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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

ふたりの「気くばりの人」

雑記

最近読んだ本のなかに、「気くばり」「やさしさ」を周囲に敬慕されている、ふたりの「巨匠」の話がでてきました。
ひとりは、『ドラえもん』の作者である、藤子・F・不二雄先生。
もうひとりは、「最後の映画俳優」ともいわれる、高倉健さん。
このふたりは、それぞれ、周囲の人たちにものすごく慕われ、そして、尊敬されているのですが、その一方で、「他人」への接し方に、ある共通点を抱えていました。


藤子・F・不二雄先生の若い頃について、長年のパートナーである、藤子不二雄A先生は、こんなふうに仰っておられます(藤子不二雄A著『78歳いまだまんが道を…』(中央公論社)より)。

 高校を卒業はしましたが、あのころ漫画家なんて、まだ”夢のまた夢”でした。漫画家を目指して上京するなんて時代ではありませんでした。僕はたまたま伯父が富山新聞の重役だったので、縁故で入れてもらうことができました。僕は絵が描けたので、社長と重役に会って、その似顔絵を描いたら、それが入社試験でした。藤本氏は親類がお菓子屋さんだった関係でしょうか、製菓会社に就職しました。
 ところが藤本氏は、たった三日で会社を辞めてしまいました。彼はとにかく人見知りで、僕以外の人とつきあうとか、社交がほとんどできない人だったから、そもそも勤めなんて無理だったんでしょう。それで、「俺は漫画描くから、お前は新聞社に勤めてろ」と言いました。


阿川佐和子のこの人に会いたい」(文春文庫)より。
(1996年10月の藤子不二雄(A)(安孫子素雄)さんとの対談から。)

(東京に出てきた当初のことを回想して)
藤子(A):「藤本君は、非常に人見知りが激しくてね。昭和29年に、東京に出てきてトキワ荘に住んだ頃は、編集者が来る頃になると、「ちょっと散歩してくる」って出ていっちゃう。自然と僕が応対して、編集者が藤子不二雄は僕だけのことだと思ってた時期もありました」

その藤子・F・不二雄先生の「やさしい人柄」について、こんな話があります。
ぼくドラえもん・01』(2004年・小学館)の記事、「レギュラー声優5人組・懐かし座談会〜25年目の再会」より。
アニメ「ドラえもん」の不動のレギュラーメンバー
 ・大山のぶ代ドラえもん
 ・小原乃梨子のび太
 ・野村道子(しずか)
 ・肝付兼太スネ夫
 ・たてかべ和也ジャイアン
 の5人の声優さんたちが、25年間の『ドラえもん』を振り返っての座談会の一部です。

肝付:それから、藤本先生とお近づきになれて、いっしょに旅行に行って、旅先でいろいろ、宇宙に行く話をしたり…。
 そんなときの先生は、目が輝いておりました。そんな体験ができたってことは、いい時代に生きていたなあって感じがすごくするんです。

 それと、先生にね、一度だけ聞いたことがあるんですが、先生が『ドラえもん』を描いているときに、ネームを書きますよね。そのときの声の感じは、どうなんですか?って、聞いてみたんですよ。そうしたら、「今のみなさんのようでした」って…。


一同:(笑)。


肝付:ありがたいなって、思いましたね。


小原:先生は、いつもやさしくって。ほんとに、『ドラえもん』に出演して、先生とお近づきになれたことが、最高に幸せな25年の思い出かもしれませんね。

この頃には、有名になり、年を重ねることによって、人見知りもだいぶマシになったのかもしれませんが、こうして声優さんたちに温かい言葉をかける藤子・F・不二雄先生は、すごく優しい人だったんだろうな、と。
だって、どんな声優さんでも、「自分のマンガのキャラクターのイメージと完璧に一致している」なんてことは無いはずだから。
(もっとも、不満があっても、「イメージと違った」と口に出す人のほうが少ないのかもしれませんが)



次に、高倉健さんについて。


高倉健インタヴューズ』(文・構成 野地秩嘉プレジデント社)より。
宇崎竜童さんが『四十七人の刺客』という映画のなかで、高倉健さんに助けてもらったときのことを振り返って、その人柄についてこんな話をされています。

 私(著者)が宇崎竜童に踏み込んで尋ねたのは次のようなことだ。


「では、私たちは高倉健の言葉や心の使い方をどう真似すればいいのか」と。


 彼の答えはシンプルだった。


「高倉さんにいただいたものは返せません。返したいけれど返せないほど大きなものをいただいている。できるとすればたったひとつ。私が後輩や新人に高倉さんからもらったものと同じものを渡すこと。その人のいいところを見つけて、大局的にほめてあげること。そんなことを気づかせてくれるのは高倉さんだけです」

 ここまで宇崎さんに言わせる高倉健という人は、本当に魅力的で、気くばりができる人だったのだろうなあ、と。
 このインタヴュー集のなかには、役者仲間だけではなく、スタッフにも気を遣う健さんの話が、たくさん紹介されています。


 その一方で、同じ本のなかには、こんな記述もあったんですよね。

 私生活を露出すること、知らない人と会うことに対しては細心の注意を払っているのだ。
 ある年のこと、高倉健の事務所の人から「去年は三人だった」と聞いた。「何が三人なのですか」と聞き返したら、「高倉健が一年を通じて初対面の人と会った人数が三人ということ」だった。それくらい本人に直接会うことは難しいのである。

藤子・F・不二雄先生と、高倉健さん。
世の中には「気くばりの人」「他人に慕われる人」はたくさんいるのでしょうけど、だからといって、その人たちは、必ずしも「人間好き」「社交的」だとは限らない、ということなんですよね。
大切な人には、慎重に、そして気を遣って接するけれど、「やさしいひと」として周囲に「悪口を言う人がいない」くらいに敬慕されるためには、すごいストレスがかかるのではないかなあ。
結局、ひとりの人間が他者に与えられる「やさしさ」の総量なんていうのは、そんなに個人差は無いのかもしれません。
目の前の人を大事にしようとすればするほど、人づきあいの範囲は、狭くなってしまう。


もちろん、このふたりだけで、「気くばりの人全体」を語るつもりはありませんし、「どんどん他の人に声をかけていく、活動的なタイプ」の人もいます。


ただ、「やさしくしなければ、人づきあいを完璧にこなさなければ……」と思うあまりに、他人が苦手になってしまうことって、あるんですよね、きっと。