琥珀色の戯言

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【読書感想】世界史の大逆転 国際情勢のルールが変わった ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容紹介
保守化する世界、自国第一を突き進む国家、AIで働き手が疎外される社会……。かつての「当たり前」が逆転しはじめた。安全保障に精通した二人の博学が、何が時代後れになったのか、知っておくべきは何かを示す。


 佐藤優さんと宮家邦彦さん。国際情勢の専門家であるお二人が、「最近起こっている、世界史の常識の大きな変化」について語り合ったものです。
 あらためて考えてみると、アメリカと北朝鮮の首脳会談が実現するなんて、その映像を目の当たりにしていた時でさえ、「これは現実なのか?」という感じだったのです。
 トランプ大統領の誕生もそうだったし。

佐藤優トランプといえば、アメリカ人ジャーナリストのマイケル・フォルフが書いた”暴露本”である『炎と怒り トランプ政権の内幕』(早川書房)が話題になりました。あれを読んで思ったのは、とにかくトランプ政権は「わけがわからない」ということです。


宮家邦彦:そうですね。政権としての中身のなさには驚きました。しかし当初、トランプの周辺には主席戦略官兼上級顧問のスティーブン・バノン、娘婿夫婦の”ジャヴァンカ”、つまりジャレッド・クシュナーとイヴァンカ、さらには共和党の主流という三つのグループがいた。トランプは実務に関心がなく中身がないから、これらのグループが互いに主導権争いをして、傷つけ合っていました。しかし当の本人は、それでよいと思っていたのでしょう。
 ところがその後、バノンが解任された。ということは、国際的な軍事介入に強硬に反対する人がいなくなったわけです。シリアへのミサイル攻撃の際の裏話が興味深い。シリアが国内の反政府勢力に向けて化学兵器を使用したとき、同国を攻撃すべきと最も強く主張したのは、じつはイヴァンカです。当時、バノンは攻撃に反対しましたが、彼女はNSC国家安全保障会議)の女性幹部とともに、化学兵器の犠牲になって口から泡を吹いている子供のスライドをトランプに見せて説得した。情念に訴えて攻撃を決定させたわけです。


佐藤:かわいそうじゃないか、これを放置してよいのか、というわけですね。


宮家:それがトランプを説得する最も効果的な方法だった。じつのところはトランプもやりたくなかったと思う。だからバノンのいうことを聞いて、手出しをしなかった。それをイヴァンカがひっくり返したことに、まず驚きました。


 この暴露本の内容が事実であれば、「そんなふうに一時の感情で、ひとつの国への攻撃を決めてしまうなんて……」と不安になるのです。
 でも、そこで「冷静に」とか「客観的に」なんていう対応をすると「他人事だと思いやがって」と反発する人も少なからずいるし、こういう「感情に正直に行動すること」が、トランプ大統領の好感度を上げている面もあるのだと思います。
 
 僕自身は、トランプ政権について、日本に住んでいることもあって、「もっと短い期間で破綻すると思っていたけれど、アメリカの政治システムというのは、大統領が暴走しようとしても、そう簡単にはできないようになっているのだな」と感心していたのです。
 でも、実際はかなり大きなリスクを孕んでいる、ということなのでしょうね。
 まあ、「気持ちはわかる」というのが、トランプ大統領の良い所でもあり、問題点でもある。
 政治家というのは、いち市民からみて、「冷酷非情」なほうが良いのだろうか。たぶん、佐藤さんや宮家さんの専門のインテリジェンス的にみれば、そうなのでしょうけど。


 トランプ大統領に関して、お二人はこう仰っています。

佐藤:トランプは例外的な現象として登場しましたが、その最も重要なポイントは「理屈がないこと」または「理屈がその時々でコロコロ変わること」。しかし、それがいつの間にか新しいゲームのルールになってしまった。


宮家:「ルールを不可逆的に変えてしまいましたね。だから、チキンゲームになる可能性が高まったということです。


 「理屈がない」「理屈がコロコロ変わる」というのが、世界の新しい「ルール」になってしまっているなかで、どんなふうに泳いでいけばいいのか。
 それを言うなら、日本の安倍首相もまさに同じようなタイプなわけで、今の世界に望まれるリーダーというのは、「理屈やプロセスんかどうでもいいから、とりあえず何かを実行してくれる人」なのかもしれません。あるいは、実行してくれそうな人、強気な言動で気分を良くしてくれる人。
 そういう世界というのは、突発的に何かが起こりやすい、とも考えられます。
 もしかしたら、人類は平和に飽きているのかもしれない。


 この本のなかには、北方領土についてのやりとりも出てきます。
 佐藤優さんは、「現実的な落としどころとしては、近々に日ロ平和条約を締結し、歯舞群島色丹島の主権は日本に、一方、国後島択捉島の主権はロシアに帰属させ、この平和条約に『歯舞群島色丹島の引き渡しに関する協定は、協議を継続したうえで策定する』と定めるのではないでしょうか」と述べています。
 そうすれば、法的には歯舞群島色丹島が日本領であることが確定し、領土問題が解決することになるから、と。
 沖縄や奄美・小笠原の施政権をアメリカに残したまま、サンフランシスコ平和条約が結ばれたときと、同じようにすればいいという考えなのです。
 ただし、将来的に歯舞・色丹が返還されるかというのは、かなり不透明というか、望み薄だというのも伝わってきます。

