琥珀色の戯言

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【読書感想】ひとりメシの極意 ☆☆☆☆

ひとりメシの極意 (朝日新書)

ひとりメシの極意 (朝日新書)

内容紹介
ひとりの食事が心底楽しめれば、
人生最大の課題「孤独」もなんのその。
東海林さだお先生、初の新書で
その極意がついに明らかに――。

究極の卵かけゴハンに何度トライしたか。
定食屋のサバ味噌煮を何度採点してきたか。
立ち食いそばで、駅弁屋で、ビアホールで、
「あっちにすればよかった…」と何度悶えてきたか。
おもえばショージさんこそは、半世紀も前から
この国ナンバーワンの「ひとりメシ」の達人。
タハハ、フフフと笑ううちに、人生を楽しむ
最大の極意がなんとなく、しかし深く、わかる。

週刊朝日超長期連載の「丸かじり」をベースに、
「ひとり酒の達人」太田和彦との特別対談も収録。


 「ひとりメシ」といえば、『孤独のグルメ』を思い出してしまうのですが、この本を読みながら、僕はあらためて思い返していたのです。
 そうか、東海林さだおさんがいた!と。
 『孤独のグルメ』よりもずっと前から、「ひとりメシ」の楽しさを語り続けてきたのだけれど、あまりにも長きにわたっているため、かえって意識されなくなってしまった東海林さん。
 
 この『ひとりメシの極意』が新書で出るときいて、東海林さんの新刊だと思い込んでいたのですが、実際は、1987年1月から『週刊朝日』で連載されている「あれも食いたい これも食いたい」から選ばれた「ひとりメシ」に関する回に、太田和彦さんとの対談を加えたものです。

 なんだ、既存の文章からの「ベスト盤」みたいなものなのか、と僕もややがっかりしながら読みはじめたのですが、どこから一度読んだことがあるものがほとんどのはずなのに、けっこう面白かったのです。
 
 やっぱり、東海林さんの食べ物エッセイは、クオリティが高いなあ。
 そして、尽きない食への好奇心とこだわりには、あらためて感心させられます。

「懐かしの海苔だけ海苔弁」の回、ずっと記憶に残っていて、今回も「あっ、あの話だ!」と思ったんですよ。
 東海林さんは、この「海苔弁」を食べていた中高生のときの状況をなるべく忠実に再現しようとします。

 正午に食べる、五時間後に食べる、これを守るには朝の七時に弁当を作らなければならない。

 海苔弁のために、わざわざ朝七時に起きなければならないことになった。
 朝七時に起きて海苔とゴハンと醤油を用意する。
 ゴハンは「レンジで2分」のパックめしでいくことにする。
 パックめしをチンして弁当箱に詰める。
 この弁当箱はかなり大きくて、パックめしが二個半入った。
 熱いゴハンを弁当箱に詰め、シャモジで四隅に均すのだが、こんなどうってないことが意外に楽しい。
 二段式にするつもりなので、弁当箱半分ほどになったところで、弁当箱よりひとまわり大きく切った海苔をかぶせる。
 海苔は時間の経過とともに縮むから、それを防ぐために海苔の四辺を箸で中へ押し込んでいく。
 こんなどうってことないことが、これまた楽しいんですね。
 ここで醤油をかけまわす。
 醤油は海苔の上で二、三か所にたまってしまうので、シャモジで全域に散らすように均す。
 このどうってことないはやはりどうってことなくてそれほど楽しくないんですね。
 もう一段ゴハンをのせ、海苔をかぶせ、醤油をかけまわしてフタをする。
 史実にのっとり新聞紙で包む。
 それを仕事場の机の脇に置く。
 中高生のときはこれをカバンに入れて電車に乗るわけだから、このまま机の脇に置いておくわけにはいかない。
 仕事をしながらときどき弁当箱をゆする。
 お昼が待ち遠しくてならない。
 正午。


 実際の味はどうだったのか、というのは、読んで確かめていただきたいのですが、ここまでやるのか、というのと、「海苔弁をつくって、それを5時間寝かせておく」というだけのことを、ここまでのエンターテインメントにできる東海林さんはすごい。


 あと、佐藤春夫さんの『さんまの歌』についてのこんな考察も。

 この歌の中で、春夫はさんまをどうやって食べたかについては明記していない。
 みんな勝手に、
「焼いて食ったんだよな」
 と思っている。
「七輪に網をのせてウチワであおいだんだよな」
 とまで言う人もいる。
 ただわずかに、
《そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて》
 の部分から、焼いたと思っているだけなのだ。
 また、この歌には煙は出てこないのだが、みんな煙の風景を思い描いている。
 あはれ秋風よ、とか言いながら、ウチワであおいでいるわけだから、当然煙が立ち昇ってるんだよね、なんて思っている。
 だが、もしですよ。
 春夫がこのときさんまを煮つけにして食べていたらどうなります?
 いや、ありえないことではない。
 誰もこの部分を考証した人がいないだけであって、七輪は認めるとして、その上に鍋をのせてさんまを煮ていたかもしれないのだ。


 先入観って、おそろしいですよね……といいかけて、さすがに「さんまの煮つけ」はなさそうな……
 東海林さんは、こういう、直球・変化球とりまぜたエッセイを週に1回、ずっと発表しつづけているのです。


 今回、新録された、太田和彦さんとの対談も予想以上に面白くて、けっこう得した気分になりました。

東海林さだおひとりで居酒屋で飲んでて、僕が一つだけ気になるのは、「みんなが俺をどう見てるか」っていうこと。「みんなガヤガヤ飲んでる中で、たったひとりで飲んでる俺をみんなはどう見てるのか」……。


太田和彦どう見てると感じてますか。


東海林:「ああ、お友だちがいない人なんだな。性格悪いんだな」と思ってるんじゃないか(笑)。ふつう、居酒屋は二人か三人か四人かで楽しそうに飲んでるわけじゃないですか。みんなお友だちがいるんですよ。


太田:東海林さん、ケータイお持ちですか。


東海林:ケータイ持ってないの。


太田:僕も持ってないんです。だから見るものがない。


東海林:手帳を出して見たりして、ときどきわざわざうなずいたりして演義してるの。顔しかめて「あ、まずいな」という表情したり(笑)。


太田:誰も見てないのに。


東海林:実はね(笑)。でも、間がもつんですよ。ひとり酒でまず思うのはそれ。誰も見てないのに、自分はどう思われてるんだろうって。どうしたらいいんでしょう。


太田:どうもしなくていいですよ。「品書き」という最高のものがあるじゃないですか。


東海林:でも、一通り見たら終わりでしょう。いつまでも見てないですよ。三十秒もあれば見終わっちゃう。


 東海林さんや太田さんほどの「達人」でも、他人の目というのが気になるものなのだな、と、僕は少し安心しました。
 それでもやめられないほどの魅力も、「ひとり居酒屋」にはある、ということなのですけどね。


 東海林さだおさんを知らない人の最初の一冊としても、よく知っている人が「ああ、これ読んだことある!」と思いながら読み返す一冊としても、かなりコストパフォーマンスの高い本だと思います。


ショージ君の青春記

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