- 作者: 隠岐さや香
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2018/08/26
- メディア: 新書
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内容(「BOOK」データベースより)
本書では、そもそも文系と理系というカテゴリーがいつどのようにして生まれたのか、西欧における近代諸学問の成立や、日本の近代化の過程にまで遡って確かめるところから始めます。その上で、受験や就活、ジェンダー、研究の学際化といったアクチュアルな問題に深く分け入っていくことを目論みます。さあ、本書から、文系・理系をめぐる議論を一段上へと進めましょう。以下、本書目次より抜粋
第1章 文系と理系はいつどのように分かれたか? --欧米諸国の場合
第2章 日本の近代化と文系・理系
第3章 産業界と文系・理系
第4章 ジェンダーと文系・理系
第5章 研究の「学際化」と文系・理系
文系・理系という分類は、かなり広く使われており、なかでも大学入試に関しては、高校のクラスを「文系コース、理系コース」に分けてしまうくらいの「当たり前のもの」になっているのです。
一般的には、文系の学生は国語や社会、英語が得意で、理系は数学、理科が得意、というイメージがあるのですが、この「文系・理系」という概念は、いつごろ、どのようにして生まれたものなのか?
文系についての歴史は、実は理系よりもわかっていないことが多いのです。これは、なぜか「自然科学史」の研究のほうが先に進み、「人文社会学史」研究はつい最近、ようやく形を取るようになったばかりという事情があります。
もちろん、各分野別の「社会学史」「経済学史」「政治学史」などはあるのですが、「人文社会学史」という枠組みでの研究がほとんどないのです。
これには、人文社会科学の成立背景が影響しているようです。実は、人文社会系というのは、歴史的に見ると、「古くて新しい」という特徴があります。
私たちはうっかりすると、「文系は古代から存在していたが、理系の諸学問は最近生まれた」という見方をしがちです。しかしそれは、完全な間違いとはいえないまでも、正確ではありません。どういうことか説明します。
法律を作ったり、誌や物語を創ってそれを評価しあったり、歴史を記録したりという営みは、確かにある程度の規模の文明ならば、必ず存在します。特に、聖書のように何らかの重要な文献、正典をきちんと解釈し後世に伝えるという営みは地域を超えて昔から普遍的にありました。
その意味では遥か古代から、法学も文学研究も歴史研究も存在します。しかし、それらは「近代的な」法学や文学、歴史研究と全く同じとはいいきれません。
自然科学の場合を思い出してみて下さい。確かに、近代的な自然科学の形成期は17世紀以降ですが、古代ギリシアや中世にも、人々は複雑な計算や図形の問題を知っていました。天動説ではあるけれど、星の運行をある程度予測できました。しかし、それらは現代の自然科学とは違う特徴を持っていました。同じような理由で、文学や歴史といった領域にも、「近代的ではなかった」時代というのがあるのです。
「理系」よりも「文系」のほうが昔からあったような(というか、「理系」のほうが近代的な)イメージがあるのですが、近代的な「学問」として認知され、体系化された時期は、文系のほうが複雑で、わからないことが多いそうです。
著者によると、「歴史の中で諸分野のカテゴリーが定着していった順番からすると、『自然科学・工学』『社会科学』『人文科学』という順番になるのだとか。
ちなみに、キリスト教文化では、「工学」というのは地位が低く扱われていたのです。
明治維新を経て近代化を目指した日本では、西欧ほど神学や法学が重視されないという文化的な背景があり、世界ではじめて、総合大学に「工学部」がつくられることになったのだとか。
この本のなかで、著者は、「学問というのは、『ジャンル分け』きるものなのか?」という問題を提起しています。
著者自身も、このテーマで書き始めるまでは、「すべての学問は、最終的には『つながる』のではないか」と考えていたそうです。
ところが、実際に文系・理系の諸学問が「分化」していった過程を検討していくと、そう簡単に、まとめられるものではない、という思いが強くなった、と述懐しておられるのです。
そうだよなあ、僕が通っていた大学の医学部も、それまでの「臓器別の専門中心で、タコツボ化していた研究室の垣根を外して、横断的な研究・治療をしていこう」という方針を掲げていたのですが、実際にそれをやろうとすると、かなり弊害が多かったのです。
「どっちつかず」のような仕事が多くなり、研究の内容も専門ばかりやっているところに比べるとインパクトに欠ける、というような。
僕も当初は「理想」に共鳴していたのだけれど、時間が経つにつれ、「ジャンルが分かれていくものには、それなりの理由というのがあるのだな」と感じるようになりました。
