琥珀色の戯言

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【読書感想】IOC: オリンピックを動かす巨大組織 ☆☆☆☆


IOC: オリンピックを動かす巨大組織

IOC: オリンピックを動かす巨大組織


Kindle版もあります。僕はこちらで読みました(紙の本よりかなり安くなっています)。

内容紹介
五輪開催地はいかに決まるのか? 招致レースに挑む東京に勝算はあるか? 十億人とも言われる観戦者、放映権やスポンサーシップに絡んだ巨額マネー……。“世界最大の祭典"オリンピックを操るIOCとは何者か? 三〇年にわたり委員として精力的に活動し、副会長も務めた著者が、その知られざる全貌を明かす。サマランチ元会長の独裁体制の功罪、大阪の五輪招致失敗の真相など、秘話も満載。

30年間もIOC委員を務め、そのうちの12年間は理事、副会長の要職にあった猪谷千春さん(日本初の冬季オリンピックのメダリストでもあるそうです)が書かれた、IOC(国際オリンピック委員会)、そして自分自身の活動を振り返ったものです。


2013年9月8日の早朝に、2020年の夏季オリンピックパラリンピックの開催地が、東京に決まりました。
この本は、今年に入ってすぐに紙の本が出ており、東京への招致成功については触れられていませんが(決まる前の出版、ですからね)、開催地決定まで、テレビでさんざん「票読み」とかIOC委員の思惑、みたいな話を聞かされて、その内情に興味を持たった人も多いはずです。
僕もそうだったんですけどね。


2020年の開催地については、まずイスタンブールが有力と伝えられ、その後、トルコの政治的混乱で東京が最有力と報道されていました。
ところが、直前になって、福島原発の汚染水問題で東京の楽勝ムードは一転、今度はサマランチ前会長の影響や王族の熱烈なアピールでマドリード優勢。
ああ、今回も日本は、東京はダメなのかな……と期待しすぎないようにテレビを観ていたのですが、蓋を開けてみれば、東京の快勝に終わりました。
今回は、東京に決定したことだけでなく、ある意味「開催地決定レースそのもの予断を許さないめまぐるしい展開の面白さ」も、盛り上がりに一役買っていたような気がします。


なかでも、僕が意外だったのは、一次投票で、東京が1位で最終投票進出を決めた際に、イスタンブールマドリードが同じ票数で2位に並んだことでした。
投票の1時間くらい前にテレビで観た「直前の票読み」では、「東京は40票+α、マドリードが30票+α、イスタンブールは同情票が10票入るかどうか」だったんですよね。
最近は選挙などでもこういう予想ってかなり精度が上がってきているので、まさかイスタンブールがこんなに健闘するとは。
開催地決定は、誰がどこに入れたかわからない電子投票なのですが、それにしても、IOC委員というのは「読めない、読ませない人たち」なのだなあ、と。


猪谷さんは、マレーシアのハムザー委員がIOC理事選挙に立候補した際に、「アジアから理事会に人を送ろう」というアジア地域のベテラン委員の掛け声にのって、ハムザーさんを応援することにしたそうです。当時、アジアの委員は十数人いて、ハムザーさん個人への票も含めれば、理事に選ばれる可能性もありました。

