琥珀色の戯言

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【読書感想】少子化する世界 ☆☆☆

少子化する世界 (日経プレミアシリーズ)

少子化する世界 (日経プレミアシリーズ)


Kindle版もあります。

少子化する世界

少子化する世界

内容(「BOOK」データベースより)
2100年までの世界の人口の推計データを眺めると、少子化は一部の国で急速に進み、平均寿命の伸びとともに世界に広がっていく。移民で出生率が上がったドイツ、「親になれない」フランスの若者、数よりも子育ての「質」が議論されるイギリス…。新たな課題に直面する欧州各国の動きを学び、日本が進む道を探る。


 日本では、「少子高齢化」と「人口減」が近い将来の国の問題として語られることが多いのです。
 しかしながら、これらの問題に関しては、日本が世界に先んじて直面しているだけで、世界の経済格差が小さくなり、平均寿命が延びてきて、教育に手間とお金がかかるようになった社会の宿命ともいえるのです。
 令和になって生まれた人たちにとっては、「どんどん人口が減っていく世界」が当たり前になっていく可能性が高そうです。
 全世界の合計特殊出生率(人口統計上の指標で、一人の女性が出産可能とされる15歳から49歳までに産む子供の数の平均を示す)は、1960年から2016年までの56年間で、半分の2.4まで下がっています。
 現在の日本は、合計特殊出生率が1.5未満の「超低出生率」の状態なのですが、この本では、ヨーロッパのドイツ、フランス、イギリス、スウェーデンデンマークなどの国々の「少子化対策」にスポットをあてています。
 これらの国々でも、人々の考え方は、けっして一枚岩ではありませんし、多数の移民の出産による出生率の底上げなど、現在の日本では、すぐには取り入れ難い方策もあるのですが、とにかく、世界中で、さまざまな試行錯誤が行われてることがわかるのです。

 「少子化」というのは、いわゆる「先進国」においては、避けては通れない共通の課題なんですね。
 ただ、読んでいて考え込んでしまうのは、「産まなくてもいい社会」というのは、国にとっては「人口が減って不安」なのかもしれないけれど、個人個人、あるいは、個々のカップルに関しては、「悪いことではない」と感じるからなのです。
 

 超長期の推計を欧州と比較してみよう。欧州の人口は2017年の7.4億人(対世界シェア9.8%)から2100年には6.5億人(同5.8%)と、1億人近く減る。割合にすると12%の減少となる。
 同じ推計で、日本の人口は2017年の1.26億人から、2100年には8450万人に減少する。つまり、33%も減少して約3分の2になってしまう。欧州の総人口が12%の減少にとどまるのに比べ、33%も減少するという減少幅は大きい。33%とは、現在の関東地方(一都六県)の人口がまるごと、なくなってしまうぐらいである。
 このような世界と、今後、どのように生きていくのか。人口が減少することは、単に悪いわけではない。なぜなら、国力が人の数に比例するような世界はすでになく、むしろ、人口が減れば環境負荷が減らせるという側面もある。幸福度のほか、1人当たりの豊かさを示す様々な指標で、人口では少ない北欧の国々が上位に並ぶことは見慣れた光景でもある。
 しかし、人間はまだ、「人口が減っているのに豊かさをキープできている」という状態をほぼ知らない。未経験のことは誰でも怖い。また、あまりにも人口減少の進むスピードが速すぎると、国としての体制(中央と地方の関係、地方自治社会保障、インフラ整備、福祉や教育など)がそれに追いつかなくなる可能性が高まる。若い人がすでにほとんどいないような地方にとって、人口減少によるコミュニティの消滅は現実味のある危機であり、故郷が消えてしまうことに対する喪失感を感じる人が増えるかもしれない。
 そうしたことから、「人口が減っていくのはもはや避けられないとしても、そのスピードはなるべくゆっくりにし、対策を取って仕組みを変えられる時間を稼いだ方がよい」と考えられよう。日本は、移民を大量に受け入れることを選択肢としないならば、出生率を少しでも上げることが、減少スピードを遅らせる方策として必要になってくる。そして、少ないなりに一人ひとりが力を発揮できる社会になればよいのだ。


 とはいえ、現在、2019年の段階でも、労働に適した若者を多く抱える国のほうが、経済発展にとっては有利だと考えられているのです。
 「産めよ増やせよ」の時代ではないけれど、「人口が減っても個々の頑張りでカバー」なんていうのが現実的とは思えない。
 国の将来を考えると、年金や社会保障の安定のためには、急激に人口が減ると困る。でも、「自分が子どもを産む、育てる」となると、二の足を踏んでしまう。
 それにしても、人口が3分の2になった日本というのは、良くも悪くも、今よりだいぶ、スッキリしているだろうな、と想像してしまいます。見られるものなら、そんな日本を一度見てみたいものです(余命的に無理ですが)。


