琥珀色の戯言

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【読書感想】世界史の極意 ☆☆☆☆


世界史の極意 (NHK出版新書 451)

世界史の極意 (NHK出版新書 451)


Kindle版もあります。

世界史の極意 (NHK出版新書)

世界史の極意 (NHK出版新書)

内容紹介
歴史はひとつではない!
著者初の世界史入門


ウクライナ危機、イスラム国、スコットランド問題……世界はどこに向かうのか。戦争の時代は繰り返されるのか。「資本主義」「ナショナリズム」「宗教」の3つの視点から、現在の世界を読み解くうえで必須の歴史的事象を厳選、明快に解説! 激動の2015年を見通すための世界史のレッスン。


『世界史の極意』というタイトルですが、いわゆる受験世界史的な知識を増やすための本でもなければ、世界史を概観するための本でもありません。
佐藤優さん流の「世界史の見方、考え方」について紹介した本なんですよねこれ。
ですから、「世界史にまったく興味がない人」(マルクスとかレーニンって、誰?というような人)が入門書として読むには、ちょっと敷居が高いのではないかと思います。
いちおう、高校レベルの世界史のおおまかな知識(とくに近代史)はだいたい持っているつもり、くらいの人にとっては、すごく面白いはず。

 本書では、<いま>を読み解くために必須の歴史的出来事を整理して解説します。世界史の通史を解説すつ本ではありません。世界史を通して、アナロジー的なものの見方を訓練する本です。
 いま、「アナロジー(類比)」と書きました。これは、似ている事物を結びつけて考えることです。アナロジー的思考はなぜ重要なのか。未知の出来事に遭遇したときでも、この思考法が身についていれば、「この状況は、過去に経験したあの状況にそっくりだ」と、対象を冷静に分析できるからです。
 すぐれた作家や著述家は、巧みなアナロジーで物事を解説し、新しい理解の地平を開いてきました。その意味では、アナロジー的な思考を養うことは、ビジネスにおいても国際的なセンスのみならず、説明スキルを向上させる効果を持つはずです。


 この新書のキーワードは、この「アナロジー(類比)」です。
 「歴史は繰り返す」という言葉がありますが、歴史を学ぶと、確かに、人間というのは、同じようなことを繰り返しているな、と感じることが多いんですよね。
 ひとりひとりの人間が経験できる時間や地域の広さは、あまりにも短く、狭い。
 そこで、過去の人々が体験し、記録した「歴史」に学ぶことによって、「これから」を類推することができるのです。
 この本では、そういう「歴史との向き合い方」が、具体的な例を示しながら、説明されているのです。


 歴史や、歴史家の言葉について学ぶと、僕などが「良い事を思いついた!」と考えるような「歴史についての認識」などというのは、とっくの昔に、誰かが言っていたことばかりであることがわかります。
 社会主義国家の「敗北」によって、マルクスの『資本論』は、過去の遺物というイメージが強かったのですが、あらためて読んでみると、マルクスは、けっして間違ったことを書いていたわけではないのです。

 ロシア革命によって、ソ連型の社会主義体制ができたことで、資本主義も再び変容します。具体的には、冷戦期の資本主義です。
 どういうことかというと、帝国主義化した資本主義体制の国々は、戦後、社会主義革命を阻止するために、福祉政策や失業対策など、資本の純粋な利潤追求にブレーキをかけるような政策をあえてとるようになりました。利潤は多少減少しても、資本主義を守るためにはやむをえないというわけです。
 つまり、国家という暴力が資本の暴力を抑えこみ、結果として労働者の利益になるようなことをするのですが、それは善意からではありません。資本主義システムを維持するほうが国家にとって得になるからこそそうするのです。
 このような、国家が資本に強く介入する資本主義をマルクス経済学では「国家独占資本主義」といいます。
 実際、冷戦下の1950年代から1970年代にかけて、資本主義陣営は前例のない経済的繁栄を迎えます。この時代をホブズボームは「黄金の時代」と呼びますが、「黄金の時代」は、同時に福祉国家の時代でもありました。国家の大規模な公共事業や手厚い社会福祉のもと、失業率は低下し、多くの労働者が豊かな生活を享受できるようになったのです。日本の高度成長時代もこの時期にあたります。
 みなさんは、社会主義は資本主義に対抗するものというイメージを持っているでしょう。しかし、それだけではありません。社会主義は結果から見ると、資本主義の自己改革を促す役割をも担っていたのです。
 しかし、ソ連崩壊によって東西冷戦が集結した1991年以降、状況は一変しました。ここかで、アメリカの覇権が完全に確立していく。そしてこの時期から、ヒト・モノ・カネが国境を越えて自由に移動するグローバル化が加速していくのです。


