琥珀色の戯言

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【読書感想】なぜローマ法王は世界を動かせるのか インテリジェンス大国 バチカンの政治力 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
2013年3月の就任以来、専用車ではなく公共バスを使う、ホームレスをバチカン宮殿に招待するなど、型破りな行動で世界的に人気を集めている法王フランシスコ。政治面においても、ウクライナ紛争について露プーチン大統領に和平実現を促したり、米・キューバ国交正常化に貢献するなど、多大な影響力を発揮している。軍事制裁はもちろんのこと、経済制裁にも加わることがないバチカンが、なぜ世界を動かすことができるのか。フランシスコ就任時より、公使としてバチカン内部から法王を観察してきた著者が、インテリジェンス大国バチカンの知られざる政治力を明らかにする。


 キリスト教徒(カトリック)がさほど多くない日本に住んでいると「ローマ法王」というのは「偉い人なんだろうけど、あんまり身近に感じることはない存在」ではありますよね。
 ちなみに、日本のキリスト教徒は、カトリックが約45万人、プロテスタントが約55万人といわれているそうで、カトリック信者は総人口の0.3%。
 そのくらいしかいないのか、という印象です。
 45万人というのは、けっこうな人数ではありますが。
 そんな日本にも、初の南米出身の法王フランシスコの人気はけっこう伝わってきています。
 とはいえ、その影響力については、いまひとつ実感できないものではあるのです。

 日本では、バチカンは単なる「カトリックの総本山」と思われている向きがあるが、じつは政治の世界にも影響を与えうる、力をもった存在なのである。キリスト教という大きなバックボーンのもとで長い年月をかけて、世界史の重要な転換点においてハブ的な役割を演じてきたり、現在も国際情勢に多大な影響を与えている。


 この新書は、バチカン市国の公使として赴任されていた著者が、「ひそかに世界を動かしているバチカンと、そこで活動している人々」について書いたものです。
 フランシスコ法王についての関係者の見方や、バチカンの「インテリジェンス」などが実体験に基づいて書かれており、縁遠い世界だけに、興味深く読みました。
 縁遠い、とは言うものの、バチカンはアメリカとキューバの国交回復に貢献したり、法王がロシアのプーチン大統領と「意見交換」したりしていますから、その影響は「カトリックの世界」だけにとどまるものではありません。


 著者は、フランシスコ法王の人気について、実際に対面したときの印象も含め、さまざまな角度から検証しています。

 フランシスコ法王の人気の秘密は、いったいどのあたりにあるのであろうか。その理由は多々あろうが、類い稀なるコミュニケーション能力もその一つに違いない。
 法王による公的な発言の場では必ずスピーチ原稿が用意されているが、実際のスピーチで原稿を読むことはめったにない。いつでも大衆に向かって、アドリブで直接話しかけるのである。原稿そのものは手に持ったまま話を続け、スピーチ途中でふと気がついたように原稿をひらひらと手にかざし、配布するので関心のある人はあとで読んでみてほしいとつけ加えるだけなのである。

 富んだ者よりも貧しい者、有名な人よりは無名の人、立派な肩書きの者よりも普通の人、先進国よりは途上国、中心的な場所よりはむしろ光が当たらない周辺的な場所。つねに弱者に寄り添い、自らは質素極まりない生活を実践する聖者——。フランシスコ法王の一般的なイメージは、このように語られることが多い。
 フランシスコ法王は、歴代の法王とは異なり、法王専用の宮殿に住むことなく、バチカン内の普通の宿舎でほかの法王庁関係者とともに生活している。法王の部屋の広さはたったの40平方メートルであり、寝室と居間と書斎からなっている。一人暮らしであれば、本人にとってはさして狭いとは感じられない広さだろうが、欧米人の住居感覚からいえばどうであろう。
 またフランシスコ法王は、法王専用の小さな車に自分でドアを開けて乗り降りしたり、平気でシャトルバスに一般客と一緒に乗り込んだりするなど、世界中のメディアが嬉々として報道するようなエピソードに事欠かない。そんなところもあってか、2015年9月の訪米では、全米に大フィーバーを巻き起こし、訪問時期が重なった習近平国家主席の訪米がすっかりかすんでしまったほどだ。
 オバマ前大統領夫妻が法王をホワイトハウスで出迎えた際、法王がフィアット500Lという小型車から降りるのを見て、全米のメディア関係者は驚愕した。


 ただ、こういう法王の「庶民派」っぷりには、警備関係者からリスクを指摘されており、法王庁内部には反発もあるそうです。
 また、法王自身も、こういう「美談」ばかりがメディアでクローズアップされ、「表面的なスタイルばかりに関心が向いてしまって、他宗教への寛容の精神や物質的欲望の抑制など、本当に伝えたいメッセージが伝わりづらくなっている」と言っているのを、著者はバチカン関係者から聞いたことがあるとのことでした。


