琥珀色の戯言

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ウォッチメイカー ☆☆☆☆☆


ウォッチメイカー〈上〉 (文春文庫)

ウォッチメイカー〈上〉 (文春文庫)

ウォッチメイカー〈下〉 (文春文庫)

ウォッチメイカー〈下〉 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
ウォッチメイカーと名乗る殺人者あらわる。その報がリンカーン・ライムのもとに届いた。手口は残忍で、いずれの現場にもアンティークの時計が残されていた。やがて犯人が同じ時計を十個、買っていることが判明した―被害者候補はあと八人いる!だが、いつ、誰が、どこで? 尋問の天才キャサリンダンスとともに、ライムはウォッチメイカー阻止に奔走する。一方、刑事アメリア・サックスは別の事件を抱えていた。会計士が自殺を擬装して殺された―事件にはニューヨーク市警の腐敗警官が噛んでいるようだった。捜査を続けるアメリアの身に危険が迫る。二つの事件はどう交差するのか?史上最強の敵、登場!時計じかけのごとく緻密な犯罪計画をひっさげてライムとアメリアを翻弄するウォッチメイカー。熾烈な頭脳戦に勝利するのはライムか殺人者か?ドンデン返しに次ぐドンデン返し。あまりに緻密な犯罪計画で読者を驚愕の淵に叩き込む現代最高のミステリー・シリーズ最新作。

何年か前、この小説が『このミス』などで1位に輝いたときには、一度読んでみたいと思っていたんですよね。
当時は、とにかく大絶賛の声ばかりだったので。
「でも、翻訳だし、シリーズ第7作目っていうのも、いきなりこれから読むのも抵抗があるし、だからといって、第1作からっていうのも……」と思いつつ、時を過ごしてしまったのですが、今回文庫化をきっかけに、ようやく手にとってみました。
僕は基本的に翻訳小説はちょっと苦手で、しかもミステリともなれば、「人の名前がわかりにくいし、地理もイメージできない」ので、つい避けてしまいがちなのですが、上下巻、文庫で800ページ近くにもなる、この上下巻の作品を読んで、「なんでももっと早く、この作品、このシリーズを手にとってみなかったのだろう」と後悔しました。
僕は日本のミステリが全部ダメだとは思わないけれど、この『ウォッチメイカー』という作品の「ミステリとしての隙の無さ」は、人間関係の描写や叙述トリック、強引などんでん返しやロマンスで修飾されまくっている日本のミステリとは、大きな違いがありました。
「隙の無さ」にかけては、作者のジェフリー・ディーヴァーも、「ウォッチメイカー」に負けず劣らずなのではないかと。

 プラスキーがライムの指示を書き取っているあいだに、クーパーは土と思しき少量の物質が入ったチューブを拾い上げ、顕微鏡で観察した。まずは拡大率四倍から始める(光学顕微鏡を使うルールその一は、低倍率からスタートすることだ。いきなり高倍率で見ると、芸術的には興味深いが、科学捜査の観点からは何の役にも立たない抽象的なイメージしか得られない)。

 この部分などは、物語の「本筋」には、何も関係ないんですよ本当に。
 でも、病理学の研究室に行ったとき、「低倍率から観察を始める」というやり方に驚いた僕には(だって、「高倍率のほうが、細かいところまでよく見える」と思うじゃないですか)、この記述が正しいことがわかります。
 「低倍率で全体像を観察することが大事なんだ」と、研究室のボスに教えられたのを、これを読みながら、思い出さすにはいられませんでした。
 こういう「ディテール」が、ものすごく魅力的なんですよ、この小説は。
 おそらく、僕にはよくわからないような、それぞれの専門分野についても、かなり突き詰めて書かれているはずです。

 物語の「どんでん返し」も「ただ、読者を驚かせようとしている」だけではなく、そのどんでん返しそのものに、ちゃんとした「理由」があります。
 よくこんな緻密な物語をつくれるものだなあ、と感心するばかり。

 「ウオッチメイカー」だけでなく、リンカーン・ライムやアメリア・サックスなどの登場人物も魅力的で、それぞれが重厚な背景を持って、こういう人間になったのだというのが伝わってきます。
 僕としては、尋問の天才キャサリンダンスの「尋問中の相手の態度や反応で、その人物がウソをついているのかどうかがわかる」という技術は、実際にそういうテクニックがあるのでしょうけど、ちょっと「反則」っぽい感じがして、違和感があったんですけどね。
 『逆転裁判4』の「みぬく」じゃないだから。

 「翻訳ミステリ」に抵抗がある人にこそ、読んでみていただきたい傑作です。
 キャラクターの名前がカタカナでも、土地勘が全くなくても、十分以上に楽しめますよ。

 そして、この小説を読むと、「日本のミステリに足りないもの」が見えてきたような気がするんですよね。
 もっとも、こんな精巧な作品ばかりになってしまっては、読むほうも大変でしょうけど。

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