 ソ連が崩壊したときには、「やっぱり、人類には社会主義は向いていないんだなあ」と僕は思いましたし、あれは「社会主義の敗北」なのだととらえている人は多いはずです。
 しかしながら、たしかに、あの時期くらいから、「新自由主義」と呼ばれる、いっそう激しい競争社会になってきたんですよね。
 社会主義という「敵」がいなくなったことによって、資本主義は、労働者に容赦する必要がなくなったのです。
 それまでは、社会主義革命とか起こされたら困る、ということで、社会福祉が重視され、結果的に「資本主義の先鋭化に歯止めがかけられていた」のに。
 もちろん、全く社会福祉を無視する国家というのはありえないと思うのですが、資本主義の勝ち、社会主義の負け、と単純に語れるようなものではない。
 僕が生きている間ではないとしても、将来、また「社会主義の揺り戻し」みたいなことが起こってくる可能性もあるんじゃないかな、と思うんですよ。
 

 恐慌は社会的な負担が大きいから、いかにして恐慌を避けるかということが近代の資本主義の課題になっていきます。もっともわかりやすい強硬回避策は戦争です。 
 アメリカで第二次世界大戦後、本格的な恐慌が起きていないのはなぜか。それはアメリカの公共事業に戦争が組み入れられているからです。朝鮮戦争ベトナム戦争はアメリカの公共事業であり、それに協力した日本も、すくなくともバブル崩壊以前は恐慌に近い不況を経験していません。

 こういう話は、「いやしかし、本当に『公共事業としての戦争』なんて、ありえるのか……?」と考え込んでしまうんですけどね。
 

 この本のなかでは、EUと「イスラム国」の比較というのも出てくるんですよね。

 EUがロシアやウクライナに延びないのは、コルプス・クリスティアヌム(ユダヤ・キリスト教一神教の伝統と、ギリシャ古典哲学、ローマ法という三つの要素から構成された文化総合体のこと。日本語に訳せば「キリスト教共同体」。佐藤優さんの解説による)がカトリックプロテスタント文化圏のものであり、(ギリシャ)正教文化圏を含みにくいからです。同様に、トルコがEU入りを希望しても、入れないのは、コルプス・クリスティアヌムの価値観を共有していないからでしょう。
 では、EUはなぜ生まれたのか。その最大の目的は、ナショナリズムの抑制です。二度の世界大戦を経て、あまりにも大きすぎる犠牲者を出してしまった。ドイツ人もフランス人も戦争だけはしたくないと強く思って、それがEUという形に結晶しているわけです。
 したがって、宗教的価値観を中心とした結びつきには、民族やナショナリズムを越えていくベクトルがあることが確認できます。
 一方、イスラム国もまた、国家や民族の絆をグローバルなイスラム主義によって克服しようとする運動です。
 イスラム国の組織形態は、ネットワーク型であるという特徴を持っています。
 アルカイダのように、ウサマ・ビンラディンの命令で下部が動くという組織形態ではありません。小さなテロのユニットが無数にあり、それぞれにかならずメンター(宗教指導者)がつく。そのユニットがインターネットでつながって、世界中で結びついているのです。
 しかし、EUと決定的に違うのは、イスラム国が国家や民族の枠を越えて、人を殺す思想になってしまっていることです。


 EUもイスラム国も、「国家や民族の絆を、宗教的価値観を中心として克服しようという運動」である点では似通っているのだと、佐藤さんは仰っておられます。
 ただし、イスラム国の場合は、その「価値観」が、「人を殺す思想」になってしまっているのです。
 EUの場合は「なるべく人を殺さないために結びついていく思想」であることに対して。


 「歴史」にはさまざまな観点がありますが、今の世相が、過去の歴史と比較すると、どの時代に似ているのか、と考えてみるのは、「これから」を想像するために有効なのです。


 いま自分がいる場所が、他国から、あるいは、世界史という大きな流れのなかではどのように見えるのか?
 ひとりの人間にできることなんて限られてはいるのですが、多くの人がこういう視点を持つことは、生き延びるためには、けっこう大事なのではないかと思います。

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