には、格好のガイドブック。