琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】アスリートの科学 能力を極限まで引き出す秘密 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

スポーツにおける最高峰の戦いは、スポーツ科学、医学、情報、そしてテクノロジ―を駆使したものへと大きく変化を遂げています。ナショナルチームの育成やサポートなどの中心にいる、国立スポーツ科学センターのセンター長である著者が、スポーツに欠かせない科学の力とは何か、さまざまな面から、スポーツ科学の最前線を解説します。スポーツ競技の側面を知ることで、オリンピックをはじめとする、ハイレベルのスポーツ観戦をより深く楽しめます。、また、アスリートでなくても、体づくりや健康のため、またスポーツ上達のために参考になる内容も。

第1章 記録はなぜ伸びるのか。競技はなぜ進化するのか
(スポーツの高速化と高度化、なぜ日本は陸上100m×4リレーで勝てるのか、水泳競技の高速化、スピードスケートの科学、体操競技は50年でウルトラCからウルトラIへ、サッカーも分析力の差がチーム力の差に)

第2章 アスリートを支えるサイエンス・テクノロジー
(車いす競技と義肢競技の進化、義足のほうが速く走れるのか、なぜパラリンピアンは8m跳べるのか、判定に大活躍のハイスピードカメラ、テニスのチャレンジは軍事技術!? ゴルフ上達ツールに迎撃ミサイル技術、もはやGPSなしでは語れないスポーツ)

第3章 アスリートはいかに効率的に身体を作っているか
(運動、栄養、休養の科学的セオリー、食事のタイミングでパフォーマンスは劇的に変わる、アスリートにとって休養とはなにか、リカバリーが勝負を決める)

第4章 ウェイトコントロールの科学
(アスリートと一般人の減量の違い、水分を減らすかと脂肪を減らすか、世界初のMRI画像で見える減量プロセス、なぜ吉田沙保里伊調馨は勝ち続けられたのか、アスリート研究から見た一般人のダイエット)

第5章 アスリートと水分補給
(水分補給もスポーツの一部、競技で異なるアスリートが競技中に飲んでいるもの、箱根駅伝ではオリジナルドリンクを飲めない!?、個人差が大きい汗の成分、スポーツドリンクの進化)

第6章 環境とパフォーマンスの科学
(暑さのなかで記録はのびるのか、暑熱順化と寒冷順化とは、高地トレーニングが日本のスポーツを強くした、低酸素トレーニングの可能性)

第7章 コーチングの科学――スポーツ心理学最前線
(オランダの最前線の取り組みとは、選手の人生全体を見るコーチング、究極のコーチングとはなにか、映像技術の進化とコーチング、コーチのいらない未来のコーチング)


 さまざまなスポーツで、科学的トレーニングや記録を向上させる用具が取り入れられていることは、すでに広く知られています。
 この本では、「国立スポーツ科学センター」のセンター長の著者が、(2021年に延期されてしまいましたが)東京オリンピックを前にして、現在のスポーツ科学の最先端について、幅広く紹介しているのです。
 個々の競技についての詳細を知りたい、という人には「広く、浅い」内容かもしれませんが、人間の身体の機能を向上させるために、ここまでの研究とトレーニングが行われているのか……と驚かされます。

 100分の1秒を競い合う競泳では、水着の研究以外でも、抵抗を減らすためにさまざまな工夫が行われている。たとえば、水の抵抗を減らす一つの方法として体毛を剃るということがある。剃毛が競泳競技の高速化に影響することを明らかにした研究もある。Sharp&Costillは、1989年に、男子競泳選手が全身の体毛をすべて剃って泳いだ場合、抵抗の減少により身体への負担度が減少し、剃毛の前後で心拍数および血中乳酸濃度などが有意に低下し、ストローク長(一かきで進む距離)も伸びたという研究結果を得ている。
 オリンピックや世界選手権等の競泳競技において、水の抵抗への対策の点からスイマーの水着をチェックすることに加え、髪の毛はスイムキャップを被るから別として、男子でも身体にあまり毛がない選手が多いことにも注目してみてはどうだろう。


 水の抵抗を減らすために体毛を剃る、という噂は聞いたことがあったのですが、本当にやっているんですね。
 しかも、30年前に、そのことについて、きちんとした研究結果を出した人たちがいたのです。
レーザーレーサー」という、着ると好タイムが出る水着が2008年の北京オリンピックで使用され、話題となりましたが、選手たちは「勝つ」「記録を出す」ためには、水着どころではなく、体毛まで「最適化」しているのです。


 また、パラリンピックでは、義手や義足の技術的な進歩により、パラリンピックの中での義肢の性能差とともに、健常者をこえる記録が出る可能性も生まれてきているのです。
(車椅子マラソンのように、すでに健常者を超える記録が出ている競技もあります)

