琥珀色の戯言

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【読書感想】知らないと恥をかく世界の大問題8 自国ファーストの行き着く先 ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
イギリスEU離脱決定からトランプ大統領誕生まで、「自国ファースト」の流れが世界を包んだ。その本質を解説しつつ、右派勢力が台頭する欧州、中東戦争の危機、暴走する北朝鮮など、世界のいまを池上彰が斬る!
2016年は、6月のイギリスEU離脱決定からトランプ大統領誕生まで、「自国ファースト」「反グローバル」「世界分断」の大きな流れが世界を包んだ。
この流れのまま、2017年の世界はどうなっていくのか?
右派勢力の台頭が気になる欧州での選挙、第5次中東戦争のリスクの高まり、北朝鮮の暴走……など、大衝突の種が世界中に転がっている。世界秩序が再び崩れていくのか? 重要な一年となるだろう。
トランプ現象によって、世界の大問題がよりクリアになり、そしてそのニュースに多くの人が関心をもった。世界が抱える大問題に真剣に向き合い、いかに行動するかを考える――、そのよいきっかけにしなければいけない。
“世界のニュースの入門書”として定着した「知らないと恥をかく世界の大問題」シリーズが伝える世界の今。あふれる情報の中から、いかに本質を見抜くのか。考えるヒントを、最新ニュースを題材に語る。


 トランプ大統領誕生についての言説もけっこうたくさん読んできました。
 トランプさんの個性的なキャラクターが取りざたされることが多いのですが、「トランプ大統領の当選」というのは、世界の「自国ファースト」「みんなのことよりも『自分たち』をまずなんとかしてほしい」という時代の大きな流れのひとつの象徴なんですよね。
 アメリカでだけ、特別なことが起こったわけではない。
 トランプ大統領に対して批判的だったり、揶揄していたりする人が少なくない日本でも、都議選では「都民ファーストの会」が圧勝しました。
 次は、「日本ファーストの会」として、国政選挙に打って出るのではないか、と言われています。
 でも、もしそうなったら、「都民」と「日本国民」の利益が衝突するような場合には、どちらの味方をするのだろうか。


 この本、定期的に刊行される、池上彰さんが現在の世界情勢を新書一冊にまとめて解説したものです。
 特別目新しいことが書いてあるわけではないのですが、知識をまとめたいときや、短時間で復習したいときには重宝するんですよね。
 いま、世界を動かしている人たちの、さまざまなエピソードも紹介されています。


 トランプ大統領とオバマ前大統領の因縁について。

 トランプ大統領は、なぜオバマ前大統領の政策のちゃぶ台返しをしようとしているのか。実はトランプ氏は、ずっとオバマに復讐心を燃やしていたのです。
 トランプ氏は、かつてオバマ大統領がホワイトハウス特派員協会主催の晩餐会で放った辛辣なジョークをずっと根に持っていたのではないか、といわれています。
 ホワイトハウスの記者晩餐会は毎年4月の恒例イベントです。政界や報道関係者のほかハリウッドの有名人らも招待され、毎回、大統領がジョークを披露して会場を沸かせることで有名です。アメリカでは気の利いたジョークを口にできるかどうかも、大統領を評価する重要なポイントになっています。
オバマ前大統領は、2011年のこの晩餐会で気の利いたことを言い過ぎたようです。
 トランプ氏は、自分が大統領選挙に出ようかと模索していたとき、「オバマはアメリカ生まれではない。ケニア生まれだ。アメリカの大統領になるには、アメリカ生まれでアメリカの国籍を持っている人でなくてはならない。だからオバマは大統領になる資格がない」と言いがかりをつけていました。
 これを受け、オバマ氏は、ハワイの病院で生まれた出生証明書を公表。トランプ氏も出席していた晩餐会で、「私の出生時の記録ビデオをお見せしましょう」と言って、ディズニー映画『ライオン・キング』の映像を上映したのです。アフリカで生まれたライオンのシンバを天高く掲げるシーンが映ると、会場は大爆笑でした。シンバはやがてキングになるのですから、よくできたジョークです。
 そのうえで、「(実業家であり、大富豪の)トランプ氏が大統領になったらどうなるか? こちらをご覧ください」と、ホワイトハウスがカジノになっている想像図を出し、笑いものにしたのです。会場にいたトランプ氏は苦笑いをしていましたが、さぞかしプライドを傷つけられたことでしょう。
 彼はそのとき、「絶対、オバマの次は俺が大統領になる。そしてオバマのやったことを全部、ひっくり返してやろう」と固く決意したと言われています。


