琥珀色の戯言

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【読書感想】民主主義ってなんだ? ☆☆☆☆


民主主義ってなんだ?

民主主義ってなんだ?


Kindle版もあります。

民主主義ってなんだ?

民主主義ってなんだ?

内容紹介
国会前デモで話題の学生団体SEALDsが、
単行本、初登場。


特定秘密保護法の施行、
集団的自衛権の行使容認、
そして安全保障関連法案の強行採決……
安倍政権の暴走に対して若者が立ち上がった。
この国の未来をあきらめないために。


『ぼくらの民主主義なんだぜ』がベストセラーとなっている作家・高橋源一郎と、
安保関連法案に反対する国会前抗議を毎週金曜日に主催し、
テレビ、新聞、雑誌他あらゆるメディアで大注目を集める
学生団体SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)が、
2日間・計8時間に渡って、「自由」と「民主主義」を考えた対談、緊急出版!


 この本には、新書『ぼくらの民主主義なんだぜ』でもある作家・高橋源一郎さんと、学生団体SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)の主要メンバー3人(奥田愛基(おくだ・あき)、牛田悦正(うしだ・よしまさ)、芝田万奈(しばた・まな))の対談が収録されています。
 後半には、他のメンバーも少しだけ顔を出してはいるのですけど。


 僕はSEALDsについて、よく知らなくて、この本を読むまでは、「左派の大人にオルグされた、昔の学生運動の闘士の魔界転生みたいな人たちなのかな」と思っていました。
 ネットでも、SEALDsの「未熟さ」や「特定の政治勢力との繋がり」が指摘されているのをたくさん見ましたし。


 でも、この本を読んで、彼らのナマの言葉を聞いてみて、僕は彼らを応援したくなったのです。
 なんだ、普通の若者じゃないか。
 いまの世の中の同調圧力に盲従できない若者たちが、こうして、彼らなりのやり方で声をあげていることに対して、粗捜しばっかりしている大人たちって、あまりにも狭量だと思うのです。
 若いころさんざん抵抗してきた「イヤな大人」に自分がなってしまっているということに、気づかないのだろうか?
 いやまあ、僕も正直、彼らの話を読んでいて、思想家の名前とかがたくさん出てくると、「頭でっかち」な印象も受けたんですけどね。
 ただ、僕も若いころは、こんな感じだった。
 そして、僕は若いころ、口ばっかりで行動できなかったけれど、彼らは自分たちの意志で、「若者たちの声を『未熟だ』のひと言で抹殺しようとしている大人たち」と対峙している。


 この本のなかで、いちばん面白かったのは、SEALDsの3人が、それぞれのこれまでの半生について語るところでした。
 牛田さんは、お父さんについて、こんな話をしています。

牛田:父は25歳のときに都内に美容院をつくって、それを経営してたんですけど、パチンコにはまってしまってから店に行かなくなって、それで、3000万借金をつくったんです。だから僕は生まれたときから家に借金があるみたいな生活で(笑)。それでしばらくお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家に預けられていたこともあるんですけど、ずっと親父と母親の悪口を言われるんですよね。「お前の親はダメだ」って。それがなかなかつらいんですよね。けっこう粛々と言われ続けるんで。そして僕が中学を卒業するときくらいに、母親が「もう嫌だ!」ってなって離婚したんですよ。そこから高校の間は親父と住んでました。


 高橋源一郎さんは「うちの父親もギャンブル好きで、まあひどかった」と、この話を受けておられますが、「いやいやいや、高橋さん自身もじゃないですか!」と、読みながら突っ込んでしまいました。
 この牛田さん、「デモの日も、バイトのシフトが入っていたので参加しなかった」ということをさらりと言っていて、こういうのが「今風」なのだよなあ、と、僕はけっこう頼もしく感じたのです。
 そんなにいいかげんでいいのか?って、最初はちょっと思ったのですが、日本の現代史のなかの「学生運動」というのを考えると、彼らはむしろ「真面目に」やろうとしすぎて、かえって閉塞感にとらわれてしまったような気がするのです。
 強固な「組織の掟」をつくったり、内部での粛清や過激な暴力行為が常態になったりして、どんどん「現実」とかけ離れていってしまった。
 そういう、「過去の失敗」を意識しているのかどうかはわからないけれど、SEALDsは「ゆるい」。
 LINEなどをつかって、集まれる人が集まり、自分がそこでできることをやっている。
 だからこそ、大勢の人が集まってくる。
 もちろん、そういうやりかたでは、「流行が終わると、一気に閑散としてしまう」可能性もあるわけです。
 それを恐れて、「組織化」すると、組織を維持するために、「反対するための反対」を続けざるをえなくなってしまう。
 その成れの果てが、いまの日本の「サヨク」。
 