 時は2012年、ロンドンオリンピック陸上競技男子400メートルに、一人の義足ランナーが出場した。「ブレードランナー」の愛称で知られたオスカー・ピストリウス選手(南アフリカ)である。彼は世界で初めて義足で、パラリンピックだけではなくオリンピックにも出場した。オリンピックへの出場を熱望していたピストリウス選手は、スポーツ仲裁裁判所(CAS)の裁定を経てロンドン大会に出場し望みを叶えたが、一方でカーボン製の義足が推進力に与える影響が物議を醸した。
 産業技能総合研究所の保原浩明氏らは、2068年には陸上男子100メートルで義足のアスリートが健常者のアスリートを抑えて世界記録を出すと、独自の分析から予想している。彼らの分析によれば、1976年にはオリンピックとパラリンピックの陸上男子100メートルの記録は、4秒以上の差があった。その後、1988年までの間に1.5秒短縮されたが、この背景としてはカーボンファイバー製の義足の出現が示唆されている。さらに、2012年の時点で1.27秒差になり、2014年にはその差が1秒未満(0.99秒)となっている。このペースが続けば、約50年後にはパラアスリートがオリンピックアスリートを抜いて人類最速を達成する日が来ることになる。


 半世紀後には、パラアスリートのほうが「速すぎる」ために、健常者とは別枠になる時代が来るのかもしれません。
 残念ながら、僕は半世紀後のオリンピックを見届けることはできそうにありませんが、用具やトレーニング方法の進化をみていくと、すでに「そのアスリートだけの力」で勝負しているわけではないような気もします。

 この本のなかでは、スポーツ選手の減量法についても紹介されているのですが、そのなかで、女子レスリングの吉田沙保里選手と伊調馨選手が「勝ち続けられた理由」が考察されています。

 その二人に共通しているのは、ほとんど減量がなかったことである。多くのレスリング選手は、試合に出場するための減量に苦しむ傾向が強い。しかし、二人は減量を気にすることなく、普段からレスリングのトレーニングに集中できた点は大きなメリットであったといえる。なぜならば、極度の減量は、一過性の飢餓状態を作っているのと類似しており、心身への負担は想像を絶するものがあるからである。
 二人が減量のない階級に出場するようになったのは、偶然であった。当時、日本の女子レスリングは、世界でも女子の強豪国として世界選手権等で抜群の強さを各階級で誇っていた。そのため、多少の階級変更をしても全員が優勝候補であった。2003年当時の女子レスリングの階級は、7階級(48kg、51kg、55kg、59kg、63kg、67kg、72kg)であった。その中で日本は5階級で世界チャンピオンを出しており、55kg級の吉田選手、63kg級の伊調選手も優勝している。当時の日本レスリング教会の方針として、女子レスリングは全階級優勝を掲げていた。二人は、選ばれた階級の中で偶然にも減量がなかった。本来であれば、吉田選手は51kg級が適正階級であったかもしれないが、そこには世界チャンピオンの伊調千春選手(馨の姉)がいた。また、伊調(馨)選手は59kg級への出場が適正であったかもしれないが、そこには、同じく世界チャンピオンの山本聖子選手がいた。吉田選手と伊調選手は、減量が不要の階級にうまく振り分けられたというわけなのだ。
 2004年アテネオリンピックから正式種目に加わった女子レスリングは、IOCからの条件としてそれまでの7階級から4階級での開催を通達され、48kg、55kg、63kg、72kg級の階級を残した。このとき吉田選手と伊調選手はそれまでと同じ階級で、山本選手は55kgの階級へ変更が必要となった。階級の設定変更はその後も頻繁にあり、後述するが東京2020大会でも変更された。さらに次の2024年パリ大会でも変更の可能性が高く、選手にとっては減量の必要性が大きな鍵となってくる。


 吉田選手、伊調馨選手の長期間にわたる活躍には、こういう背景もあったのです。アスリートにとっての減量の負担の大きさについて、著者はさまざまなデータを用いて、かなり詳しく説明しています。
 もちろん、減量しなくていい、というだけで、オリンピックで3連覇、4連覇できるほど強くなる、というわけではありませんから(基本的には、体重が重いほと技の威力は高まります)、吉田選手や伊調選手はもともと強かったのです。
 ただ、長年にわたってトップであり続けられたのには、減量の負担が少なかったのは大きかったと考えられます。

 また、身体的なトレーニングだけではなくて、オランダで行われているメンタルトレーニングの話なども紹介されています。

 現代では、オリンピックでメダルを獲得するようなアスリートの育成というのは、国家的な事業になっているのです。


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