琥珀色の戯言

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【読書感想】電通マンぼろぼろ日記 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

ベストセラー日記シリーズ最新刊!今回もすべて実話の生々しさ。 30年間にわたって広告代理店の最前線で汗をかいた著者による怒りと悲哀と笑いの記録。 ゴルフ・料亭・×××接待、クライアントは神さまです ~「今すぐに、俺が飲んでいる店に来い!」 大手電機メーカー・S社の宣伝部メディア担当である 田代部長からの電話だった。私はすぐにピンときた。翌朝の日経新聞に 掲載される予定のS社の広告割り付けの変更が彼の逆鱗に触れたのだ。 (第1章「知られざる電通の内幕」より)~


 マスコミと電通が日本をダメにした、などとネットではよく槍玉に挙げられている、日本最大の広告代理店・電通

 電通の新入社員だった高橋まつりさんが、長時間の残業やハラスメントの末に2015年12月に24歳で過労自殺した事件は、電通のみならず、日本の労働環境を大きく変えました。

 著者は1960年代生まれで、「東京の国立大学」を卒業後、電通に入社したそうです。他の同期への言及からは、著者は東大卒ではなさそうですが、当時の電通の同僚は、ほとんどが有名大学卒+電通の偉い人や政治家、取引先の企業やマスコミになんらかの「コネ」を持つ人、だったとのことです。

 私は電通マンとして、これまで数えきれないくらい土下座してきた。もはや土下座になんの抵抗もない。
 新人時代、営業部の先輩と共に、ある有名女性歌手のCM撮影に立ち会っていたときのことだ。撮影中、女性歌手が突然、大声をあげた。
「アタシ、こんなセリフ言えませんわ!」
 不機嫌を隠そうともしない怒鳴り声に周囲は凍り付く。すると、先輩はすかさずクライアントの担当者の前にスライディングし、「申し訳ありません!」と土下座したのだ。しかもその姿が、女性歌手の視界にしっかりと入り込むように計算して。
 新人の私は、まず何が問題なのかを把握し、解決策を講じるべきだろうと思ったのだが、ベテラン電通マンの思考回路はそんなところに迷い込まない。続け様に、先輩は控え室へと引き上げていこうとする女性歌手の前に飛び出すと、その靴先5センチのところに深々と土下座した。
 女性歌手はやれやれといったふうに苦笑いをしていったん控え室に帰ったが、数分後にスタジオに戻ってきた。無事、撮影が再開された。
「福永、よく覚えておけ。土下座ほど効率のいい手法はないぞ」
 私には、やすやすと土下座する先輩が格好よく見えた。こうして誰しもが電通マンとしての土下座を会得するのである。広告代理店の社員にとって、「クライアントは神さま」なのだから。

 僕はこれを読んで、宮藤官九郎さんが脚本を書いた『謝罪の王様』(2013)という阿部サダヲさん主演の映画のことを思い出しました。
 「電通」に染まってしまうと、土下座ですら「手段のひとつ」でしかなくなってしまうのです。


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 昔も今も広告宣伝担当の役員や宣伝部の部長クラスには、少なくとも月に1回のゴルフ接待(大抵はハイヤーでの送り迎えとお土産付き)が行われている。
 われわれがクライアントを接待することもあれば、逆にわれわれがメディアやプロダクションなどの協力会社、取引先からゴルフ接待を受ける場合もある。さらにゴルフの前後にはさまざまなプラスアルファがついてくる。

 バブル期の話である。金曜日の夜、「テレビ局」(電通内の部署)所属の20代の若手社員・栗村君は、地方テレビ局の東京支社の社員に伴われて九州の某県に飛んだ。空港にはハイヤーが出迎え、地元の高級料亭に直行。食事を済ますと、会員制の高級ソープランドにいざなわれ、泡を洗い流したら、その日は高級ホテルに宿泊。翌朝、ハイヤーが迎えに来て、地方テレビ局の幹部らとゴルフラウンドを行ない、夜は料亭、再び高級ソープランドで第2ラウンド。その翌日も朝からゴルフをプレーし、終了後ハイヤーで空港へ向かい、東京に戻る。役員でもなんでもない、20代の若手社員でさえこうなのだ。
 今日でも金額の多寡は別として、高校代理店からクライアントへ、そしてメディアから広告代理店への接待が消えたという話は聞かない。ゴルフ以外でも、クライアント各社の宣伝部長クラスへの接待では、高級料亭、会員制のバーや銀座のクラブが定番である。回数は減ったが、こういう状況を広告代理店としても容認、いやむしろ奨励しているのだ。


 電通マンは、高収入(基本給よりも残業代やボーナスが高く、著者の場合、最高で年収2000万円近くあったのだとか)で、クライアントを毎晩のように接待し、大きな契約をとったご褒美に会社の経費でちょっとした仕事を名目にして海外旅行、というのが当たり前だったのです。

