- 作者: スティーヴン・キング,白石朗
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/10/07
- メディア: 文庫
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- 作者: スティーヴン・キング
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/10/07
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内容(「BOOK」データベースより)
小さな町の食堂、その倉庫の奥の「穴」。その先にあるのは50年以上も過去の世界、1958年9月19日。このタイムトンネルをつかえば、1963年11月22日に起きた「あの悲劇」を止められるかもしれない…ケネディ暗殺を阻止するためぼくは過去への旅に出る。世界最高のストーリーテラーが新たに放った最高傑作。
なぜ、人は「過去を変えたい」と思うのだろうか?
個人的に失敗したことを後悔して、「人生やりなおしたい」というのは僕にもよくわかるのです。
誰しも、「あのとき、ああしていれば……」ということのひとつやふたつは、たぶんありますよね。
このかなり長い小説は、「過去の事件に介入することによって、歴史を変えようとする男」の話なのです。
そして、その「変えようとする歴史の分岐点」が、1963年11月22日、テキサス州ダラスで起こった「J・F・ケネディ暗殺」。
「万一のことを考えているだけさ。なぜなら、これは重大な問題だからだよ。おれにいわせれば、こんなに大事なことはないってくらい大事だ。世界を変えたいと一度でも思ったことがあるのなら、これこそがその実現のチャンスだぞ。ケネディを救い、その弟を救え。マーティン・ルーサー・キングを救え。人種暴動をとめろ。ヴェトナム戦争だってとめられるかもしれん」アルは身を乗りだした。「いいか、哀れな宿なし男ひとりをつまみだすだけで、何百万もの人の命を救えるんだぞ」
そうか、アメリカ人にとって、「ケネディ暗殺」というのは、いまでも大きなトラウマであり、「もしケネディが生きていれば……」と考えずにはいられないのだな、とあらためて思い知らされました。
この作品での「過去に行くためのルール」では、大きな天災を防ぐことは困難だし、巨大組織による犯罪に立ち向かうのも難しそうです。
「○○が狙われている」なんていうのは、警察にとっては、よほどの信憑性がないかぎり、いちいちとりあってはいられないほどたくさん寄せられる「情報」みたいですし。
あるきっかけで、この「使命」を引き受けることになった主人公なのですが、この作品、ものすごくルールとディテールがしっかりしているんですよね。
「失敗すれば何度も時間を遡ってやりなおせる」タイムトリップもの(巻末の解説の大森望さんは「リセットもの」という言葉を使っておられます)は日本でも人気が高く、細田守監督の映画『時をかける少女』や乾くるみさんの『リピート』、テレビゲーム(アニメ化もされています)の『シュタインズ・ゲート』など、数々の作品があるのです。
スティーヴン・キングさんは、この作品で「やりなおしは可能だけれど、その回数には限界がある」というルールを説得力のある形でつくりあげています。
タイムトリップそのものに「説得力」なんてないだろ、と仰る方も少なからずいるとは思うのです。正直、僕もそうだったんですよ・
でも、この『11/22/63』は、当時(1960年前後)の南部のアメリカの情景を徹底的に丁寧に描き出すというディテールの力がすごいんですよ。
そうか、いまから半世紀前のアメリカの南部って「こういうところ」だったのか、と納得せずにはいられません。
僕は日本人で、当時はまだ生まれてもいなかったので、それこそ「新鮮さ」しか感じなかったのですが、アメリカ人であれば、年輩者は「そうそう、こんな感じだった!」と記憶を呼び覚まし、若者は「自分たちの親は、こんな時代を生きていたのか」と感じるはずです。
50年、半世紀前って、そんなに大昔じゃないような気がするし、いまと同じところもたくさんあるのだけれど、当時の日常生活のことって、実際に生きていた人ですら、ふだんはあまり思い出せないんですよね。
ただし、スティーヴン・キングは、「あの頃」のアメリカを理想郷として描いているのではありません。
のどかで、食べ物はおいしく、人と人との距離は近かったけれど、こんな現実もあったのです。
「有色人種」のトイレについて。
そして、もうひとつ。ノースカロライナ州内でハンブル石油のガソリンスタンドに給油のために立ち寄ったときのことだ。ぼくはトイレをつかおうとして建物の角をまわっていった。トイレのドアはふたつ、案内標識は三つあった。ひとつのドアにはきれいなステンシル文字で《殿方用》とあり、もうひとつのドアには手書きで《ご婦人用》とあった。もうひとつの案内標識は、矢印が描かれた木の棒だった。矢印がさし示しているのは、スタンド裏手の灌木の茂みに覆われた斜面だった。標識には手書きで《有色人種》とあった。ぼくは好奇心のおもむくままに小道をたどっていったが、途中二か所では体を横にして慎重なカニ歩きを強いられた。
設備は存在しなかった。小道の果てにあったのは細い小川と、崩れかけたコンクリートの柱をつかって小川にわたされた一枚の紙——それだけだった。小用を足したい男たちは土手に立ってズボンのジッパーをひらき、放尿すればいい。女は灌木をつかんで支えにして(それが蔦漆のたぐいでないと仮定しての話)しゃがみ、用をすませる。川にかかった板は、大便をしたい者がしゃがむためのものだった。たとえ大雨でも、ここをつかうしかなかいのだろう。
読んでいると、途中から、「ケネディの話はどうなってるんだ?」という感じがしてくるくらい、「1960年前後のアメリカ南部の生活を描く小説」なんですよ。
ミステリ、サスペンスとしては、「それって、都合よく、食べられなかったブドウが酸っぱいってことにしてまとめてるんじゃない?」って言いたくなるのですが、それでも、なかなか読み応えがある「1960年の南部アメリカへのタイムトリップ体験」でした。
「歴史改変」というのは「導入」でしかなくて、半世紀前のアメリカに生きた人々を描く小説なんですよね。
正直、かなり長いし、長さほどの満足感があるか、と言われると、「こんなに長いのを頑張って読んだのだから、面白い作品だったにちがいない、と自分に言い聞かせたくなるタイプの小説」のような気はします。
アメリカ人で、ここに描かれている世界がもう少し身近にあれば、もっと楽しめたのかもしれないけれど。
半世紀後に、トランプ大統領誕生を阻止して歴史を変える、なんていう小説が書かれることになるのだろうか?
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