Kindle版もあります。
内容紹介
せっかくの善意を、
わたしは捨てていく。
そんなものでは、
わたしはかけらも救われない。愛ではない。けれどそばにいたい。
実力派作家が放つ、息をのむ傑作。あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい――。再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人を巻き込みながら疾走を始める。新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。
「ひとり本屋大賞」7冊め。
周囲にうまく馴染めず、両親を失って引き取られた家にも居場所がなく……
この本を読みながら、僕はずっと考えていたのです。「普通」じゃない、ということに悩んでいる人は多くて、ほとんどの人は「これが普通だから」ということに流されて、生きているのではないか、と。
世の中にいろんな娯楽が溢れるようになって、そんなにお金もかからない時代になった。
男とはこうあるべきだ、女とはこうあるべきだ、恋愛とはこういうものだ、という決まりごとに従わなくても良いのではないか、と考える人も増えてきた。
2020年の時点であらわれている変化というのは、結婚をしない、子供をつくらない、恋愛をしない、という選択をする人が多くなった、ということなんですよ。
それに向いていない、あるいは、もっと他に自分にとって大事なことがある人は、案外たくさんいたのだと思う。
その一方で、やっぱり、恋人ができないとか、結婚できないという理由で悩んでいる人の声が、ネットに書き込まれてもいるのです。
「性的指向」について、多様化がみとめられるようになってきてはいるけれど、「恋愛に興味が持てない人」は、まだ、置き去りにされている。
あるいは、「恋愛の深化というのは、肉体的な接触をすすめていくものなのだ」という「常識」は、変わってはいない。
そういうことはしなくてもいいから、一緒に心地よく過ごしたい、という人間関係だって、あるはずなんだよね、きっと。
まあでも、実際のところ、人にはそれぞれの距離感というものがあるし、それは年齢や時間によって変わりやすいものだから、世の中には、「そんな人だったとは思わなかった」「なんで異性としてみてくれなくなったのか」「子供はいらない、って言っていたのに」というようなすれ違いが絶えないのです。
この小説を読みながら、僕は考えていました。
この関係って、やっぱり、吊り橋効果とか、ストックホルム症候群とかではないのか?と。
主人公・更紗は養育されていた家に居場所がなくなり、精神的に追い詰められていたなかで、文と出会ったわけで、お互いに全く悪意はなく、そういう「行為」はなかったとしても、そういう「特殊な感情」を抱きやすい状況にはあったはずです。
そこで生まれた感情は、果たして、公正なものなのか?
それが、正しい「愛情」といえるのか?
でも、そこで僕は立ち止まってしまいます。
それなら、世の中の「恋愛」とされているものは、みんな、フラットな場所から生まれてきたものなのか?
ドラマのような「大ピンチのときに王子様が助けてくれた」みたいなのは滅多にないとしても、会社で困っているときに助けてくれた先輩を好きになる、とかいう出会いも「吊り橋効果」みたいなものではないのか?
それが吊り橋効果であろうが、ストックホルム症候群であろうが、本人たちにとって正直な感情であれば否定はできない、と考えるべきなのか、それならカルト宗教の「洗脳」も、「そう思うようになってしまったのだから、もう、しょうがない」のか?
この作品のなかでは、自分たちの「常識」で主人公たちを判断し、「加害者」「被害者」という立場を押しつけて排除しようとする人たちのことが描かれています。
僕は大人になって、世界には「噓や思い込みを本当だと信じ込んで、周囲に撒き散らす人」というのが存在することを知りました。
でも、この小説に関しては、こういう関係をあっさり「それもアリなんじゃない?」と認めてしまうのも、怖いような気がします。
それが本人たちの選択であるのならば、どうしようもないのかもしれないけれど。
僕は、更紗を守るつもりで、かえって振り回されてしまった人たちのことも考えてしまうのです。
自分の恋人が、子供のころに酷い目にあわされた(と大部分の人はみている)男に、まだこだわりつづけていて、自分に内緒でその男と会っている。
そんな状況で、冷静に振る舞える人のほうが少ないはずです。
世の中の大部分の人間は、置かれた状況や環境に応じて、善良な市民になったり、手のつけられない犯罪者になったり、異常なストーカーになったりするものではなかろうか。更紗は「みんなは私をわかってくれない」と思っているけれど、更紗自身も「他人を我慢できない」人間ではある。子供の頃の「事件」が背景にあることを知らなければ、ひどい人ではある。逆に言えば、僕などが日頃「なんてひどいヤツだ」と感じている人にも、僕が知らない理由や事情があるのかもしれない。
いや、そこまで考えて生きていくのは、あまりにもキツいから、みんな「常識」とか「メディアで伝えられていること」に頼ろうとするのだろうけど。
正直、読んでいて、『天気の子』みたいな話だなあ、と思ったんですよ。私たちが幸せならば、世界なんてどうなってもいい、っていう。
僕も、それが今の世の中で、幸せになる唯一の方法なのではないか、と思えてきました。
でも、たった二人のあいだでも、「価値観」を共有すること、共有しつづけることって、本当に難しい。
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