琥珀色の戯言

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【読書感想】おとなの教養 私たちはどこから来て、どこへ行くのか? ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容紹介
現代の教養とは「自分を知ること」です。
あなたがいま、身につけるべき教養とは何か? 「宗教」「宇宙」「人類の旅路」「人間と病気」「経済学」「歴史」「日本と日本人」。この7科を貫くのは、「自分がどういう存在なのか」を考えようとする問題意識。7科目のエッセンスを講義形式で明快に説く。将来かならず生きてくる「教養の本質」が一気に身につく!


■目次
序 章 私たちはどこから来て、どこへ行くのか?――現代の教養七科目
第一章 宗教――唯一絶対の神はどこから生まれたのか?
第二章 宇宙――ヒッグス粒子が解き明かす私たちの起源
第三章 人類の旅路――私たちは突然変異から生まれた
第四章 人間と病気――世界を震撼させたウイルスの正体
第五章 経済学――歴史を変えた四つの理論とは?
第六章 歴史――過去はたえず書き換えられる
第七章 日本と日本人――いつ、どのようにして生まれたのか?


 池上彰さんがナビゲートしてくれる「リベラルアーツ」の世界。
 この「リベラルアーツ」という言葉を耳にする機会は多いのですが、具体的にどういうものか、というのは、なかなか実感しがたいところがあります。
 僕が通っていた医学部は6年制で、1年生、2年生の途中までは、教養過程というか、高校の延長のような英語やドイツ語、数学、化学、社会学などの単位を取っていきました。
 当時の感覚としては「せっかく医学部に来たのだから、もっと専門的なことをやりたいなあ」というのと、「でも、専門がはじまると忙しくなるから、こういう普通っぽい大学生活をもうしばらく続けていたいなあ」というのが、半々だったような記憶があります。
 いま、この年齢(40代半ば)になってみると、「リベラルアーツ」というものの重要性や面白さがわかるのだけれど、あの頃は「なんで大学に入っても、高校と同じようなことをやらなければならないのだろう?」という疑問のほうが強かった。

 では、そもそもリベラルアーツとは何でしょうか。
 これは、ギリシャ・ローマ時代に源流を持ち、ヨーロッパの大学で学問の基本だとみなされた七科目のことを指します。具体的には(1)文法 (2)修辞学 (3)論理学 (4)算術 (5)幾何学 (6)天文学 (7)音楽の計七科です。かつてはこうした科目に習熟することが、教養人の条件だったわけですね。
 リベラルアーツの「リベラル(liberal)は自由、「アーツ(arts)は技術、学問、芸術を意味します。だからリベラルアーツの意味は「人を自由にする学問」ということです。
 こういう教養を身につけていれば、人間はさまざまな偏見から、あるいは束縛から逃れ、自由な発想や思考を展開していくことができる。そういうことで、さきに挙げた七つの科目が選ばれていったわけです。そしてヨーロッパ(大陸。イギリスは異なる)の大学では、19世紀から20世紀まで、このリベラルアーツを必ず教えることになっていました。


 「文系学部不要論」「社会の即戦力となるような職業訓練校化」などが叫ばれている日本の大学教育ですが、海外のエリート大学では、「リベラルアーツ」が、現在でも重視されています。
 マサチューセッツ工科大学といえば、世界有数の理系の大学ですが、池上さんが訪問して印象的だったのは「音楽の授業が充実していたこと」だったそうです。

