琥珀色の戯言

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【読書感想】狂気の科学者たち ☆☆☆☆

狂気の科学者たち (新潮文庫)

狂気の科学者たち (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
科学発展の裏には奇想天外としか言いようのない実験の数々があった。死亡前後の人間の体重を量って「魂」の重さを計測する。妊娠率を高めるためピエロに扮して胚移植前の女性を笑わせる。黄熱病が伝染病でないと証明するために患者の吐瀉物を飲む。赤ん坊をチンパンジーと一緒に保育する…。信念に基づいて真実を追究する科学者たちを描いた戦慄(と笑い)のノンフィクション!


 人類のこれまでの歴史は、「科学」によって、さまざまな疑問が解決される歴史でもありました。
 「非科学的」というのは、「根拠がない嘘」と、ほとんど同じ意味で使われることが多いのですが、そこまで「科学」が人々に信頼されるようになるまでには、けっこう荒っぽい実験が繰り返されてきたのです。
 現在われわれがやっている実験も、後世の人々からすれば、「なんで2019年の科学者は、あんな野蛮なことをやっていたんだ?」と思われるようなことなのかもしれません。

 この本では、さまざまな科学者が行ってきた、「奇妙、あるいは惨酷な実験」の数々が紹介されています。
 著者は、ここで紹介している科学者と実験について、このように述べています。

 LSDを打たれたゾウも登場するだけに、この本は奇抜な出し物を集めたサーカスのパレードのような印象を与えるかもしれないが、私はこれっから登場する科学研究や研究者たちを、決しておもしろおかしく紹介しようとしているわけではない。むしろその逆で、私に言わせれば、これらの話は飽くなき好奇心に突き動かされた人々の物語なのだ。これから登場する研究者たちは、どんなに恐ろしく、また常軌を逸した人物でも、尊敬すべき要素をひとつ共有している。それは、彼らが世界を観察し、目に映るものを当然視せず、疑問を投げかけた点だ。彼らの疑問は常識外れだったかもしれないし、愚かですらあったかもしれないが、時には一見くだらない疑問を持った人が世紀の発見をすることもある。
 好奇心の危険なところは、それが世紀の発見に導いてくれるのか、狂気の沙汰に終わるのか、そのあいだのどこかへたどり着くのか、あとになってみなければわからないことだ。しかしいったん好奇心に取りつかれてしまえば、ジェットコースターに乗ったようなもので、どこへ向かっていようともついて行くしかない。


 第1章の「フランケンシュタインの研究室」では、死刑囚が刑を執行された直後の死体に電流を通して蘇らせようとしたり、ギロチンで切断された直後の頭部の頸動脈にイヌの頸動脈を接合して血液を送り込んでみたり、という「実験」が紹介されています。
 ちなみに、「イヌと接合された死刑囚の顔面の筋肉はまだ生きているかのように収縮し、あごは勢いよく閉じた」そうです。意識があるような様子はまったくみられなかった、とのことですが。

 1954年、ソ連政府は双頭のイヌを誇らしげに発表し、世界中の人々を驚かせた。この奇妙なイヌは、ソ連を代表する外科医の1人、ウラジミール・デミコフが作りだしたものだった。デミコフは第二次世界大戦中、野戦病院で腕を磨き、戦後、ソ連政府によってモスクワ郊外にある最高機密の研究機関に送られた。彼の任務はソ連の外科技術の優位性を証明することだった。
 デミコフは子イヌの頭部と肩と前脚をジャーマンシェパードの成犬の部分に移植し、この双頭のイヌを作った。最終的にデミコフはこうした結合体を20匹作ったが、術後感染症により、そのほとんどが長くは生きられず、最長記録は29日だった。少なくともイヌに関しては、頭が2つあってもよいことはなさそうだ。
 これらのイヌは世界中の新聞の見出しを飾り、マスコミからはソ連の「外科版スプートニク」というニックネームをつけられた。1959年、合同国際通信社の記者アリーン・モズビーは、デミコフの研究室を訪れ、ジャーマンシェパードと子イヌの結合体「ピラト」を実際に見た。デミコフと一緒にピラトを散歩させたモズビーによると、その首には普通の首輪が合わないため、耳を引っ張って散歩をしたという。
 さらにモズビーは、循環器は共有しているものの、2つの頭は別々の生活をしていたと伝えている。2匹は起きる時間も違えば、寝る時間も違った。子イヌは必要な栄養をすべて成犬から得ていたが、それでも自分で飲み食いをした。ただし、口に入ったものはすべて食道の端から毛をそられたピラトの首の上に滴り落ちたという。


 この本には「ミルクを味わう双頭のイヌ」の写真も載っているのですが、本当にこの状態で1か月近くも生きたのだろうか、とは思うのです。
 そして、惨酷な実験だなあ、とも。
 現代の動物実験の倫理基準では、絶対に許されることはないでしょう。

