琥珀色の戯言

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【読書感想】イスラームからヨーロッパをみる――社会の深層で何が起きているのか ☆☆☆☆

ヨーロッパとイスラームの共生は、なぜうまくいかないのか?シリア戦争と難民、トルコの存在、「イスラーム国」の背景。そしてムスリム女性が被るベールへの規制、多文化主義の否定など、過去二〇年間に起きたことを、著者四〇年のフィールドワークをもとに、イスラームの視座から読み解く。


 日本のメディアでは、どうしても、アメリカやヨーロッパ、あるいは東アジアの出来事が大きく報道されがちですよね。
 イスラム教の国々(といってもけっして一枚岩ではなくて、スンニ派シーア派をはじめとして、さまざまな教義の違いがあるのだけれど)は、アメリカやヨーロッパのキリスト教文化圏の視点からみた姿として伝えられることが多いのです。
 女性がブルカを被っていたり、ムハンマドの風刺漫画で人が殺されたり、というのは、男女の不平等や宗教による社会の抑圧を示している、ような気がします。
 
 しかしながら、それは本当に「公正なものの見方」なのか?と、著者は問いかけているのです。

 ヨーロッパ諸国というのは、イギリス、アイルランドキプロス、マルタなどを除くと大半が大陸にあり、陸地の上に国境を線引きすることで独立した国を成している。そのため、国境線の内側に暮らす人間には、何らかの国民としての定義が必要だった。いわば現国民(ネイティブ)というべき人の属性を国家成立のときに定めなければならなかった。そこには、民族や建国の理念、そして宗教的な背景までが色濃く残っている。
 だが、20世紀後半になって、国境を越える人の移動が活発となるにつれて、本来の国民ではない「異質な存在」を国内に抱え込むことになった。ここで取り上げるヨーロッパのイスラーム問題というのは、ヨーロッパにとっては「異質」なムスリムが、ヨーロッパ各国に定住していく過程で顕在化したものである。
 それに加えて、ヨーロッパ諸国には、宗教と国家との関係について、「世俗主義」というきわめて強い思想潮流があることが、ムスリムとの共存を困難にした。簡単にいえば、国家の公的な領域に宗教は介入してはならないという思想であり、原則である。
 それに対して、イスラームという宗教の本質には、世俗主義というものを受け入れる余地がない。人間社会のある領域には、神の手が及ばないという「俗」と「聖」をわける考え方がないのである。
 そうはいうものの、19世紀依頼、ムスリムの側は西欧に生まれた世俗主義と折り合いをつけていこうとした。20世紀になって、西欧列強の植民地や委任統治領だった多くのイスラーム地域が独立してからも、イスラームにもとづいた統治はできなかった。程度の差こそあれ、西欧近代国家を模倣して、世俗主義政教分離)を受け入れざるをえなかったのである。


 そのまま、ムスリムたちが、世俗主義に染まっていくことができたら、世界はもっとシンプルになったのかもしれませんが、そうはいかなかったのです。
 著者は、1980年代から、世界のムスリムには、世俗主義から距離を置く人々が増えていった、と指摘しています。
 そうなってしまったのは、イスラム教の宗教的な理念とともに、イスラム教に対するヨーロッパ側の警戒心や不寛容も影響していたのです。
 ムスリム側としては、自分たちの宗教的な理念を抑えて、妥協して西欧社会で生きていこうとしたのだけれど、そこで「平等な仲間」として認められることはなく、「あれが足りない、ここがおかしい」と、ヨーロッパ側の基準に合わせることばかりを求められるばかりでもありました。

 格差が拡大していくなかで、ムスリム貧困層には、信仰に忠実であることによって心の安寧を得ようという人々が増えていきました。著者によると、女性の被り物(スカーフ、二カーブ、ブルカなど)は、親に強制されて、というのではなく、本人がすすんで被るようになったのが大部分なのだそうです。

 2020年現在、ムスリム女性の被り物に対する敵意は、フランスのみならず、全ヨーロッパに拡大している。イスラームへの嫌悪感情は、ヨーロッパのなかでもムスリム移民の人口が多かった西ヨーロッパで最初に拡大した。そして、2001年9月11日のアルカイーダによるアメリカ同時多発テロ事件で一気に火がついた。
 フランスでのイスラームへの反感が世俗主義から来ていたのに対して、ドイツでは、ムスリムが多いことを、キリスト教社会の視点から批判するようになっていく。つまり、ここはキリスト教徒の国なのだから、あなたたちの居場所はないというのである。
 そのときに、攻撃のターゲットとされたのが、最も目につくムスリム女性の被り物だった。その結果、ムスリムの女性は二重の問題に直面することになった。最初の問題は、ただでさえ家父長的性格の強いムスリム社会のなかで、外に出る、つまり教育を受けたり、職に就いたりすることはむずかしかったことである。そして、イスラームに則った服を着ることで親や夫を何とか納得させて外に出ると、今度は、外界からの敵意にさらされたことである。
 敵意が主として女性に向けられたのは、男性の服装には、これといってムスリムを表す特徴がないからである。顎鬚を伸ばす人はいるが、ヨーロッパの男性にもいるので、特段にイスラームの象徴とみなされることはない。
 さらにヨーロッパでは、例外なくムスリム女性の被り物を「イスラームのスカーフ」「イスラームのベール」と表現するが、こういう表現を使っているうちに、女性の被り物があたかもイスラームの象徴であるかのように扱われるようになった。しかし、イスラームには、目に見える「物」が象徴性を持つという考えはない。繰り返しになるが、女性の被り物は、単に性的な部位を覆えという規範のための布にすぎない。イスラームが生まれたときから、預言者ムハンマド自身の伝承のなかにも、頭髪、うなじ、喉元などを、そういう部位と認識したことが記されている以上、後の時代にこの規範を変えることはできないのである。