だからといって、「専門しかやらない」というような姿勢は、それはそれで問題が多いのも事実なのですけど。
とはいえ、「人文社会」「理工医」は、学問の内実だけではなく、大学教育が発展した経緯など、制度的な事情を大いに孕んでいるのも事実です。それがなければ、諸学問を二つに分ける理由はないのでは、そして、本来、諸学は一つなのではないか、という議論も成り立ちます。
それに対する私の現時点での答えは、イエスであり、ノーでもあります。確かに、「人文社会」「理工医」の二つに分ける区別は絶対ではない。しかし、諸学は一つとも言えない。そこには少なくとも、二つの違う立場が存在するのではないか、と思うからです。
思い出して欲しいのですが、この章ではかなりページを割いて、自然科学と人文社会科学の諸分野が、それぞれの固有の対象を見つけて、宗教や王権から自律していく経緯を描きました。そして、その自律には、主に二つの異なる方向性がみられます。
一つは「神の似姿である人間を世界の中心とみなす自然観」から距離を取るという方向性です。それは、人間の五感や感情からなるべく距離を置き、器具や数字、万人が共有できる形式的な論理を使うことで可能になりました。文字通り、「客観的に」物事を捉えようとしたわけです。その結果、たとえば地球は宇宙の中心ではないし、人間は他の動物に対して特別な存在でもないという自然観につながりました。
もう一つは、神(と王)を中心とする世界秩序から離れ、人間中心の世界秩序を追い求める方向性です。すなわち、天上の権威に判断の根拠を求めるのではなく、人間の基準でものごとの善し悪しを捉え、人間の力で主体的に状況を変えようとするのです。その結果、たとえば、この世の身分秩序を「神が定めたもの」と受け入れるのではなく、対等な人間同士が社会の中でどう振る舞うべきかをさぐったり、人間にとっての価値や意味を考えたりするための諸分野がうまれました。
すなわち、前者にとって、「人間」はバイアスの源ですが、後者にとって「人間」は価値の源泉であるわけです。
断言はできませんが、どちらかといえば、前者は理工系、後者は人文社会系に特徴的な態度といえるでしょう。もちろん、経済学の幾つかの学派や、医学のように、どちらともいえない分野もあります。
いずれにせよ、両者は共に何らかの権威から自律することで近代的な学問となったのですが、別の方向を向いています。そこには、完全に融合しきれない、違いが残り続けるのではないでしょうか。
こう言われてみると、たしかに、その学問に関わっているのが「人間」である以上、この2つはかなり根源的な部分での「避けられない差異」であるように思われます。
むしろ、「分かれているのが当たり前」なのかもしれません。
著者は、歴史的な経緯だけではなく、「文系・理系への適性に男女差はあるのか?」という問題についても、さまざまなデータや先行研究を参照に言及しているのですが、現時点では、社会通念の影響なども考えると、結論を出すのは難しいようです。
こうした進路選択に影響する要因としては、何らかの生得的な要因に加えて、長期にわたり存在している伝統的なジェンダー役割イメージの影響はあるでしょう。たとえば女性は家の中で子どもという生物のケアをし、食べ物という化学物質を扱ってきました。男性外へ稼ぎに行き、そこでモノ作りなどに携わり、数えたり力学的な思考を必要とすることも多かったでしょう。
しかしそれだけではなく、短期間の社会的な変化が影響を及ぼすこともあります。たとえば、1980年代初頭の米国においてコンピュータ科学の分野は専攻者に占める女子学生比率が35%に達していましたが、1983年前後から急に増加し、2010年には2割に満たない状況になってしまいました。
1980年代初頭というのはコンピュータが家庭用ゲーム機として普及し始めた時期です。それより前の時代のコンピュータは玩具からは遠い、実務的な機械でしたが、ゲーム機の登場で「男の子向け玩具」のイメージが強まりました。その途端に、女性が遠ざかっていったのでした。
このように日常の中で触れる道具からも人々はそれぞれのジェンダーについてのイメージを形作っており、それが大学の進路選択という問題にまで影響をすることがあります。
僕は内心、「文系・理系なんて枠組みは、あんまり意味ないのでは……できる人は両方できるのだし」と思っていたのです。
でも、この本を読むと、長い時間をかけて、分化していったことには、それなりの意味とか意義があるのかもしれないな、と感じます。
そのなかには、この「コンピュータと女子学生」のような、「そんなことが影響していたのか……」というものもあるのです。
きちんと書かれている、だけに、少し取っつきづらいところもありますが、興味を持った人は、読んでみて損はしないと思います。
「文系・理系の線引きに疑問を持っている受験生」にも、おすすめです。
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