琥珀色の戯言

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【読書感想】「ドイツ帝国」が世界を破滅させる ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
冷戦終結と欧州統合が生み出した「ドイツ帝国」。EUとユーロは欧州諸国民を閉じ込め、ドイツが一人勝ちするシステムと化している。ウクライナ問題で戦争を仕掛けているのもロシアではなくドイツだ。かつての悪夢が再び甦るのか?


 フランスの歴史人口学者・家族人類学者、エマニュエル・トッドさんが、現在のヨーロッパ、とくにドイツを中心とするEUの問題について語ったインタビュー集です。
 僕自身、こういう海外情勢に関する話って、「日本人が外国を語ったもの」か、「外国人が日本について述べたもの」のいずれかを読むことがほとんどなので、フランス人であるトッドさんが、ドイツやEUについて語るという「外国人が他の外国について考察したもの」というのは、こんな感じなのだな、と興味深く読みました。
 トッドさんは「国・地域ごとの家族システムの違いや人口動態に着目する方法論」で、ソ連の崩壊やアメリカの金融危機を「予言」した人なのだそうです。
 ここに掲載されているインタビューを読んだかぎりでは、自分の国であるフランスについては、かなり悲観的で、ドイツについてはちょっと「陰謀論的」なのではないか、という気がしたのですが、ヨーロッパの中では、ドイツ脅威論、というのはけっこう強いのかもしれませんね。
 ギリシャ問題でも、「ドイツのユーロ圏での『一人勝ち』っぷり」が、採りあげられることが多いですし。
 まあでも、このタイトルは、ちょっと「釣り」っぽいとは思います。


 この本を読んでいて面白かったのは「歴史人口学」という観点でした。

――あなたは人口学的指標を通じて、さまざまな人間社会とその未来を理解しようとする学者ですね。ロシアは40年前から、あなたが好んで扱うフィールドの一つです。奇しくも今日、ロシアがふたたびヨーロッパを震撼させています。この現状をどう捉えているか、教えてください。


 1976年に、私はソ連で乳児死亡率が再上昇しつつあることを発見しました。
 その減少はソ連の当局者たちを相当面食らわせたらしく、当時彼らは最新の統計を発表するのをやめました。というのも、乳児死亡率(1歳未満での死亡率)の再上昇は社会システムの一般的劣化の証拠なのです。私はそこから、ソビエト体制の崩壊が間近だという結論を引き出したのです(『最後の転落』)。
 

 ところが今日、数か月前から私が観察し、注目しているのは、プーチン支配下のロシアでかつてとは逆に、乳児死亡率が目覚ましく低下しつつあるという現象なのです。並行して、それ以外の人口学的指標も有意の事態改善を示しています。男性の平均余命、自殺と殺人の発生率、また何よりも重要な出生率などの指標です。
 2009年以来、ロシアの人口は増加に転じて、すべてのコメンテーターや専門家を驚かせています。
 これは、ロシア社会が、ソビエトシステム崩壊による激しい動揺と、1990年代のエリツィン統治を経て、今、再生の真っ最中だということを示しています。
 ロシアのこの状況は、数多くの点で、中央ヨーロッパの国々や、底知れない実存的危機に沈んだウクライナに比べればいうまでもないですが、西欧の多くの国々と比べても、より良好な状況だといえます。


 トッドさんによると、「人口学的なデータはきわめて捏造しにくいので、最高度の信頼がある」のだそうです。
 そうか、乳児死亡率とか出生率で、ある国の「情勢」みたいなものがわかるんですね。
 それだけでわかるのか?とちょっと思ったのだけれど、乳児死亡率は公衆衛生や医療のレベルを反映しているし、結局最後には「人口」がモノをいう、という面はあるわけで。


 トッドさんは、いまのドイツの隆盛の理由を、このように説明しています。

 最近のドイツのパワーは、かつて共産主義だった国々の住民を資本主義の中の労働力とすることによって形成された。これはおそらくドイツ人自身も十分に自覚していないことで、その点に、もしかすると彼らの真の脆さがあるのかもしれない。
 つまり、ドイツ経済のダイナミズムは単にドイツのものではないということだ。ライン川の向こうの我らが隣人たちの成功は、部分的に、かつての共産圏諸国がたいへん教育熱心だったという事実に由来している。共産圏諸国が崩壊後に残したのは、時代遅れになった産業システムだけではなく、教育レベルの高い住民たちでもあったのだ。

 ドイツはグローバリゼーションに対して特殊なやり方で適応しました。部品製造を部分的にユーロ圏の外の東ヨーロッパへ移転して、非常に安い労働力を利用したのです。


 ベルリンの壁が崩壊し、ドイツは東西が統合されたのですが、当初は、旧東ドイツの経済的な遅れが、統合ドイツにとっての大きな負担になっていました。
 しかしながら、ドイツは、結果的に「旧共産圏の安くてそれなりに教育を受けている良質の労働者」を使ってつくった商品を、ユーロ圏の国々に売ることによって、経済的に潤っていったのです。
 中国製の安い商品が、日本の国内産業に大きなダメージを与えていったように、ドイツで安い労働力を使ってつくられた製品は、ユーロ圏の各国の製品との競争に勝っていきました。
 ドイツは、EUという共同体と、その外側にある旧共産圏の「均一性と格差」を利用して、いいとこ取りをし、「うまくやってきた国」なのです。
 この本を読んでいると、ギリシャ問題などで、EU各国がドイツに「なんとかしろ」と丸投げしようとするのも、わかるような気がするんですよね。
 結局、ドイツが「ひとり勝ち」の状況なのだから(実質国内総生産GDP)でも、ドイツがヨーロッパ諸国のなかでも抜きん出ています)。


 まあしかし、トッドさんはフランス人だからなのか、とにかくドイツに対しては危機感を煽っているようにもみえます。
 その一方で、母国フランスの指導者たちには、呆れ返っているのです。


 この本のなかで、トッドさんは、こう言っています。

 最後に、人類学者からの助言を一つ付け加えます。自分たちの道徳観を地球全体に押し付けようとするアグレッシブな西洋人は、自分たちのほうがどうしようもなく少数派であり、量的に見れば父系制文化のほうが支配的だということを知ったほうがよろしい。
 私は個人的には、われわれの生活様式が気に入っているし、フランスで同性婚が認められたことをとても喜ばしいと思っています。しかしそうしたことを文明と外交の領域で主要なリファレンスにするのは、千年戦争をおっぱじめることであり、その戦争はわれわれにとって勝ち目のない戦争なのです。


 日本に住んでいても、つい、アメリカやヨーロッパが、「世界基準」なのだと思いこんでしまいがちなのだけれど、少なくともその文化に属する人の数でいえば、「父系制文化のほうが支配的」なのです。
 今後、人口や経済の面で、西欧以外の、アジアや南アメリカなどの力が増していくと、彼らがいまの西欧の道徳観に近づいていくのか、それとも、伝統的な父系制文化が復権していることになるのか。


 いまのヨーロッパの状況というのは、ドイツが覇権主義に陥っているというよりは、ドイツは自分の役を鬱陶しそうにこなしているだけ、のようにも見えるのですが、今後、どうなっていくのやら。


 ヨーロッパの情勢についてはもちろんなのですが、「歴史人口学」というモノの見方には、興味深いものがありました。