 選挙は、当選者が決まるまで一回ごとに票数を読み上げ、最も獲得票が少ない候補者を落としながら候補者を絞っていく方式だった。
 そしてなんと、ハムザーは一回目で落ちてしまった。獲得票数はわずか六票。一年生の私は申し合わせ通り、彼に投票した。ハムザー自身の票も入っていただろう。たぶん、清川さんもアジア全体でまとまろうと呼びかけた中心人物だから、彼に投票したはずだ。では、あれほど「アジアから理事を」と結束と誓い合った残りの委員は、いったい誰に投票したのか。
IOC委員って、こんなものなのか」
 ビジネスの世界では約束事を守らないということは信用の失墜につながり、その後の取り引きにも大きく影響する。やってはいけないことの第一にあげられるだろう。今までいた世界と、IOCとの違いにざらざらした違和感を覚えたことを記憶している。
 竹田さんや清川さんからは、「IOC委員というものは、みんな一匹狼だよ」と言われていた。「人から指図されることを極端に嫌う性質をもっている。まず、それを頭に入れておきなさい」と指摘されていた。この選挙結果がこのことか、と納得できた。
 こうした違和感には、その後も馴染むことはなかった。オリンピック開催都市の決定や役員選挙のたびに、こうしたことが繰り返される。私も、理事や副会長の選挙に何度か出たので実感した。地域や人の和よりも己の主義、主張を優先する。自分の存在感をいかに示し、言葉は悪いかもしれないが、自分を高く売ろうろする。そんな人が、ますます増えていったことは事実だ。

僕からすれば「地域や人の和」ばかりを優先するような組織も、それはそれで、あまりに政治的になりすぎるのではないか、と思うのですけどね。
この本を読んでいると、今回の一次投票の結果に限らず、開催地決定の際には、何度も「予想外のどんでん返し」が起こっているのです。
IOC委員というのは、もともとスポーツに縁が深く、社会的な地位もある人が、手弁当でやっていた「名誉職」の色彩が強いものだったそうですから、みんな、かなりプライドが高いのです。
何かを上から押しつけられると、反発してしまいがち。


猪谷さんがIOC委員に就任されたのは1983年でした。
その翌年の1984年のロサンゼルス大会で、オリンピックは歴史的な変化を遂げることになります。
現在、2013年では、世界各国が熱烈に招致しているオリンピックですが、いまから30年前、ロサンゼルス前までは「オリンピックの開催地=貧乏くじ」みたいに考えられていた時期があったのです。
というか、僕はもう生まれていた時代ではありますが、ロサンゼルスのときは『ハイパーオリンピック』のボタンを連打していた記憶しかないんですけど。


1968年のメキシコシティー大会から続く4つのオリンピック夏期大会は、その頭文字から「四つのM」と呼ばれ、オリンピックの黒歴史(というのは失礼かも)とされているそうです。
1968年のメキシコシティ大会では、IOCアパルトヘイト政策をとっている南アフリカに招待状を出したことにより、アフリカ諸国のボイコットが持ち上がり(結果的にIOCは招待を取り消し、ボイコットは回避)、陸上でメダルをとったアメリカの黒人選手が表彰台で黒い手袋をした拳を振り上げてアピールし資格剥奪、追放処分に。
1972年のミュンヘン大会は、パレスチナ・ゲリラがイスラエルの選手やコーチを人質にとり、最終的にゲリラ5人とともに人質9人も全員殺害されるという事件が発生。
1976年モントリオール大会は、オイルショックの影響もあって、当初の予算3億ドルあまりが13億ドルもかかってしまい、モントリオール市はその後30年間増税
1980年モスクワ大会は、ソ連アフガニスタン侵攻により、西側諸国がボイコット。


人種問題、テロ、大赤字、政治的駆け引きの道具と、この時代のオリンピックは、『桃太郎電鉄』のキングボンビーのようにみえていたのではないでしょうか。
結局、1984年の夏期オリンピック開催に手を挙げたのは、ロサンゼルスだけだったのです。
むしろ、よく手を挙げたものだなあ、と感心してしまいます。

 開催都市であるにもかかわらず、ロサンゼルス市は財政出動を行わず、一切の責任も負わない。代わって、弁護士のジョン・アーギュ氏をスポークスマンとする南カリフォルニア・オリンピック委員会という民間の任意団体が大会を運営するというのである。
 彼らは民間資本つまりコマーシャリズムの導入を考えており、それによって黒字をもたらす計画だった。そのためには、IOCがこれまでとってきた伝統的なオリンピック精神や規則を変えていく必要がある。また、それまでテレビからの放映権収入は三分の二が組織委員会に、三分の一がIOCに分配されていたが、ロサンゼルス大会ではIOCの比率をもっと低く設定していた。

