琥珀色の戯言

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【読書感想】ヒトラー対スターリン 悪の最終決戦 ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)史上最悪の独裁者たるヒトラースターリンは、国内政局を人望と政策論ではなく、権謀術数と容赦なき粛清で闘い抜き、独裁体制を確立した。だが、その手法は国際政治でも通用するのか?二人の悪魔が手を結んだ独ソ不可侵条約からわずか二年後の一九四一年六月二十二日、ドイツ軍はソ連を奇襲し、首都モスクワに迫る!ヒトラーの裏切りに、スターリンはどう報復するのか?冷酷さと残忍さにかけて他の追随を許さない二人の独裁者の心理を分析しながら、両国合わせて兵士だけで一六〇〇万人、民間人を含めると最大で四〇〇〇万人が犠牲となった、悪の最終決戦ともいうべき史上最大の戦争―独ソ戦―を描く、歴史読み物。


 著者は、この新書を、幻冬舎新書の『悪の出世学 ヒトラースターリン毛沢東』の続編として書いたそうです。
 ドイツとソ連で権謀術数のかぎりをつくし、権力を握った、ヒトラースターリン
 ヒトラーの野心は、ドイツ国内にとどまらず、「世界」への侵略を開始していきます。
 そんなヒトラーに対して、世界はどう立ち向かっていったのか。
 そのなかで、スターリンが果たした役割は?


 この新書、シンプルに言うと、「第二次世界大戦のヨーロッパ戦線を、ヒトラースターリンの動向を中心として、新書一冊にまとめたもの」です。
 『悪の出世学』のような「ビジネス書的な切り口(まあ、ヒトラースターリンの手法を、そうそう現代の日本で活かされても困るといえば困るんだけど)」は少なめの「歴史を追った読み物」になっています。
 日本では、第二次世界大戦のなかの「太平洋方面」のことが話題の中心になりがちで、それは「当事国」なのですから当然ではあるのですが、ヨーロッパ戦線についての簡潔な「読み物」って、案外少ないんですよね。
 ナチスホロコーストなどの残虐行為について言及されることは多いのだけれども。


 専門書、あるいは専門的な内容のものは、少なからずあるし、大型書店に行けば購入することはできるのですが、概略がわかれば良い、という人にとっては、かなり敷居が高い。
「ヨーロッパで行われた戦い」のことも、知っておいて良いのではないかと。

 ヒトラーはなぜ二正面作戦を避けなければならないと認識していながら、それに突入したのか、これが独ソ戦での最大の謎で、簡単には解けないミステリーだ。ヒトラーの人間としての気質、性格の解釈によって諸説がある。
 スターリンも、二正面作戦を避けようとした。ドイツとの闘いが避けられないとみて、背後となる日本との間に不可侵条約を結んだのは、そのためである。そしてドイツが負けた後に、日本との戦争に踏み切り、北方領土を手に入れた。さらに中国や北朝鮮への影響力も持った。この点ではスターリンは賢いのだが、ドイツとの戦闘においてはソヴィエト赤軍の闘いも褒められたものではなかった。ヒトラーが攻めてこないとの油断が最大の失敗だ。
 結果として、ヒトラーが始めた戦争によって最も得をしたのはスターリンだった。ヒトラーがいったんは手に入れたものの多くは、戦後、スターリンのものになった。米英は、領土的にはほとんど得たものはないに等しい。
 米英は「自由と民主主義の敵であるドイツ」と闘うために、ドイツと同じように一党独裁国家であるソ連と共闘した。敵の敵は味方――このあまりにも単純な図式がここにはある。


 この新書を読んでいると、第二次世界大戦というのは、「ヒトラースターリンの戦い」だったのではないか、と思えてきます。
 そして、ヒトラースターリンは、両者とも、もともと軍事の専門家ではないので、実戦に関しては思い込みや間違った指示が多く、第二次世界大戦の前半は、野球の試合でいえば、「緊張感あふれる投手戦」ではなく、「お互いにエラーや走塁ミスを多発しながらの点の取り合い」みたいな感じになってしまっているのです。
 それで命を落とした兵士たちは、たまらないだろうな、とは思うのですが。