佐藤:だいたいプーチンについて、独裁者のように見る向きもありますが、それはちょっと違います。複数のグループの上に立っているだけ。それぞれのグループは彼を独裁者と見せることで、利益を見出しているんです。
 そういう意味では独裁者ですが、専制君主ではない。たとえば北方領土問題にしても、プーチンが決断すればすべて決まるというわけではない。仮にプーチンが安倍首相と会談し、歯舞諸島色丹島の引き渡しに同意したとしても、ロシアの地元の漁業者が許さないでしょう。彼らにとって死活問題ですから。
 島を日本に渡せば、その周辺海域はロシアから日本のEEZ排他的経済水域)に変わり、漁業権も日本に移ります。もしそこでロシアの漁業者が操業したければ、日本に入漁料を払わなければならない。彼らがそんな不利益を認めるはずがありません。
 そんな彼らを押し切る力が、プーチンにはない。だから北方領土問題も実際の引き渡しを考えると、そう簡単には動かない。このあたりの事情を、日本政府はもっとよく理解しなければなりません。


 ロシアの立場からいえば、もう70年以上も自国が実効支配している地域を、いまさら返還するというのは、かなり難しいというのはわかります。
 向こうにとっては「現状維持」で良いのに、わざわざ日本にそんなサービスをする必要性を感じるわけがない。それこそ、日本と組んで、アメリカとか中国と戦争でもしようというのでなければ。
 佐藤さんは「日本政府はもっとよく理解しなければ」と仰っていますが、実務者レベルでは、そんなことは百も承知ではないか、と僕は思うのです。
 それでも、日本側としてスジを通そうとするのならば、「返してくれ」と言い続けるしかない。
 現実的には、歯舞・色丹の返還ですら、極めて難しいとはわかっていても。
 いや、難しいとわかっているからこそ、「四島返還」という建前で押し続けるしかない。
 

 近い将来に「自動運転車」が普及して、人間が運転するよりも安全になるのではないか、と言われていますが、「AI運転」の問題点について、こんな話が出てきます。

佐藤:クルマの自動運転で思考実験してみましょう。人間が運転する場合、たとえばすぐ前のクルマが急ブレーキを踏んで追突しそうになったら、こちらも急ブレーキを踏むか、間に合わないと思えばハンドルを右か左に切ってかわそうとする。そのとき、クルマの右側には人がいるが、左側にはいないとすれば、咄嗟の判断で左側にハンドルを切ると思います。咄嗟の判断ですから、計算してとる行動ではありません。
 ところが、AI化で自動運転になると、咄嗟の回避行動もプログラミングしないといけない。仮に、道路の右側に二人、左側に一人いる場合は、左に切るようにプログラミングされるでしょう。
 では、道路の左右に中学生が一人ずついて、一方は偏差値73の学校の制服を着ているのに対し、もう一方が偏差値40の制服で歩いているとすると、どちらにハンドルを切るか。保険会社と組んで
以上、事故後の補償金を考えるなら、偏差値が低いほうに切ることになります。
 あるいはプログラミングのオプションとして、子供を巻き込みたくないので、自分が犠牲になる覚悟で前のクルマに突っ込むこともできるかもしれません。いずれにせよ、緊急時の対応を選択しないといけないわけです。
 2010年、米ハーバード大学マイケル・サンデル教授による『これからの「正義」の話をしよう」(早川書房)がベストセラーになりました。なぜあのような古典的な倫理の話がアメリカで話題になったのか。その背景には、じつはAI化があったと私は見ています。自動運転を実現するなら、この選択問題にも直面しなければならないからです。経済合理性で保険会社が契約し、人間の価値をカネで測ってよいのか。こういう問題が存在するわけです。


 この話を読むと、技術的には可能であっても、自動運転の導入というのは、一筋縄でいく話ではないなあ、と思うのです。
 そういうプログラムが可能である以上、なんらかの優先順位をつけなければならないわけで、ランダムに左か右を選ぶように、というわけにはいかないでしょう。
 そうなると、計算するのはAIでも、その判断基準を決めるのは、あくまでも人間、ということになってしまうのです。
 自動運転でも、とくに導入初期は、さまざまなトラブルが起こってくるでしょう。


 AIが進歩すればするほど、「AIに判断基準を与えるのは人間である」という面がクローズアップされてくるのです。
 
 正直、読んでいて、あまりにも国際情勢をゲーム化しすぎているのではないか、とも思うのですが、お二人のこれまでの立場からすれば、それも致し方ないことなのでしょう。
 あまりに感情移入しすぎると、それこそ、「子供がかわいそうだからシリアを空爆しよう」みたいな話になるのかもしれませんし。


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