 SEALDsは「反対すべきときに、本当に反対している人だけ」が参加できるシステムになっています。
 それは「組織としては脆い」のかもしれないけれど、ものすごく現代的で、合理的なんですよね。
「革命か、死か」みたいな選択をつきつけるようなやり方ではなく、「安全保障関連法案」に反対の人は、「そのためにだけ」集まればいい。


 明治大学で、高橋源一郎さんのゼミの聴講生だったという奥田さんも、お父さんの話をしています。
 お父さんは奥田知志というキリスト教の有名な牧師さんで、NHKの「プロフェッショナル」で特集されたこともあるのだとか。
 地域に根ざした「生活保護をもらえたら終わり、というのではない、『その後の暮らし』もフォローする貧困支援」を長年続けておられるそうです。

高橋:何人兄弟?


奥田:妹と弟がいます。


高橋:五人家族か。


奥田:でも五人家族って概念もけっこう曖昧で、朝起きたら知らない小汚いおじさんがいるんですよ。おじさんもいればおばさんもお兄さんもお姉さんもいるんですけど。で、「この人は新しい家族だから」って言われる(笑)。「いやいや、ちょっと待てよ」って思いながら、「パン、何枚食べますか? あ、二枚っすか」みたいな感じで(笑)。


高橋:すごい教育受けてるね(笑)。


奥田:小学校まではそれが普通だと思ってたんですよね。ぶっちゃけ今はおもしろおかしく話せるけど、小学校のときは他の家と違うことがよくわかっていなかった。最近よく思うのは、「いいお父さんだね」って言われるんですけど、よく想像してみてくださいよ。家にマザー・テレサがいたらウザくないですか?


一同:(笑)。


奥田:マザー・テレサなんて言ったら父親は「そんなんじゃない」って言うと思うけど(笑)。いちど酔っぱらった勢いで訊いたんですよ、「なんでそんなことやってんの?」って。そしたら親父が「僕な、人間が好きなんよな」って。「はあ!?」って思った。ざっくり「人間が好き」とか言ってる奴を初めて見た。こいつヤバいぞって(笑)。


 ああ、奥田さんって、普通の人じゃん!
 カリスマ性、みたいなのは父親譲りのところはあるのかもしれないけれど、この「家にマザー・テレサがいたらウザくないですか?」のくだりなど、読んでいて、噴き出してしまいました。
 そりゃ、「ウザい」よね、家族としては。
 いまとなっては格好の「ネタ」にしているみたですが、リアルタイムでは、すごい葛藤があったのではないかと思います。
 
 こういう、ちょっと不自然な家族関係をくぐり抜けた末に「戦争には行きたくない」と「当事者」として叫んでいる若者たちと、政治家一家の三代目で、自分自身が戦場に駆り出されることはない、国の偉い人。
 さて、どちらのほうが、自分に近いだろうか?

 僕たちは、本来「彼らに近い側」にいるはずなのに、なぜか、「戦争になったら、いちばんキツい思いをするであろう人々」の声を「未熟だ」と無視しようとしています。
 戦後70年ですから、いま、世の中を動かしている人間の大部分は、戦場に立ったことがないという点では「同じ」であるにもかかわらず。