 ボストン郊外にあるエリート女子大学ウェルズリーカレッジは、ヒラリー・クリントンクリントン政権時代のオルブライト国務長官の出身校をして知られています。ここもまた四年間、徹底したリベラルアーツ?育を行っています。
 同校を訪れた際、女子学生が学内を案内してくれました。とても利発そうな黒人の女子学生でした。彼女は「私は経済学を学んでいる」と話してくれたのですが、それと同時に「でも、経営学は学ばない」と言うのです。
 なぜかと尋ねると、経済学は世の中の仕組みを分析する上で必要な知識である、つまり人間の教養として必要だから学ぶ。でも経営学は、会社に就職して働く上で役に立つ学問だから、すぐに役に立ちすぎるので大学では教えない、と言うのです。私はビックリすると同時に、目からウロコが落ちた思いでした。
 現代の教養として経済学は学ぶけれど、本当に経営を学びたかったら、大学卒業後、ビジネススクールに行けばいい。こういうことなのです。
 日本ではよく大学に対して、社会に出てすぐ役に立つ学問を教えてほしいと言われます。ところがアメリカは意外とそんなことがないのです。すぐに役に立つものを教えるのは専門学校で、いわゆるエリート大学は、「すぐに役に立たなくてもいいこと」を教えるのです。
 すぐに役に立つことは、世の中に出て、すぐ役に立たなくなる。すぐには役に立たないことが、実は長い目で見ると、役に立つ。こういう考え方なのです。
 どこかで聞いたことがあるセリフだと思ったら、これは慶應大学の塾長だった小泉信三さんの言葉でした。


 池上さんは慶應大学の卒業生ですから、なおさらこの言葉が記憶に残っているのかもしれません。
 この本のなかで、理系の優秀な学生や卒業生が、オウム真理教に帰依し、その能力を反社会的活動に利用されてしまったことを池上さんは嘆いています。
 どんなに能力があっても、その使い方を誤れば、かえって世の中の害になってしまう。
 ちなみに、池上さんが東京工業大学で教えている学生たちの多くは、オウム真理教事件のことをよく知らなかったそうです。
 僕にとっては、忘れようがない事件だったのだけれど、彼らにとっては、まだ生まれる前に起こったことだものなあ。


 この新書のなかでは、池上さんは「現代の自由七科」というのを設定し、一冊のなかに詰め込んでいます。
 その七科は「宗教」「宇宙」「人類の旅路」「人間と病気」「経済学」「歴史」「日本と日本人」です。
 この「七科」について、ものすごくコンパクトに最低限の情報が詰め込まれており、「これだけですべてがわかる」というものではありませんが、「とりあえずザッとおさらいをする」という感じで読むと、少し賢くなれたような気がします。
 書かれているのは、なるべく新しい理論(ただし、ある程度専門家のあいだで認められてる)ですし、宇宙とか経済学のような、僕にとっては縁遠い学問についても、わかりやすく解説されています。

 政府の規制はできるかぎり撤廃したほうが、経済はうまくいくというのがフリードマンに代表される新自由主義の考え方です。
 フリードマンにかかれば、医師免許制度も不要です。医師免許制度のもとでは、当然、医師の数が制限されます。そのため、人びとがちょっとしたケガや風邪でも医者にかかると、医者は忙殺され、重篤な患者に対してじっくりと治療を施せなくなってしまう。医師免許制度がなければ、誰でも自由に医療ができるから、小さなケガ専門の医者や重病に特化した医者など、需要に応じてさまざまな医者が開業する。腕の悪い医者は、市場原理によって自然と淘汰される。だから医師免許なんて不要だとフリードマンは主張しました。
 もっと極端な主張は、麻薬の自由化です。麻薬を取り締まるから、どうしても欲しいという人が闇市場で高い値段で買う。そのためマフィアなどが大儲けをしてしまう。麻薬を全部自由化すれば、市場原理で値段が下がるし、麻薬の取り引きに税金を掛ければ、国家の収入も上がる。だから麻薬も自由化したほうがいいのだ、と。

 かなりの「極論」だとは思うのですが、それだけに、わかりやすくもありますよね。
 もちろん、これだけを読んで「わかったつもり」になってはいけないのでしょうけど、「入口」としての「必要条件」は満たしているのではないかと。

 
 大人としての「教養」とは何か?
 自分ではわかっているつもりで、わかっていないことが、あまりにも多いということを思い知らされる新書です。
 でも、「自分が無知であることを知る」というのが、スタートなんですよね。

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