琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】「さみしさ」の研究 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
老い、孤独、そして独立--すべてを語る。

天才・たけしが「老い」と「孤独」をテーマに男の生き方について語る。世間に迎合せず生きるための「さみしさ」との付き合い方とは。自らの独立騒動や、大杉漣氏、松方弘樹氏、漫画家・さくらももこさんなど友の死についても深く語る。
「ニッポン社会も、老化が止まらない」の章では、小学館新書の前作『テレビじゃ言えない』同様のタブーなき社会事象も展開。高齢化社会の欺瞞と矛盾をえぐり出す。


 『週刊ポスト』に連載されている「ビートたけしの『21世紀毒談』」の傑作選+語り下ろし、という内容の新書です。
 大きな話題になった「オフィス北野」からの独立騒動や、大杉漣さん、さくらももこさんが亡くなられたことについて、そして、自らの「老い」のこと。これまでの「週刊ポストの連載の傑作選を単行本にしたもの」に比べると、かなり「現在の」たけしさん自身の内面について語られている部分が多い印象がありました。

 ちょっとしたヒントで、男の人生ってのは、きっと変わってくる。他人の目を気にせず自分のやりたいことを貫くにはどうすればいいか。ちょっとオイラが考えていることを話してみたい。
 男が老いと付き合っていくということ――それはちょっとカッコつけて言えば、必ずやってくる「さみしさ」とどう向き合うか、ということなんだと思う。
 オイラも、自分が想像していた以上に長くチンタラ生きてしまった。47歳の時、バイク事故でまさに「九死に一生」を得た。その時から、明らかにオイラの人生観や死生観というのはそれまでと変わってしまったところがある。
 今でもたまに「オイラはあの事故で昏睡状態になっちまって、それから後の人生は夢を見ているだけなんじゃないか」と思うことがある。パッと目が覚めたら、事故の直後の病院のベッドの上に戻ってしまうんじゃないかって冷や汗をかいちまうんだ。
 そう考えると、オイラのその後の人生は、明石家さんまの口癖じゃないけど「生きてるだけで丸儲け」だ。「あきらめ」とか「覚悟」なんて言うと、それこそ坊さんの説教みたいで好きじゃないけど、そういう「老後があるだけ儲けもん」って感覚が、何かを変えていく気がするんだよな。

 
 僕はこれを読んで、たけしさんがあのバイク事故を起こしたときの年齢が、今の僕の年齢とほとんど同じことに嘆息していたのです。
 ああ、たけしさんは、僕が「人生の畳みかた」なんてことを考えているこのくらいの年齢から、さらにあれだけのことをやって、「新しい人生」を過ごしてきたのだなあ、って。
 たけしさんのような特別な人と自分を比較することそのものが無謀なのかもしれないけれど、僕もまだ、悟れたような気分で「終活」とかやる年齢ではないのかもしれません。
 たけしさんの映画『キッズ・リターン』の「俺達もう終わっちゃったのかなあ?」 「バカヤロー、まだ始まっちゃいねえよ」という場面を思い出しました。


 たけしさんは、今の世の中に溢れている「老後の孤独礼賛本」に対して、「書き手が世間から認められている人だから、読者が『孤独は素晴らしい』と勝手に思い込んでいるだけ」だと仰っています。

 つまり何が言いたいかというと、人間はどんなに頑張ったって「他人から認められたい」という承認欲求を完全には捨てきれないということだ。
 オイラみたいに、ずっと「客前」で仕事をしてきた人間にはよくわかる。この年になったって、「客からウケる」っていうのはこれ以上ない快感だからね。カネや名誉なんて後からついてきたもので、まずは「ウケたい」「評価されたい」って感情があったわけだ。だからこそ、オイラは今でもときどき「ほぼ単独ライブ」なんてものを開いて生の観客の前でバカをやっているし、立川梅春なんて名前を立川談春さんからもらって高座にも上っている。ウケるってのは麻薬みたいなもんだ。
 もちろんそういう笑いのネタを考えたり、絵を描いたり、小説を書いたりなんていう創作の時間ってのは、とても孤独な時間だ。誰かに助けてもらえるもんじゃないからね。だけど、その先に「他人にウケたい」って目的があるから、孤独な作業にも耐えられるし、楽しくなるってのが事実なんだよな。
 そういう話を取っ払って、ただ闇雲に「孤独」をありがたがるから、話がおかしなことになる。完全に独りでいてもさみしくないなんて、どんな悟りを開いたって無理だよ。
 たぶん、老後の生き方指南本が売れるのは、年寄りに限らず「素晴らしい余生」ってものが存在すると信じてるヤツが多すぎるからだよな。だから、少しでも長生きするための健康本みたいなものも売れているわけでね。
 でも真実は逆だよ。人生は、年齢を重ねるほどつまらなく不自由になっていく。夢のように輝かしい老後なんてない――。それこそが真理だ。老いるっていうことは、想像してる以上に残酷だ。まず、それを受け入れることから始めないとさ。
 なんでも大抵のことは老いとともにガタがくるもんだ。それなのに、「カッコいい歳の取り方」みたいなものにこだわると、胡散臭いことになる。結局、カッコいいか悪いかなんてのは他人の判断なんで、そんなもの気にしちゃいつまで経っても報われないんだよな。