 それにしても、スターリンの「粛清」はすさまじい。

 ヒトラーの「長いナイフの夜」での粛清もすさまじいが、スターリンの大テロルは桁が違う。党幹部の多くが失脚し、外国のスパイだとか国家転覆を企んだとかいう罪がでっちあげられ、裁判で死刑判決が下ると、すぐに執行された。
 スターリンの死後、明らかにされた数字では、1934年の共産党の党大会に出席した1966名の代議員のうち、実に1108名が1938年までに処刑された。つまり、半分以上の代議員が外国のスパイだったり、反党・反国家的陰謀に加わっていたことになるが、もし本当にそうだとしたら、組織としてあまりにもお粗末である。ようするに、ほとんどがでっちあげの無実の罪で殺された。
 幹部党員だけではない。一般の党員も、そして共産党員ですらない国民もまた、外国のスパイだとか国家転覆の陰謀に加担したとして逮捕され、収容所送りとなったのは運がいいほうで、多くが死刑になった。殺された数だけでも数十万から700万人まで諸説あり、鑑定は困難だ。1000万を越えているとの説もある。


 ちなみに、ナチスホロコーストによるユダヤ人犠牲者の数は、500~600万人とされています(諸説あり)。
 スターリンは、明らかに反逆を企てたというより、「ちょっとでも疑わしいものは、みんな死刑か流刑」というスタンスで、これだけの犠牲者を出していたのです。
 そのため、熟練の軍人が枯渇してしまい、第二次世界大戦でも前半は苦戦を強いられます。
 しかし、ここまでやったおかげなのか、スターリンは自らの死まで権力を握り続けていたのです。
 やるからには徹底的に、ということなのだろうか……


 独ソ戦の前半は、ドイツが攻勢をかけ、モスクワまであと一歩のところまで迫るのですが、ヒトラーの謎の転戦命令などもあり、戦線は膠着したまま、ロシアの冬がやってきます。
 スターリン独裁のもと、戦争に勝つために力を尽くしたソ連は、広大な領土をうまく利用したこともあり、ヒトラーを退けました。
 多くの犠牲を払って。
 まあでも、スターリンの「粛清」だけでも、この犠牲者数ですからね……


 「安全保障」というのは難しいものだな、と、「第二次世界大戦前夜」の記述を読むと、考え込まずにはいられません。
 ヒトラーオーストリアを併合し、チェコスロバキアのズデーデン地方を獲得した時点では、イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国は「なるべく戦争は避けたい」という空気で、ヒトラーに対しても「ここまでは認めてやるから、もうそれで満足してくれよ」という「宥和政策」をとっていたのです。
 ところが、そうやって譲歩していくうちに、ヒトラーの要求はさらにエスカレートし、ポーランド侵攻から、第二次世界大戦がはじまった。

 ヒトラーポーランドを侵攻した時は、誰も世界大戦になるなど予想していなかった。しかし日本のアメリカへの宣戦布告と、それに連動してのドイツの宣戦布告にアメリカが応じたことで、誰も望んでいなかった世界大戦になってしまった。
 戦争を防ぐはずの「集団安全保障」という考えが、一国による一国に対する武力行使(ドイツのポーランド侵攻)を、世界大戦にまで発展させてしまったのだ。


 「集団安全保障」は、戦争を始めないための「抑止力」としては有効なのかもしれません。
 ですが、一度戦争がはじまってしまうと、歯止めがきかなくなってしまう可能性が高いのです。
 歴史を振り返ってみると、ドイツに対して、もっと早い時期に「宥和政策」を捨てて、諸国が厳しく拡大政策に立ち向かっていれば良かったのではないか、とも思う。
 「戦争をしたくない」と避け続けることが、かえって、抜き差しならない状況を生み、大きな戦争を生んでしまうこともありうる。
 でも、それって「結果論」ではありますよね……


 第二次世界大戦のヨーロッパ戦線について、ほとんど知識がない、という人への入門編としては、読みやすい好著だと思います。
 戦争に関しては、「歴史は繰り返す」というのがあてはまらないでほしい、と願ってやみません。

 
fujipon.hatenadiary.com

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