 フランシスコ法王に関する、こんなエピソードも紹介されています。

 イタリア北部ヴェネト州にある、ソアヴェ市の有名なワイン「Soave Coffele」は、非常に高品質の白ワイン(赤ワインもとても良い)で、少量ながら日本にも輸出されている。イタリアでは、伝統あるワインメーカーは中世ごろまで遡ることができる土地の名家が多く、その一族の誰かがバチカンの聖職者になるケースが少なくない。
 私はある縁でそのような聖職者と知り合い、意気投合した。話は自然にワインに傾き、ご実家に招待していただいた。そこで本場のワインを楽しみつつ、ふと思いついた。法王庁内には、バチカン内で働く職員、聖職者、外交団専用のスーパーマーケットがある。そこで「Soave Coffele」を買ったことがあるが、とても安かったので驚いたのだ。
 そんな疑問をぶつけると、そのオーナーは「まったく安いよね。あんな値段じゃ商売になるわけがない。赤字になるくらいだったよ」と笑いながら続けた。
バチカンの担当者からその価格以下では置かしてやれないといわれるんだから、仕方がなかったんだよ。そりゃ、内心ではバチカン担当者の高飛車な態度には腹が立つ。でもね、バチカンの中で販売しているというのは大事なことなんだよ。バチカンのネームバリューはお金では換算できないからね」
 このオーナーの話からすると、憤懣やるかたなしといったところだろうか。表情はにこやかだ。話には続きがあって、最近になって状況が改善されたという。
「フランシスコ法王は、スーパーで売られているような商品まで調べたらしいんだな。バチカンの権威を笠に着てはならない。生産者の納得できる適正価格で販売すべしって指導をなさってくれたんだよ。バチカン出入りの業者はみんな大喜びだ。それ以来、品物は適正価格で販売できるようになったんだからね。もちろん、私は法王の大ファンに決まっているじゃないか」


 これを読むと、フランシスコ法王というのは「一般人の気持ちがわかる人」なのだということがよくわかります。
 その一方で、内部の既得権益者からの反発はありそうだし、ここまで「俗」なことに法王自身が介入しているのか、という驚きもあるんですよね。
 ものすごく立派な人であるのと同時に、自分の見せ方を心得ている人、のようにも感じてしまうのです。
 フランシスコ法王は、身内に対しては、けっして「優しいだけの人」ではないのです。

 多くの法王庁関係者が、むしろベネディクト16世前法王に接しているときのほうが、優しさや慈しみを強く感じられたと述懐する。ドイツ出身の前法王は、けわしい顔つきで損をしているようなところがあった。強制されたものではあったが、若いころにヒトラー・ユーゲントナチス・ドイツの青少年団)に属していたとして批判を浴び、バチカン銀行スキャンダルや聖職者による小児性愛事件の渦にも巻き込まれた。また、同性愛や生命倫理問題などでも固い信念のもと、保守的な態度を少しも崩さなかったことから、マスメディアの受けも概して芳しくない法王だった。
 だが、バチカン内部の人々がベネディクト16世前法王から受けた印象は、一般的なイメージとは異なるようだ。私は一人の女性宮廷画家と話があい、ふだんから仲良くしてもらっていた。彼女はベネディクト16世前法王とフランシスコ法王の肖像画を描いたことがあるのだが、ある日、二人の印象についてこう語った。
「なぜだかわからないわ。でも、私はベネディクト16世のほうに親しみを感じるの。温かみを感じるのよね」
 芸術家特有の勘がベネディクト16世前法王の本質を見抜いたのかどうかはわからない。ただ、彼女のみならず、法王庁関係者やバチカニストの多くがフランシスコ法王に対し、ある種の近寄りがたさを感じているのは確かだ。法王が真剣な表情で考え込む姿を目撃したという話は、いろいろなところから聞こえてくる。


 こういう話を読むと、確かに、メディアを通じて伝えられる人物像と、身近な人が感じている「その人」は、必ずしも一致しないということを考えさせられます。
 フランシスコ法王が「本当は悪い人」とか言うのではなくて、「すべての人に同じように接すること」が、身内にとっては「自分を大切にしてくれない」という不満につながることもあります。
 ある種の「厳しさ」と「計算」がないと、フランシスコ法王のようなふるまいを続けることは難しいのです。
 そもそも、まったく政治に興味がなければ、法王にまでたどり着くことはできなかったでしょうし。
 それに関しては、フランシスコ法王自身も「私が法王になって、いちばん驚いているのは私自身だ」とも仰っているのですけど。


 高齢者が大活躍しているカトリック教会の年齢構成とか、イラク戦争やシリアへの空爆についての立場など、日本からはわかりづらい「バチカンの内情」も紹介されています。

 宗教的なことに関しては、実感しづらいのは確かなのですが、バチカンが「一筋縄ではいかない、懐の深い組織」であることがわかる、興味深い新書でした。