琥珀色の戯言

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【読書感想】丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ(2) ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ(2) (朝日新書)

丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ(2) (朝日新書)

内容紹介
人間はろくでもない。ここをきちんと認めているからこそ民主主義はすごいし、ぼくらに必要なんだ。ギリシャから現代まで試行錯誤してきた民主主義についての決定版。朝日新聞論壇時評、紀行文など危機の時代を見通すエッセイ20。10万部突破ベストセラーの続編!


 高橋源一郎さんの『ぼくらの民主主義なんだぜ』は、2011年からの「朝日新聞論壇時評」を4年分まとめたものでした。
 この『丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ(2)』は、その続編というか、その後の「論壇時評」12回分と高橋さんが同時期に書いた文章をまとめたものです。
 僕も前作には大変感銘を受けたというか、「民主主義」という「いま、あたりまえのようにここにあるもの」について、あらためて考えるきっかけになったんですよね。

 本書のタイトル「丘の上のバカ」について書いておきたい。
 このタイトルは、いうまでもなく、ビートルズの名曲に由来するが、その「丘の上のバカ」は、地動説の発見者、ガリレオ・ガリレイのことだとされている。
 世間の指弾を浴びながら、「バカ」と罵られながら、彼は、一つの真実にたどり着いた。そのエピソードを聞いたとき、わたしが思い浮かべたのは、異なった時代の、異なった「丘の上」にいた「バカ」ものたちのことだった。
 古代アテナイ、プニュクスの「丘の上」で、歴史上初めて、「民主主義」が生まれた。だが、現代とは異なり、「民主主義」は、生まれた直後から、愚かなものだ、との批判にさらされつづけてきた。
「民主主義」は、「丘の上のバカ」ものたちが創り出した。しかし、彼らは、ほんとうに愚かだったのだろうか。「民主主義」について考えるとき、わたしは、いつも、その淵源にいた「バカ」ものたちのことを考えるようになった。
 それから、また、別の「バカ」のことも思い浮かんだ。


 民主主義というのは、「衆愚政治」に陥りやすいものだ、というのを歴史が証明していますし、それに対して、「決められる専制的なリーダー」のほうが望ましいのではないか、と考える人たちもいるのです
 実際のところ、本当がどちらが正しいのかというのは、わかりません。
 今の時代の多くの国では、「民主主義が正しい、と多くの人が考えている」というだけのことで。
 先日行なわれた、アメリカ大統領選挙で、ドナルド・トランプさんの当選が決まって、「これは民主主義の死だ」と訴える人がたくさんいました。
 しかしながら、こういう選択がなされる可能性があるのが「民主主義」なんですよね。
 アメリカの半分の人たちは、「自分たちが正しいことを疑わないエリートたち」に対して、きわめて民主的な方法で、「つうこんのいちげき」を食らわせたのです。


 この新書に収録されている高橋源一郎さんの文章を読んでいると、高橋さん自身は「民主主義に心惹かれている」のだけれど、本当にそれが正しいのかどうか、つねに疑っているというか、信じきれていないように感じるのです。
 だからこそ、多くの人が「既成事実」としてスルーしてしまう「民主主義とは何なのか」という門の前で立ち止まって、いろんな角度から、その門を見上げ、考え込んでいる。

 わたしは、長い間、どんな選挙でも投票に行かなかった。
 なぜだったのだろう、そもそも政治家というものを信じていなかったのかもしれない。あるいは、政治にまつわる一切にうんざりしていたのかもしれない。しかし、当時のわたしに、その理由を訊ねても、はっきりとした答えは返ってこないように思う。
 20代前半、わたしは自動車工場で働いていた。そこには、いまの連合の、有力な労働組合があった。わたしは臨時工だったが、仲の良い同世代の正社員がいた。選挙が近づくと、組合員たちは、黙って選挙運動に従事した。彼はほとんど選挙に興味がなく、投票にも行かなかった。そして、彼は、よくこんなことをいっていた
「だれが当選しようと知ったことかい。おれ、35年ローンで家を買ったんだ。一生奴隷が確定したよ。あとは定年が来るのを待つだけさ」
 彼は、支援候補の「熱心な支持者」のはずだったが、心は遠く離れているように見えた。
 選挙になると、わたしは、いつも「棄権する人たち」のことを考える。彼らは、多くの場合、どの政党よりも多い、最大多数派だ。彼らにも、あの頃のわたしと同じように、はっきりとした、棄権の理由はないのかもしれない。いや、「熱心な支持者」に見えて実は無関心だった彼と、同じ気持ちを共有していたのかもしれない。
 いまや、すっかり「いい子」になったわたしは、必ず投票にいくし、その理由も説明できる。だが、行かなかった頃の自分の気持ちは忘れないようにしている。