 「人生は年齢を重ねるほどつまらなく不自由になっていく」というのは、たしかにその通りだし、「老後の孤独を礼賛している人」のほとんどは有名人で、実際には「孤独」ではないんですよね。
 そういう意味では、たけしさんも内面はさておき、周りに人の存在が常にある、という意味では孤独ではないわけで、結局のところ、こうして承認欲求を満たせる人たちには、真の孤独はわからないのかもしれないな、とも思うんですよ。
 これを書いている僕自身も、こうして、自分の承認欲求をささやかながら満たしているので、おそらく、「本物の孤独」を知らないのです。 
 たけしさんのような人でも、「さみしさ」や「孤独感」みたいなものから逃れることはできないのか、とも思うのですけどね。


 「オフィス北野」からの独立について。

 そもそもオフィス北野は、おいらと軍団のヤツラがワイワイ楽しくやっていくための事務所だ。オイラがジャンジャン稼いでいるのに、一部のスタッフだけが懐を潤わせてて、軍団がカツカツだっていう状況はやっぱりおかしいよ。
 きっかけになったのは、「事務所が赤字だ」って報告だった。オイラがこれだけ休みなく働いてなんで赤字になるんだって思ったね。そりゃ納得いかないよ。やっぱり組織の在り方に問題があるのは間違いない。
 オイラが軍団の連中に「オフィス北野に残れ」と言ったことも、誤解されて伝わっている。さも軍団を置いていったかのように言われてるけど、大きな間違いだよ。みんなを連れてくことは、そんなに難しいことじゃない。
 だけどそしたら、これまで甘い汁を吸ってた幹部連中は「ハイ、サヨナラ」で終わりになっちまう。だから軍団には事務方をちゃんとチェックしてほしいって思いがあったんだよな。もし軍団のヤツラがオイラの新事務所に来るとしたら、それが済んでからの話だよ。
 こういう事情があって事務所を飛び出したってのに、「女に洗脳れたから」とかテキトー書く週刊誌があるんだからたまんねェよ。実際、これだけ世間から騒がれて色々なリスクがあるのに、女のためにわざわざ独立するわけがないだろう。ただオイラ自身が気に入らないから出ていくだけで、それ以外には何もありゃしないんだよな。
 そもそもオイラが何かを決める時に、女に限らず誰かの言いなりになるなんてことはあり得ない。仕事や生活のことで他人からアドバイスを受けることがあっても、最終的に決断するのはオイラだ。


 たけしさんは、井手らっきょさんが、「東京じゃ食えないから、熊本に帰って活動する」というのを聞いて、そこまでの状況になっていたのかとショックを受けた、とも話しておられます。

 たけしさんの言い分はよくわかりますが、いち観客としては、事務所にとって、たけし軍団のメンバーにずっと仕事を取ってくるのは難しかったのかもしれないな、とも思うのです。芸能人の仕事というのは事務所の力だけではなくて、世の中のニーズというものもありますから。たけしさん抜きでも売れているメンバーもいるのだけれど、たけしさん自身が軍団と一緒に仕事をするのは、映画くらいという状況が最近は続いていましたし。
 たけしさんとしては、そういう現状は承知のうえで、自分がこれだけ稼いでいるのに、軍団は生活が苦しくて、事務所のスタッフは潤っている、という、自分が稼いだお金の行き先が不満だったというのもわかるのですが。
 会社を維持するというのは、けっこうお金がかかるものではありますし、これについては、「オフィス北野」のスタッフ側にも言い分はありそうです。
 
 たけしさんは「終活」などという気持ちはさらさら無くて、これからもやれるかぎり自分のやりたいことをやっていく覚悟をしています。

 不謹慎な言い方だけど、漣さんは一番良いときに死んだんじゃないかな。さみしいのは、もちろんさみしいよ。でも、「羨ましい」って感覚もあるんだよ。
 オイラはどんなにヨボヨボになって、「見苦しい」と言われたって、オファーがある限り芸能界に居座ってやると決めている。それが意地でもある。だけど、「死に時を自分で決められない歯がゆさ」も感じてる。その点、漣さんは一番輝いていたときにスパッといなくなった。その潔さってのは、自分から得られないだけに憧れもある。さみしいけど、それより「よくやった」って思いが強い。
「生きる喜び」の裏には常に「死の冷酷さ」がある――大杉漣の死
考えるたび、そう思わずにはいられないね。


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