琥珀色の戯言

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犯罪 ☆☆☆☆☆


犯罪

犯罪

内容紹介
弁護士の「私」が遭遇した11の異様な“犯罪”。実際に起こった事件を元に、胸を打つ悲喜劇を描いた圧巻の連作犯罪文学。数々の文学賞を獲得しベストセラーとなった傑作!


内容(「BOOK」データベースより)
一生愛しつづけると誓った妻を殺めた老医師。兄を救うため法廷中を騙そうとする犯罪者一家の息子。羊の目を恐れ、眼球をくり抜き続ける伯爵家の御曹司。彫像『棘を抜く少年』の棘に取り憑かれた博物館警備員。エチオピアの寒村を豊かにした、心やさしき銀行強盗。―魔に魅入られ、世界の不条理に翻弄される犯罪者たち。高名な刑事事件弁護士である著者が現実の事件に材を得て、異様な罪を犯した人間たちの哀しさ、愛おしさを鮮やかに描きあげた珠玉の連作短篇集。ドイツでの発行部数四十五万部、世界三十二か国で翻訳、クライスト賞はじめ、数々の文学賞を受賞した圧巻の傑作。


2012年『本屋大賞』の翻訳小説部門第1位。
書店でみかけて、218ページの厚さのわりには1800円+税はちょっと高いかなあ、などと思いつつ購入。
でも、読んでみると、これは全然割高ではありません(そりゃあ、僕がドイツ人であれば、原書で読んだほうが安いだろうけど)。
これだけのページ数に、11の”犯罪”についての物語。
それぞれの物語には、最低限のページ数しか割かれていないのに、読み終えると、すごく濃密な時間を過ごした気がします。
これは傑作だ。


僕は、最初の作品『フェーナー氏』を読んで、すっかりこの短編集にひき込まれてしまったのです。
「実直な老医師が、長年連れ添ってきた『悪妻』を殺してしまうまで」の物語。
若い頃に出会って意気投合して、「何がが違う」と思いながら、「それでも、自分が選んだ相手だから」ということで、生真面目に結婚生活を続けている夫。
これは、あくまでも老医師側から書かれている話なので、おそらく、妻側からすれば、別の見方があるのでしょうけど。
「それなら、さっさと離婚して、新しい人生をはじめればよかったのに!」僕も読みながら、そう思ったんですよ。
でも、人生っていうのは、「いつかそのうち」と思いながら、いつのまにか、遠くまで流されてしまっていることもある。
「ズレ」を感じながらも、長くつきあっていくうちに「わかりあえる二人」になれることもある。
この作品を読んでいると、「普通の人」と「犯罪」の距離っていうのは、僕がふだん思っているよりも、かなり近いのかもしれないな、という気がしてきます。
僕だって、ちょっとしたズレから、犯罪をおかしてしまうかもしれない。
その一方で、もし自分が被害者の側だったら、やっぱり許せないだろう、とも思う。


車を運転している人で、「自動車事故は、絶対に起こらない」と信じている人はいないはずです。
もしかしたら自分も……と不安になることは、誰にでもあるはず。
でも、自分の子どもが車にひかれて命を落としたら、「運が悪かった」とすぐに諦められる人は、ほとんどいません。
この作品は、僕に「人は誰でも、犯罪をおかす可能性を持っている」ことを訴えてきますし、「赦さざるをえない犯罪者」の存在も理解できます。
「どんな殺人事件にも、加害者側には『理由』がある」のも事実でしょう。
しかしながら、その理由にあまりにも寛容な社会というのも、やっぱり、怖い。

 警察の仕事は、偶然がないことを前提にしている。捜査の95パーセントはデスクワークだ。証拠物件の検討、調書の作成、目撃者への事情聴取。推理小説では、どなりつけると犯人が自白する場面があったりするが、実際にはそれほど簡単ではない。逆に、血のついたナイフを持って死体にかがみ込んでいれば、その人物が犯人扱いされる。たまたま通りかかり、助けようとしてナイフを抜いたなどという言い分を信じる警官はひとりもいない。事件の真相は簡単なものだという刑事事件の鉄則は刑事ドラマの脚本家の発想でしかない。実際はその反対だ。自明とも思えることも推測の域を出ない。たいていの場合がそうなのだ。
 それに対して、弁護人は罪を追及する側が築きあげた証拠の山に穴を見つけようとする。そのとき力になってくれるのが偶然だ。それが、一見真実に思える予断に待ったをかける。ある警官がある裁判官に、弁護人は正義という車のブレーキでしかないといったことがある。その裁判官は、ブレーキがなければ車は役に立たないと答えたという。刑事裁判は、この力の綱引きのなかではじめて機能するのだ。

この小説、読んでいて、実に「すっきりしない」のです。
読者としては、救われない気持ちになったり、置きざりにされてしまう結末の話もいくつかあります。
その「余韻」こそが、「事実に基づいた物語のリアリティ」であり、この作品の素晴らしさだと僕は思います。
その一方で、作者が「高名な刑事事件弁護士」という情報抜きで、フィクションとして読んだ場合、どこまで納得できたかな、とも考えてしまうんですよね。
もちろん、守秘義務がある職業ですし、作者が「自分が経験した事実」をそのまま書いているのではないのでしょうが、読者の大部分は、完全なフィクションではなく、少なくとも「真実に基づく」小説として読んでいるはずです。

 レンツベルガーの前科はわずか四回だったが、新品の金属バットを持っていた。ベルリンでは、ボールの十五倍も多く金属バットが売れる。

個々の事件のなかに、「EUの優等生」ドイツの現在を垣間見ることができるのも興味深い。
「いまの日本は病んでいる」と言う人もいるけれど、ドイツもまた、日本と似ているところも、違うところも含めて、「病んでいるところはある」のです。


自信を持ってオススメできる一冊です。
ちなみに、僕がとくに印象深かった作品は、前述の『フェーナー氏』の他には、『チェロ』『緑』です。

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