 オバマさん側からみれば、相手の挑発をうまく切り返した、という感じなのですが、トランプ氏は、「俺に恥をかかせやがって」と、ずっと思っていた、ということなのでしょう。
 どんな相手でも、他人に恨みを買わないほうが得策だよなあ、と考えさせられる話です。
 その晩餐会の時点では、トランプ大統領が本当に実現するとは思わなかっただろうけど。


 池上さんは、こんな話もされています。

 もうひとつ、トランプ現象の背景には、ポリティカル・コレクトネスの行き過ぎも指摘されています。ポリティカル・コレクトネスとは、直訳すると「政治的な正しさ」ですが、わかりやすく言えば、アメリカで広がった「差別や偏見のない表現をしよう」という運動です。
 私が中学時代、英語の授業で警察官のことはポリスマンと習いました。でも警察官は男性とは限りませんから、いまはポリスオフィサーと呼びます。消防士は以前、ファイヤーマンでしたが、いまはファイヤーファイターで、「火事と戦う人」という言い方になりました。議長はチェアマンからチェアパーソンへ。日本でも、スチュワーデスをキャビンアテンダントと呼ぶようになったり、看護婦を看護師と呼ぶようになったり、変化が起きています。
 こうして男性と女性を差別するような呼び方がなくなり、それがだんだんエスカレートして、アメリカでは差別的な言い方は一切やめようということになりました。たとえば背の低い人のことを「vertically challenged」=高さが足りない人と呼ぶ。さすがに、ちょっと行き過ぎなのではないか、ということになってきました。
 そうなると、息苦しさも出てきます。ところが、そんなこと全くお構いなしに、平然と差別的なことを言うトランプが出てきたわけです。女性の容姿や顔についてまで歯に衣着せぬ物言いで、テレビでは顰蹙をかいますが、アメリカの中西部、南部の白人男性にしてみれば「政治家は本心を明かさないのに、トランプは自分の思ったことをそのまま口にしていて気持ちいい」と、トランプ人気が広がっていきました。
 それまでは全く政治に興味がなく投票など行ったことのない人たちが、続々と共和党の集会を訪れ、その場で「共和党に入りたいのですが」とサインし、トランプに投票する。いってみれば、そういう人たちによって共和党が乗っ取られてしまった格好です。


 「〇〇が不自由な人」というのは、日本人としては、けっこう親しみがある表現のような気がします。
 差別意識を植え付ける言葉を規制する、というのは、差別をなくすためには大事なことなのでしょうけど、言葉の正しさを追い求めると、言葉狩りのようになってしまったり、かえって小馬鹿にしているような印象を与えたりするのも事実なのです。
 ただ、「汚い言葉や差別的なこと」=「本音」だというのもまた、思い込みであるような気がするんですよね。


 この本のなかでは、アメリカやヨーロッパ、中国だけではなく、中東やアジアといった地域の現状にも触れられています。
 ミャンマーのアウン・サン・スーチーさんは、長年の軟禁状態からようやく解放され、2015年11月の総選挙で国民民主連盟(NLD)を率いて、圧倒的な勝利をおさめました。
 ミャンマーでは外国人の親族がいると大統領になれない、という規定があるため、彼女は大統領になってはいませんが、国家顧問兼外相として、事実上の最高権力者です。
 ミャンマーはようやく民主化されたんだなあ、スーチーさんは長年の苦労に耐えて、よく頑張ったなあ、と僕は思っていたのですが、現状は「めでたしめでたし」ではないようです。

 ミャンマーロヒンギャ問題を抱えています。ロヒンギャとは、ミャンマーラカイン州北西部に住むイスラム少数民族のこと。ここで少数派のイスラム教徒と多数派の仏教徒の宗教対立が再燃し、当局によるイスラム教徒の虐殺も行われているとして、国際社会から政府を非難する声が上がっているのです。
 政権発足から1年半、民主化により経済成長を続け、日本企業の進出も進むミャンマーですが、スー・チー指導力に疑問の声も出始めました。
 イスラム教徒を多く抱えるマレーシアやインドネシアは、「ロヒャンギャへの弾圧を放置している」と反発しています。マレーシアのナジブ・ラザク首相は「スー・チー氏は何のためにノーベル平和賞を受賞したのか」と批判しました。
 ミャンマーにおける最大のリスクは、実はスー・チーかも、といわれはじめています。

 

 救国の英雄から、最大のリスクへ、か……
 革命家としては偉大でも、平和な時代の政治家には向かない、というタイプの人もいますしね。
 僕としては、ミャンマーについて、最近は経済成長が進んでいる、というくらいのことしか知らなかったのに、こんな情勢になっているのか……と不勉強を思い知らされました。
 そういう「抜けている知識の補完」のためにも、有益な新書だと思います。
 知っているつもりで全然知らなかったことって、世の中には、たくさんありますよね。これだけ情報が氾濫している時代でもありますし。

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