 でも、「ギロチンで死んだ人は、いつまで意識があるのか」あるいは、「人や動物の『頭部移植』ができれば、死なない人間ができるのではないか」というのは、少なからぬ人が持つ「疑問」ではありますよね。

 臓器移植というのも、他人の臓器を切断して繋ぎ合わせるという意味では、この実験の延長上にある、とも言えます。


 ソ連では、サルとヒトとの交配実験も行われていたそうです。

 全宗教を弾圧するほど反宗教的だったソ連政府は、もしヒトとサルの交配に成功すれば非常に大きな象徴的意味があると考え、イワノフに研究資金を提供した。これはアメリカのキリスト教原理主義者が、人類とサルの進化上の関係を示唆するものに敵意をむきだしにした「スコープス裁判(サル裁判)」(1925年、公立高校で進化論を教えることを禁止したテネシー州の法律に違反した教師、ジョン・スコープスに対して行われた宗教と科学を巡る裁判)が起きてから、まだ2年もたっていないころのことだった。ダーウィンの進化論を支持するマルクス主義者だったソ連の指導者たちは、アメリカのキリスト教原理主義者たちに”サル人間”を見せつけるというアイデアに飛びついた。


 冷戦時代は、ソ連アメリカも、相手を出し抜くためならなんでもやろうとしていたのです。
 この「サル人間計画」はさまざまなトラブルがあって、結局成功はしていないのですが、著者は、成功の可能性があったかどうかについては、考えを保留しています。


 アメリカ陸軍は、1960年代前半に、「平均的な兵士が自分は死ぬと思った時点で、どれだけ行動に悪影響が及ぶか、また恐怖心をかき立てられるような状況下でも、効率よく行動するための技術を兵士が習得できるか」を知るために、心理学者のミッチェル・バークンらに依頼して、こんな実験をしています。

 研究者たちが考案した最初の恐怖喚起状況は、世にも恐ろしい空飛ぶ実験室だった。兵士の一行を乗せた小型プロペラ機が巡航高度に達すると、突然機体が傾き、プロペラが失速する。ヘッドホンからは、管制塔と通信するパイロットの声が聞こえる。「何かおかしい。緊急着陸が必要だ」。飛行機は空港に引き返すため旋回する。地上で待ちかまえる救急車と消防車が兵士の目に入る。この時点で、恐怖心の塊が兵士たちののど元まで込み上げてきているはずだ。だが、ここから事態はさらに悪化する。着陸装置が作動しないため、海上に不時着水させるとパイロットが告げるのだ。
 恐怖を喚起する状況を作り上げたところで、次に研究者たちはその状況下での兵士たちの能力を測定するタスクを導入する。やや場違いだが、これは保険の申込書に必要事項を記入するというタスクだった。スチュワードが用紙を配りながら、軍の手続き上、全員がこの申込書に記入する必要があると説明した。全員が亡くなった場合に備えて、軍としては確実に損害を補填できるようにしておきたいというのだ。申込書は小型の缶に入れて、胴体着陸する前に投下するという。
 言われたとおり、兵士たちは座席で前屈みになりながら、鉛筆を片手に難しい法律用語の解読に取りかかる。「この申込書の文章を理解するのはかなり難しい」と思ったに違いない。彼らは死が差し迫っていて集中できないため、難解に感じるのだろうと思ったかもしれないが、実は、この用紙はわざとわかりにくく書かれていた。研究者たちに言わせれば、これは「人間工学を無視した意図的悪文」だった。
 兵士たちが申込書を書き終えると、パイロットはプロペラ機の向きを変え、「こちら機長。今の緊急事態は冗談だ」と言って、無事に着陸した。


 冗談じゃないよ!
 ほとんどの兵士たちは、この実験に利用されたことに、憤りを感じたのではないかと思われます。
 なかには、次の実験台になる兵士たちあてに、機内にメッセージを残した者もいて、実験はうまくいかなくなったのだとか。
 これ、科学実験というより、『お笑いウルトラクイズ』だよねえ、当事者は芸人じゃないし、笑えないだろうけど……


 スタンフォード監獄実験や吊り橋効果など、よく知られた実験も含まれ、多種多彩の「普通じゃない科学実験」が紹介されていて、人間の好奇心の凄さと罪深さについて、考え込まずにはいられません。
 それでも、「答え」を知りたいのが、科学者であり、人間である、ということなのでしょう。
 自分が実験台にさえ、ならなければ。

 ……と思ったら、中には、自分自身で病人の吐瀉物を飲んで、病気が感染しないか確かめた、なんて人もいるんですよ。
 人間の「知りたい」という欲は、底知れないものですね。


fujipon.hatenadiary.com

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