 ユベロス会長の考えた収入源は、大きく五つあった。
(1)テレビ放映権料
(2)スポンサーからの協賛金
(3)入場料収入
(4)記念コインなどグッズの製作と販売
(5)聖火リレーの参加料徴収

このロサンゼルスオリンピックは、ユベロス会長のもと、商業的に大成功し、大きな黒字を生みました。
これによって、開催に名乗りをあげる都市も、また増えていったのです。
そして、IOCサマランチ会長のもと、潤ったのです。


IOCが金銭的に余裕を持ったことにより、IOCは旅費や活動費を委員やスタッフに支給できるようになりました。
おかげで、これまでは、お金持ちが手弁当でやっていたIOC委員の仕事に、それほど金銭的に余裕がない人や発展途上国の人も加わることができるようになったのです。
その一方で、「スポンサー」であるテレビ局や多国籍企業に対する配慮が、よりいっそう必要にもなった、と猪谷さんは書かれています。
オリンピックの放映権料は、アメリカのテレビ局が非常に大きな金額を拠出していますから、競技の時間が「アメリカでのテレビ放映に都合が良い時間」に設定されることもあります。
「選手のコンディションが第一」と言いながらも、10億ドルとか20億ドルとかを放映権料として出してくれるアメリカのテレビ局の意向を無視するわけにもいかないのです。
選手も、スポンサーの恩恵を受けているわけですし。


「オリンピックの商業化」は、必ずしも悪い面ばかりではありません。
おかげで、オリンピックの選手として、あるいはIOCのスタッフとして、より多くの人に門戸が開かれたというのも事実です。
ただ、「本来のオリンピック精神から、どんどん乖離してしまっている」ことを危惧している人もまた、少なくありません。


この本、猪谷さんからみたサマランチ会長の人となりとか、IOC委員としての、各国の委員とのつきあい、また、招致活動への関わりなども書かれており、大変興味深い一冊でした。


最後に、今回の東京誘致の成功の理由について、この本を読んでいて考えたこと。
猪谷さんは、在任中に長野オリンピックパラリンピックの誘致に成功しているのですが、やはり、自国での開催は、格別のものだったそうです。

 長野大会は日本選手が大活躍し、青空が続いた。おかげで、競技会場も表彰式会場も、連日、観客の熱気で埋まった。
 そして、成功の要素がもう一つあることを、私はこの大会で確信した。それはボランティアの働きだ。組織委員会の努力だけで滑らかな運営をするのは難しい。要所要所に配されたボランティアの働きが、長野大会では非常に大きかった。
「エクセレント」
 閉会式で、サマランチ会長はスペイン語なまりの英語で長野大会をそう称えた。それは、選手たちの活躍、運営の見事さに加えて、ボランティアに向けて発せられた称賛だった。
「チック、ナガノのボランティアは最高だよ」
 大会終盤、サマランチ会長からも、理事会メンバーからもそう声を掛けられた。
 長野の人たちは必ずしも饒舌とはいえない。しかし、言葉に出さなくとも、会場整理や警備、輸送などで自分の役割をしっかりと果たし、求められた以上の成果をあげていた。

滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」のスピーチなどが、2020年招致の「勝因」としてもてはやされていますし、たしかに、大きな効果があったのは間違いないでしょう。
ただ、僕はこの1998年の長野オリンピックで、サマランチ会長に「エクセレント」と感銘を与えた、長野オリンピックのボランティアの人たちが、「2020・東京」を引き寄せたのではないか、と思うのです。
まだ、当時のIOC委員も少なからず残っていますから。


「あの日本なら、きっとうまくやってくれるだろう」
その信頼を生みだしたのは、あの最終プレゼンの日、壇上にいた「誰か特定の人」だけではないはずです。
2020年の東京オリンピックも、「エクセレント」な大会になることを僕も願っています。

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