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琥珀色の戯言

【読書感想】【映画感想】のブログです。2016年8月より、『はてなブログ』に移行しました。

【読書感想】異端の人間学 ☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
野蛮で残酷、時に繊細で芸術に過剰なまでの情熱を傾けるロシア人。日本と近く、欧米に憧れて近代化してきたという似通った過去も持つ。だが私達は、隣国の本性を知っていると言えるのか。欧米中心のヘゲモニーが崩れつつある今、世界はロシアが鍵の一つを再び握った。ロシアを知り理解し得なければ、今後日本は生き残れない。一九六〇年代からソ連・ロシアと深く関わってきた二人の作家が、文学、政治経済、宗教他あらゆる角度からロシアを分析。人間とは、国家とは、歴史とは、そして日本人とは何かを浮き彫りにしたスリリングな知の対論。


 外交官を長年やっていた佐藤優さんと、デビュー当時、冷戦下の「ソ連」を題材にした小説を発表していた五木寛之さん。
 この二人が、対談形式で「実際に接し、感じてきたロシア人」について語り合った新書です。
 五木寛之さんって、作家としてはさておき、こういう対談に出てこられる際には、けっこう思い込みと事実が入り混じった発言をされるイメージがあるので眉に唾をつけつつ読みました。


 佐藤優さんは、こう仰っています。

 ウクライナ危機やロシアとアメリカの関係悪化に象徴されるように、国際社会の中でのロシアの存在感はよくも悪くも高まる一方です。そういう時代に、ロシアという国やロシア人のものの考え方を知ることは、知識人にとって欠かせない教養のはずなのに、そこがすっぽりと抜け落ちてしまっています。
 ではいま、ロシア人の本質を誰が教えることができるのかといったら、五木さんだと思うんです。デビュー作の『さらばモスクワ愚連隊』(1966)をはじめ、『蒼ざめた馬を見よ』(1967)などを読むと、ロシア人の本質が見事に描かれています。『さらばモスクワ愚連隊』を書く前に、五木さんはソ連に旅行に行っているわけですが、その経験の中でいったいどうしたら、そういった洞察力を発揮できるのか。その知恵を後に続く世代に伝えていくことが、私の課題なんです。


 日本とロシアは、地理的にも近いし、良くも悪くも関係が深い国なのですが、にもかかわらず、多くの日本人にとってのロシアのイメージって、「ソ連」時代と北方領土問題、強面のプーチン大統領、大富豪の石油王アブラモビッチ、あとはサッカーの本田圭佑選手が、以前ロシアのチームに所属していたことがある、というくらいのところに留まっているのではないでしょうか。
 みんなウオッカをガンガン飲む、スパイだらけの国。
 現実には、そんなことないのだろうとは思うのだけれど、日本に入ってくるロシアの情報って、国の大きさのわりには少ないですよね。


 ロシアだけの話ではないのですが、佐藤優さんは、こんな興味深い話をされています。

佐藤優確かに現地を見ると、過剰な思い入れが解除されていきます。外交官でも、最初はその国への憧れと思い入れが強くて、イギリス大好き、ロシア大好きになるんです。それでしばらく経つと「なんて奴らだ」と、ネガティブな方に振れるんですね。でも、それがもう少し経つと、「まあ、いい奴もいれば悪い奴もいる」という感じになります。そのぐらいになると、だいたいその国の専門家になってきた証拠なんですね。
 これはドイツのロシア専門家に教えられたことですが、僕は地方都市に行ったら、必ずその都市のサーカスと動物園、あるいはバレエを見に行くようにしていたんです。国の基礎体力がなくなってくると、その辺がガタガタになって、動物園が臭くなったりします


五木寛之なるほど。


佐藤:日本にも同じことがいえて、上野動物園に行くと、日本の地方が相当大変だということがわかるわけです。どういうことかというと、上野動物園ではゴリラの数が増えているんです。


五木:それは、どうして?


佐藤:バブル期に、あっちこっちの動物園がゴリラを飼ったんだけど、飼いきれなくなったり、あるいは閉鎖したりして、そのゴリラが上野にやってくる。


五木:ゴリラのたらい回しか(笑)。


佐藤:だから一頭一頭のゴリラが何々動物園から来たという来歴が書いてあるんです。上野動物園がバブルのツケを払わされているんですね。


五木:モスクワの動物園には行かなかったなあ。


 なるほど、そういうところを見るのか!というのと、でもそれ、動物園じゃないとダメなんだろうか、というのと。
 単に、佐藤さんが動物園好きなだけなのかも……
 

 五木さんは、ドストエフスキートルストイに関するこんな話をしておられます。

五木:小説家の黄金時代というものは、19世紀のロシア文学で終わったんだと思います。
 いまでは想像しづらいですが、ドストエフスキーの葬儀には5万人の人が参加したといいます。トルストイ(1828~1910)がヤースナヤ・ポリャーナという村からモスクワに出てくるという話が伝わると、当日モスクワの駅頭に群衆が山のように集まる。そして、街路樹とか電柱にまで上って、みんなが一目トルストイの姿を見ようとしたという。AKB48どころの話じゃないんです。当時のロシア人が持っていた文学者に対する尊敬の念というのは、ちょっと信じがたいものがありますね。


 ホントかよ……という話ではあるのですが、いまの日本人にとっても、トルストイとかドストエフスキーは「ビッグネーム」ですからね……
 

 ロシア人の「国家観」「人間観」について、佐藤優さんがノーベル賞作家・ショーロホフ(1905~1984)の『人間の運命』という本を紹介されています。

佐藤:主人公のアンドレイは、第二次世界大戦に出征し、ドイツ軍の捕虜になってしまう。隙を見てナチス・ドイツの収容所から脱走し、帰還しますが、戻ってみると妻も子供もドイツ軍の爆撃によって死んでしまっている。赤軍の将校になった息子も最後は戦死して、結局、アンドレイ一人しか生き残らない。
 戦後、アンドレイはトラックの運転手をしながらすさんだ生活を送るんですけど、ある日、カフェ、日本語では喫茶店と訳されることが多いのですが、酒も出る軽食堂といった感じですが、その隅に座っている戦災孤児を見つけて、「俺は――お前の父さんだよ」とうそをついて保護するんです。
 このシーンを読むと、ソビエト愛国文学のような体裁をとりながらも、国家や政府に頼ることができず、信用できるのは具体的な人間だけだというロシア人の人生観が非常によくわかります。


 佐藤さんによると、この小説には「ドイツ軍の捕虜となった主人公は、例外なく強制収容所に送られた」という「書かれていない背景」があるそうです。
 スターリンが、捕虜になった将兵を裏切り者だと考えていたから。


 ロシア人は「国家に厳しく支配されている」ように見えるのですが、個々の国民は「国家」をアテにはしていないのです。日本のように「国は何もしてくれない」と憤るような人はほとんどいない。
 それは「何もしてくれない」のが当たり前だから。
 あるいは、「何もされない」のなら御の字、くらいの感覚なのかもしれません。
 捕虜を裏切り者と考える発想というのは、太平洋戦争の際の日本軍にもあったのですけど。
 

 正直、お二人の話って、どこまでが事実かはわからないのですが、なかなか面白い「ロシア人論」であることは確かだと思います。