 その一方で、残業前提のものすごい仕事量に、得意先の接待、先輩・同僚との付き合いなどで毎晩帰りは遅くなり、他社や社内での激しい競争に心身が激しく消耗していきます。

 著者は、電通の営業マンとして地方発のTV通販番組の立ち上げに深く関わったり、Jリーグ創設時のユニフォームの広告に目をつけたりと、大きな仕事も成功させてきた「叩き上げの電通マン」だったそうです。

 1970年代初めに生まれた僕は、「24時間戦えますか」のリゲインのCMを思い出し、「日本のモーレツサラリーマン」ってこんな感じだよなあ、「リアル島耕作」だよなあ、と思いながら読みました。

 ちなみに、高橋まつりさんの事件や政府の「働き方改革」の影響もあり、今では電通社員も昭和・20世紀後半のような過酷な労働や豪華すぎる接待は行わなくなっているようです。

 それでも、人に欲望やメンツがあるかぎり、接待やクライアントからの理不尽なクレームがなくなることはないし、広告代理店の社員は「青臭い正義を唱えるよりも、大きな契約をとること」を目指しています。
 人というのは、自分が権力を握ることができる場所では、信じられないくらい暴君になることがあります。
 僕は電通マンではありませんが、そういう人をこれまで何人も見てきましたし、僕自身も、それほど偉くなれなかっただけで、もしそういう場にいたら、「受けられる恩恵をあえて拒否することで、場の空気を悪くしてしまうリスク」を負う自信は持てないのです。
 大企業のCMに出演するタレントを決める際にも、ターゲット層の好感度などのさまざまなデータも用意されているものの、「企業の宣伝担当責任者の好み」で決まることが多いのだとか。

 現在でも、結局、世の中の多くの「大きな仕事」って、「コネ」とか「担当者同士のこれまでの貸し借り」みたいなもので決まっているようです。
 そもそも、これまでの実績から見て、大きなイベントを取り仕切ることができるであろう広告代理店は、日本にそんなにたくさんはありません。


 この本を読んでいると、日本は、ほとんどの日本人にとって、少しずつでも真っ当な方向に進んできているのではないか、という気もします。
 接待費も、元を辿っていけば、商品やサービスの価格に転嫁されているはずですし。
 それはそれで、接待に使われることで経営を維持してきた高級料亭がコロナ禍で危機に陥る、なんてこともあるわけで、万人にとって「正しい」とは言えないのかもしれませんが。

 ちなみに、かつての電通は自社スキャンダルを握りつぶす力を持っていた。
 たとえば、前述の、衛星放送・S社担当のCMプランナーが覚醒剤で捕まった一件はどこのメディアでもいっさい報じられなかった。「S社担当の電通CMプランナー、覚醒剤で逮捕」なんて見出しが載ってしまったら、同社の扱いを失いかねないから、電通も必死である。
 実際にその一件のあと、私は上層部から指示された。
「地方紙の広告スペースをただで提供するから”得意(クライアント)”に伝えてこいよ」
 つまり、電通の「お願い」どおり記事掲載をしなかった御礼に、地方紙に広告を提供したのである。メディア側にすれば、広告を取ってくる電通はお得意さまだ。余計なことをしてお得意さまを怒らせたくないのは道理だろう。
 しかし、2024年現在、電通にはもうそんな力はない。新聞や雑誌の広告をタダで提供する資金力が衰えてきたし、メディアのほうでも電通に対する忖度を排するように成熟してきた。そして何より噂がSNSで拡散されてしまえば、もはや止めようがない時代になったのである。


 ネットでの「炎上」への批判は多いし、僕自身、「なんでも粗探しして文句言えば良いってものじゃないだろう」と思っています。
 でも、ネット世論は、たしかに、「マスメディアや広告代理店がやりたい放題だった時代」を変えてきているのです。

 先日、執行猶予付きの有罪判決を受けた、「ガーシー」こと、東谷義和さんは、こう言っていました。
「自分のこと悪党だと思っているんですよ。『悪党にしか裁けない悪』は絶対にある。警察や弁護士やまともな人では対応できないね」


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 電通は「特権階級」なのか、あるいは「悪」なのか?
 それとも、「社会の潤滑油」なのか?

 著者は、電通で大きな仕事をいくつも成し遂げました。こんな内外で常に激しい競争が続けられる会社で、長年生き延びてきただけでもすごい。
 でも、そうやって、企業に忠誠を尽くしてきた著者が現在置かれている状況を読んで、なんだかいたたまれなくなってきたのです。

 途中、何度も「電通、調子に乗りすぎだろ……」とムカついていたのに。
 ただ、だからといって、平穏無事で慎ましい人生が「正しい」というわけでもないよね……

 この「お仕事日記シリーズ」のなかでも、かなり踏み込んで書かれているし、きれいごとだけではない、やたらと熱くてきつかったあの時代のことを思い出させてくれる本でした。
 そういえば、僕も『課長・島耕作』を読んで、エリートサラリーマンに憧れた時代もあったなあ、などと思いつつ。


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