 ムスリムの側にとっては、「そういうことに決まっているのだから、どうしようもない」話ではあるわけです。
 しかし、ヨーロッパの側からすれば「女性の自由や権利を侵害している」「顔が見えないと気味が悪い」とみなされてしまう。
 これはもう、どちらかが悪い、というわけではなくて、長年信じてきた宗教や文化、規範の違いでしかありません。
 だからといって、斬首や石打ちによる処刑をヨーロッパは認められないし、ムハンマドのあまりにも不躾な風刺画をイスラムは見過ごせない。
 
 この本のなかでは、トルコという国がヨーロッパとイスラムの間で板挟みとなり、長年EUに加盟しようとしてきて、EUによる難民対策にも協力してきたにもかかわらず、結果的にはEUへの加盟からどんどん遠ざかっていることも書かれています。
 もともと、中東が政治的に不安定になった大きな理由は西欧諸国による植民地化やイスラエルの建国にあったわけで、イスラム側からすれば、「どこまで妥協しても『平等』にならないし、搾取されるばかり」という絶望感もあるのかもしれません。

 著者は「伝統的にリベラルな国」であるオランダでの排外主義の伸張に対して、こう述べています。

 オランダのリベラルは価値の押しつけを嫌う。イデオロギーにせよ、宗教にせよ、押しつけがましいものを排除しようとする。そういうものを排除できる個人こそ、社会の基盤であり、オランダという国家の構成員なのである。したがって、キリスト教イスラームも押しつけがましい規範性をもつ宗教だから、自分の身の回りから排除することは権利であり、それがリベラルのリベラルたる所以だということになる。このリベラルの感覚は、なにもオランダ独自のものではなく、権力による束縛からの自由という古典的なリベラリズムに源流をもつ。
 逆にジェンダーについては平等を主張するし、LGBTについては何の差別意識ももたない。マリファナに対しても規制は緩いし、他の麻薬に対しても自己責任で使用させることさえある。安楽死についても容認の方向を示してきた国である。こういうことがヨーロッパ社会における「リベラル」の下地なのである。日本やアメリカでの「リベラル」とは意味が異なっていることに気づかないと、人権の先進地域であったはずのヨーロッパで、なぜ極端な排外主義が表出しているのかを理解できない。


 僕の感覚としては、「なんで、『リベラル』なのに、イスラム教に対しては、こんなに不寛容なんだ?」とは思うのです。
 自分の都合の良いところ、理解できる範囲にだけ寛容なのは、本当に「リベラル」だと言えるのか?
 現実的には、いくら「リベラル」とはいえ、「なんでもあり」にしてしまっては、単なる無政府状態になってしまうのでしょうけど。

 話を複雑にしてしまうようだが、ここに挙げたイスラーム的な規範が、現実にヨーロッパ社会で通用しないことも、多くのムスリム移民は承知している。人民が主権をもつことも、議会が立法権をもつことも、憲法最高法規であることも知っているし、女性の権利がイスラームとは異なる文脈で保障されることもよく知っている。
 実際のところ、ムスリム移民の日常生活で、ヨーロッパの規範と衝突するのは、女性の被り物、学校での男女共修の水泳や校外学習ぐらいである。ムスリムは豚を食べないが、だからといって豚を食べるヨーロッパ人を敵視したり、襲撃したりすることはない。ムスリムにとって豚は食べ物に見えていないだけのことである。酒を飲むヨーロッパの人びとを冷ややかにみることはあっても、バーやビヤホールを閉鎖しろと主張するムスリムもいない。彼らの母国でも飲酒を厳格に禁止しているのは一部の国だけだし、そういう国の人もヨーロッパに移住すると酒を飲むようになることもある。
 移民として最初のうちは、ムスリム自身も、自分たちの信仰の基盤をなしている法の体系が近代以降のヨーロッパ社会の法体系と、どう違っているのかを知らなかったし、意識してもいなかった。先に書いたように、1980年代あたりから、急速に両者の相違というものが自覚されるようになった。それは、この本でいうムスリムとしての再覚醒だったのである。


 これだけ背景が違うと、お互いに仲良く協力して、なんていうのは、宇宙人でも攻めてこないかぎり難しいのではないか、という気がします。
 ムスリム側からすれば、「こっちはここまで妥協しているのに、譲っているところは認められず、あれはダメ、これもダメ、ばっかり……」という感じなのではないだろうか。


イスラームから見た「世界史」

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イスラム教の論理(新潮新書)

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