 ネットなどでは、彼らと左派勢力の結びつきを危惧する声もあがっています。
 小林よしのりさんが『ゴーマニズム宣言』で、薬害エイズ問題を追及した際、多くの若者たちが賛同し、運動に参加しました。
 ところが、参加者のなかの一部の人々は、そうやって世の中を動かすことの快感に溺れてしまい、「プロ左翼の運動」に取り込まれてしまった。
 小林さんが、後に「日常に戻れ!」とアジテーションしていましたが、そのときにはもう手遅れで、一度その味を知ると、「普通の人として生きる」のが、難しくなってしまった人もいたのです。
 ちなみに、この対談のなかでも、小林よしのりさんの『戦争論』について、あるいは、奥田さんが小林さんと対談した話が出てきています。
 なんのかんの言っても、「小林よしのりの思想的影響」というのは、ものすごく大きかったのだな、とあらためて考えさせられます。


 いまの時点でのSEALDsは、「エネルギッシュな、新しい民主主義を日本にもたらしてくれる可能性をもった連中」だと僕は思っています。
 ただ、これから組織を大きくしていこう、社会への影響を強めていこう、ということになれば、過去の「政治的な組織」が辿ってきたのと同じ道を行き、同じようなものになっていくのではないか、とも危惧しています。
 彼ら自身のスタンスはともかく、すでに、彼らを利用しようという人々は、群がってきているのだから。
 皮肉な話ですが、SEALDsがSEALDsらしくあり続けるためには、「長続きしない」のが一番なのかもしれません。


 後半の、高橋さんによる民主主義の歴史に対する話にも、なかなか興味深いものがありました。

高橋:立憲主義って基本的には悲観主義だと思うんだよね。人間を信用していないから縛るしかないという考え方。それは権力者だけじゃなくて有権者も含めてなんだよね。「バーネット判決」って知ってる? 第二次世界大戦中の1943年にエホバの証人の子供たちが、アメリカ国旗に敬礼しなかった罪で学校から追放された。裁判所も追認したけれど、それを最高裁は否定して、戦争中でもアメリカ国旗に敬礼しなかったからといって、放校する権利はありませんという判決だった。僕はその判決文が好きで難解か読んだんだけど、いちばん重要なところは、憲法とは何かを最高裁長官が書いてる箇所なんだよね。これはすごいと思った。「憲法でもっとも重要な人権条項――権利の章典は、そのときどきの選挙の結果によって変えられるものではありません」って書いてある。どんな選挙結果になっても、変えないって。それは「人々は気まぐれで変わりやすいから信用しません」ってことなんだよ。憲法制定時が理性的だったといってるんじゃなくて、憲法という擬制がもっとも大切にしているのは、制定時の精神は、後の人々が――つまり有権者や国民が、ってことだけど――変えようとしても変えられないということなんだ。なぜかというと、憲法を制定するということは、革命なんだから。その後、人間というものは愚かしくて、ふらふら、考えを変えようとするけど、絶対変えることができないものがある。選挙の結果がどうなろうと、この人権条項だけは変えませんからねっていってる。
 立憲主義がもってる保守的本質がよく出てる。制度はいじれない。これを変えようと思うんだったら、選挙じゃなく革命を起こしなさい、そのときだけ変えられます、ということ。そういう意味でものすごく保守的だと思う。熟議しようが討議しようが変えられないものがある。それが立憲主義なんだ。そういう意味では、法律っていうのは頑固でさ、融通がきかない。なぜなら人間が愚かだと思ってるから。


 太平洋戦争での「敗戦」は、たしかに「革命」ではありました。
 だからこそ、憲法は、新しくなった。
 そう考えると、「改憲」なんてことは、そう簡単にできては困るのですよね。
 ただ、「違憲かもしれない自衛隊」は多くの人が受け入れているのに、「安全保障関連法案」の「違憲」は許容できないというのは、「憲法も解釈次第」だという一例ではあります。
 そういうのが、世間知であることは理解できるのだけれども。


 しかし、このアメリカの話と比べると、日本の司法というのは、本当に力が弱い。
 これでも、「三権分立」だと言えるのだろうか。


 SEALDsの「悪いところ」「未熟なところ」を探す前に、彼らのことを、もう少し知ってみるのも面白いですよ。
 彼らを「立派な大人」たちがバッシングしても、世の中が良くなるとは思えない。
 若者に希望がない国に、未来があるとも思えない。
 

 「この若造どもめが!」って、ちょっと妬ましくもあるんだけど、彼らは、昔の僕たちがやれなかったことを、いま、やろうとしているのかもしれません。