 現在、少子化対策の先進国とされているフランスについて。

 先に述べたように、フランスでは19世紀から「少子化を個人レベルで選択」していったが、それは「少子化を家族として選択」、さらに言い換えれば「少子化を男性が選択」していったところに、戦争が国の行く末を大きく左右した。そのなかで、家族の長である男性の意思決定により、出産奨励主義を選び、家族手当が創設され、それが「家族政策」という方針のもとで脈々と守られてきたのが、まず1950年代までである。そこに、1960年代から70年代を通じて、「女性の選択」が加わり、少子化がぐっと加速したと理解することができよう。
 しかしフランスのリーダーたちは、この新たな流れに対して対策を講じるのも早かった。というよりもむしろ、一連の「女性解放」の動きとともに、「専業主婦の減少、共働きの増加」と出生率の下落を予想し、準備も進んでいたのではないかと思われる。出生率が下がったと同時の1970年代後半から、フランスでは次々と「仕事と育児の両立」を支援する制度ができてくるからである。


 フランスも、昔から「女性の自立」を奨励していたわけではないのです。婚外子の多さについても、家族関係の試行錯誤の結果、多様性を重視するようになってきた、ということなんですね。
 
 著者は、日本とフランスの子どもに対するサポートの違いのひとつとして、「家族手当」と「児童手当」を挙げています。

 (フランスの)家族手当は、子ども(20歳まで)が2人以上の場合、家族に支給される。家族手当は長い間、所得の多寡にかかわらず同額で支給されていたが、オランド政権のもと、2015年7月に所得制限が設けられた。このことが出生率の低下につながったとする見方もあれば、所得制限の影響を受けたのは20%の富裕層のみで理由とはいえないとする見方もある。
 日本の児童手当と比較して注目すべき差は、「14歳以上に加算する」フランスの家族手当か、「3歳未満に厚く」する日本の児童手当かという点である。日本では保育所の保育料こそ3歳児から下がるが、子どもの成長を具体的に考えてみただけでも、食費、被服費、教育費、住居費、いずれも年齢が上がるにしたがってお金がかかるのが普通である。
 一昔前の日本なら、30~40代といえば所得水準もぐっと上がって家計自体が成長するから、これでもよかったのかもしれない。しかし、日本の子育て世代の所得水準は上がるどころか前の世代に比べて大きく減っているところからして、子どもが大きくなるにつれて減額される手当は、子育て世代の実情に沿っているとは言い難い。フランスの家族手当の方が子育て費用のかかり方に対応できているといえる。


 最初に読んだときには、「とりあえず子どもを産んでくれれば、小さいときはサポートするけど、あとは自己責任で」っていうのが日本のスタンスなのか、ひどいな……と思ったのですが、読み返してみると、おそらく、高度成長期の日本なら、親の収入も上がっていくので、子どもの成長とともにお金がかかるようになっても、やっていけたんですよね。 
 そういう意味では、悪意があるのではなく、「時代に合わなくなっているものが、そのまま使い続けられている」だけなのでしょう。
 

 ドイツでは、2016年に生まれた新生児のうち18万4660人、全体の23%の母親が外国人だったそうです。
 この割合の大きさへの驚きに隠れてしまいがちなのですが、ドイツでは、母親がドイツ人という子も増えてきており、少子化対策の効果がみられています。

 保育所に関するドイツの特徴は、2013年8月から、1歳以上のすべての子の「保育を受ける権利」が保障されるようになったことである。これを、「保育施設入所請求権」という。言い換えれば、1歳になれば誰でも保育所に通えるようになった。
 2014年にドイツの保育所を視察した時点では、「ひとまず、どこか1つには入れるように枠は確保できるが、自宅と職場との利便性確保などの観点から、選べるほどではない」という評判を耳にしたが、それでも「子の権利」として認めてしまうところが徹底している。
 ドイツにはかつて、「3歳までは親が育てる」という社会通念が日本と同様にあり、それ以前に子どもを預けて仕事をする母親を「冷たい」とする風向きが強かったが、これはそうした考えをひっくり返すことになった。なお、保育所の数を増やすことについては2005年に保育所設置促進法ができており、政府から自治体への補助効果などが進んだうえでの「権利化」である。
 ドイツの子育て支援は資金面でも充実している。ドイツには「児童手当」「児童控除」「児童加算」などの現金給付策があり、児童手当は、原則として所得の多寡にかかわらず18歳未満のすべての子どもを対象としている。
 児童控除は、子ども1人当たりの年間の控除額のほか、養育にかかった費用の課税対象からの除外も認められている(2012年以降は、親子の境遇にかかわらず、とされている)。


 「3歳までは親が育てる」「子どもを預けて仕事をする母親は『冷たい』」と、これまでの日本と比較的近い価値観を持っていたドイツでも、親へのサポートを改善することによって、それなりの効果は出ているのです。
 
 「子どもを持つことが幸せな人ばかりではないし、個人の自由が認められる社会になればなるほど、子どもが減るのは必然」だと僕自身は考えていました。
 もしかしたら、人類は、自らの「産まない」選択によって滅ぶ、最初の生物になるのではないか、とも。
 しかしながら、こうして選択肢が広がってきた社会をみてみると、「それでも産みたい、育てたい」という人はたくさんいて、うまくサポートしていけば、国も個人も許容できる範囲で安定するのではないか、という気がしてきたのです。
 日本も、これまでのやり方に固執するのではなく、もっといろんなことを試してみても、良いのではなかろうか。


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