 SMAPの「謝罪」会見を見て、どこか同じ境遇を感じた会社員は多かった。華やかな世界に生きる彼らも、実は「事務所」という「組織」が決めた暗黙のルールに従わざるをえない「組織の中の人」だったのだ。
 雑誌「SWITCH」で藤原新也が、現代の若者たちの写真を撮り、インタヴューをしている。見応えも、読み応えもある特集だったが、とりわけ、福田和香子のものに、わたしは魅かれた。
「周りの友達と上手く馴染むこともできないし、無理して合わせるのも変だよなと感じて」いた福田に、事件が起こる。「中学の家庭科の先生が『君が代』不起立をやって」左遷されたのである。その処分の後、校門の前に立ってひとりで抗議をしていた先生に「頑張ってね、応援してるよ」と声をかけられなかった福田は、その悔いを残したまま、やがて国会前のデモに行くようになる。けれども、そんな彼女の周囲にいた、以前からの友人たちは、離れていったのだ。
 それもまた、「謝罪」のために立ち尽くすアイドルグループのように、わたしたちにとって馴染み深い風景なのかもしれない。どちらも、この社会が隠し持っている暗黙のルールに違反したから起こったことなのだ。
 自分の「正義」に疑いを抱きながら、それでも、「危ういバランス感覚」で活動を続ける自分について、福田はこういっている、
「下手に正義を掲げて突っ走ってしまったら、すごく偏った人間になってしまうから。半分靴紐がほどけていて、全力では走れなくてダラダラ歩いているぐらいのほうがいいのかなとも思う」


 これを読みながら、僕は「自分と政治的活動との距離」や「そういう活動をしている人への自分の向き合い方」を考えていました。
 東日本大震災、そして原発事故のあと、各地で原発反対運動が繰り広げられていたのです。
 街中を太鼓を鳴らしながら、「げーんぱーつはーんたーい!」と練り歩く人たちを見かけると、僕も原発反対であるにもかかわらず、目を逸らし、見てはいけないののを見てしまったような気分になっていたんですよね。
 ヘイトスピーチをやっているような団体であれば、そういう反応もむべなるかな、と思うのだけれど、「僕もそう思う」にもかかわらず、「関わりたくない」と、感じていました。
 それは、いったいどうしてなのだろうか?
 選挙のたびに、Twitterで「選挙に行かないヤツは許さない」というドヤ顔のTweetが流れてきます。
 それが「正しい」ことはわかるし、僕だって投票には行きます。でも、「どうせ自分の票が結果を左右することはないだろうな」なんて、半ば諦めてもいる。
 地方の選挙の多くは、投票する前から結果がわかっていて、投票終了と同時に当確が出るようなものがほとんどですし。
「それでも、投票するのが『正しい』のだ」
「文句があるなら、お前が出馬しろよ!」
 それは、たしかに「そのとおり」なのだけれども。


 たぶん、多くの人の本心って、「選挙なんて無意味だし、自分の票なんて反映されない」という諦めと「選挙で自分の意思を表明するのは民主国家の国民の権利であり義務だ。投票しないヤツは人間のクズ」という建前のあいだの、ものすごく広いグレーゾーンにあるんですよね。
 高橋源一郎さんの言葉は、そういうグレーゾーンを丁寧に拾い集めている、そんな感じがするのです。
 だから、読んでもスッキリしないし、すぐに結論も出ない。
 けれども、僕はそういうスタンスが好きです。

 作家になって、しばらくして父が癌で亡くなった。父は放蕩と無能で家族を何度も路頭に迷わせた人だった。わたしはほとんど父を憎んでいたので、病院に着いて、ベッドで微かに瞼を開けて死んでいる父を見ても、なんの感慨も浮かんではこなかった。それから、ほどなく、父と別居していた母も亡くなった。そのときにもほとんど、わたしはなにも感じなかった。弟や妻は泣いていたが、わたしは、そんな彼らを不思議そうに眺めるだけだった。彼らは、わたしにとって生物学的な父や母にすぎず、そして、すべての人間がそうであるように、死んでいった。ただそれだけのことのようにわたしには思えた。もちろん、わたしも、そうやっていつか死んでゆくだけのことなのだ。
 わたしは作家を続け、その作品の中で、あるいは、エッセーの中で、「他人」の境遇や悲惨さに心を動かすことばを書きつけたこともあった。けれども、書きながら、「それはほんとうだろうか」と思った。わたしが、政治や社会について発言することを用心深く避けてきたのも、そんな、わたしの本心を気づかっれるのが恐ろしかったからなのかもしれない。
 ほんとうに、みんなは、世界の悲惨に憤ったり、この国が犯した恐ろしい罪を憎んでいるのだろうか。本心から、そんなことが思えるのだろうか。わたしには、疑わしいように思えた。というより、そんなことは、どうでもいいことのように思えた。
 そして、わたしは、いろんなことを忘れた。父も母も、あの女の子のことを思い出すこともなくなった。
 8年前のことだった。わたしはバスルームで、3歳の長男に歯を磨かせていた。
 そのときだった。わたしは異変が起こったことに気づいた。
 バスルームの鏡に父が映り、わたしを凝視していたのである。


 この体験から、高橋源一郎さんは、「けっして悪いことばかりではなかった父親との体験」を思い出し、「過去は現在とつながっている」と考えるようになったそうです。
 僕にも似たような体験があって、子どもとの関係のなかで、自分の親のことをいろいろ思い出してしまうんですよね。
 結局、人間というのは同じようなことを繰り返していて、子どものころ、嫌だった大人に、自分がなっていることを認めざるざるをえない。
 そして、そういう大人だった自分の親のことを、わかってあげられなかったな、と後悔してしまう。


 戦争をしていた時代の人も、たぶん、同じような人間だったんじゃないか、と思うんですよ。
 政治的な活動をしている人も、そんなことに興味を持たない人も。


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