琥珀色の戯言

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【読書感想】パリでメシを食う。 ☆☆☆☆

パリでメシを食う。 (幻冬舎文庫)

パリでメシを食う。 (幻冬舎文庫)


Kindle版もあります。

パリでメシを食う。 (幻冬舎文庫)

パリでメシを食う。 (幻冬舎文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
三つ星レストランの厨房で働く料理人、オペラ座に漫画喫茶を開いた若夫婦、パリコレで活躍するスタイリスト。その他アーティスト、カメラマン、花屋、国連職員…パリにいつのまにか住み着いた日本人10人の軌跡。時にセーヌ川のほとりで、時にワインを片手に、彼らが語る軽やかでマイペースなパリでの暮らしぶりに、思わず肩の力がふっと抜ける好著。


 この「内容」には、「思わず肩の力がふっと抜ける」って書いてあるのですが、僕はこの本を読みながら、ずっと肩肘張っていたのです。
 ああ、世の中には、「日本という国では生きづらいのに、日本に生まれてしまった人」というのがいるのだなあ、と思いましたし、それと同時に、「パリのほうが生きやすいからといって、そこで全くストレスフリーで生活できるというものでもないのだな」とも感じたのです。

 著者が取材した人々は、やっぱり何か「型にはまり切れない、特別なもの」を持っているようにみえるけれど、その一方で、『情熱大陸』で採りあげられるほど「パリですでに大成功している」というわけでもない(何人かは、そういう人も含まれているのですが)。

 最初からパリという街に憧れてやってきた人もいれば、日本に居場所がなくなって、行き着いた先がここだった、という人もいる。
 フランスで日本人が「お金をコンスタントに稼いで、メシを食っていく」というのは、かなり大変なことで、彼らはみんな、それを続けている人々なのです。


 著者は、自身のパリという街の印象について、こんなふうに書いています。

 住み始めてすぐ、この街の日常生活にこまごまと苛立ち始めた。アパートは古くて陰気だし、日曜日はスーパーもデパートも閉まっている。カフェの店員は三回頼んでも水も持ってきてくれない。いくら待っても荷物の配達人はやってこない。溜まったイライラが頂点に達したあと、ついに全てがどうでもよくなった。すると、不思議なくらい突然にパッと視界が開けて、全く違う景色が見えた。あ、私はパリを誤解していたのかも。
 周りのパリジャンたちを見回せば、誰もが気楽に自分のペースで生きていた。派手に愛し合い、笑い、よく食べて、遊ぶことに忙しそうで、電車の遅れもカフェの店員の横柄さも気にする暇がないようだった。もちろん、一通りの罵り言葉を叫ぶことも忘れないが。
 そうか、それでいいのか。これがパリの生活なんだ。そう気づいたら、体から力が抜け、前よりも少し自由になった。それは、几帳面さと常識が幅を利かせる東京からやって来た私には、素晴らしい報せだった。


 著者は、そんな生活のなか、「行く先々に日本人がいた」と仰っています。
 「こんな面倒で不親切で自己主張が強い人々ばかりで、人種的な偏見も無いとはいえない街」で生きることを選んだ日本人がいて、それぞれの物語がある。

 
 パリで漫画喫茶を経営している野村真司さんの回より。

「最近はどう、パリにはすっかり慣れた?」と聞くと、彼はこんな風に話した。
「パリねえ。パリって、やさしくないよね。”優しく”ないし、”易しく”ない。僕ら日本人にとっても、ビジネスにとっても。でも、それには理由があるんだよ。それはね、パリっていう空気。この街は世界各国から色んな人が夢を持ってやってくる。だからこの街には夢や欲望が渦巻いている。だから優しくない。でもその分、切磋琢磨できる。でもそんなパリを僕は……たぶん、嫌いではないと思う」
 たぶん、とつけてしまう気持ちが痛いほどわかるのは、私も彼と同じように異邦人としてパリで働いてきたからだった。他人の土俵
知らないルールで、明日食べるパンのお金を稼ぐという容赦のない現実を前に、時たま「ああ、もう嫌だ。なんでこんなところに来たんだろう」と思うこともある。そういう時、パリって優しいなんて言えない。


 この本に登場してくる、パリでメシを食っている人々は、ものすごく強い人ばかりではないのです。
 それでも、日本では生きづらい人が、僕からすれば、もっと生き抜くのが大変そうなパリで、すごい生命力を発揮することもある。


 オートクチュールテーラーで働く女性、稲葉周子さんの項より。
 稲葉さんは、美大の服飾科で、オートクチュールがテーマの展覧会を観に行った際に「こんな細かい仕事がしたい!」と決意し、フランス修行することを決心したそうです。

 目標が定まった周子さんは、目隠しをされた競走馬のごとくがむしゃらに働き始めた。昼間は雑誌社や不動産会社で受付や経理を担当し、夜と週末は専門技術を学ぼうと服飾関係のアルバイトをした。

「オーダーメイドの婦人服のアトリエで働きました。ウエディングドレス、スーツ、オペラ歌手の公演用のドレス、それにオカマバーの衣装なんかも作りましたよ。アメリカ商品の卸問屋で縫製や検品をしてた時期もあります。厳しかったけど、スピードと手際を覚えたから、入ってよかった」
 その後、もっと割の良い仕事を求め、派遣社員として都市銀行でも働いた。制服に身を包み金融商品の説明をする周子さんを見て、針と糸で生計を立てようとしているなど、想像もつかぬことだった。暇があれば、個人的にも洋服の仕立てのオーダーを受け、さらに空いた時間にはテレフォンショッピングのオペレーターとして働いた。そうやって自分じゃないものになりながら、いつか自分になる日を思い続けた。
「あの頃、ほんとによく働いていました。仕事が忙しすぎて、疲労で空腹を通り越して、食べられないくらい。スポーツドリンクで栄養を摂って、固形のものは食べられなかったですね。喉を通らないというか」


 僕はこれを読んでいて、「こんなに真面目に自分を追い込んでいくタイプの人は、海外だと逃げ場も少ないし、危ういのではないか」と思ったんですよ。
 周子さんの夢に向かう真摯な姿勢は伝わってくるのだけれど、さすがにこれは、余裕がなさすぎる。


 しかしながら、著者は、この項の最後に、こう書いています。

 帰りにお茶でも飲もうと誘うと、この辺のカフェは知らないという。彼女は収入が増えた今も、贅沢も外食もしない。
「だから親に電話すると『ちゃんと遊んでるの? なるべく外に出なさいね。そういう時はお金を使ってもいいのよ』なんて言われるんですよ」
 すごくわかる。硬い枝がポキリと折れて二度と戻らないように、いつか彼女の生真面目さこそが仇にならないだろうか。あんまり無理しないようにね、と私もいらぬ老婆心が喉まで出かかる。
 しかし、同時に思う。強さも弱さも彼女の一部で、同じコインの表と裏なのだと。全てをひっくるめて周子さんという人間を形作り、それは根本的に変わることがないように思う。たぶん、彼女はこのままでいいのだ。それに、何よりもパリという街が彼女を楽なほうに導いている。
「以前は後ろに引きこもって、動かなくて後悔してた。今はこっちに一人でいる分、だめもとで動いてみようって思うようになりました。パリに来て、私は確実に強くなっていると思います。もし日本にいたら……たぶんナアナアになってたと思う。こっちでは、起こること全てが自分に降りかかってくるので」


 傍からみれば、生き急いでいるというか、こんな生活を長く続けていくのは、あまりにもきついのではないか、と思わずにはいられないのです。
 でも、著者は、「彼女はそういうふうにしか生きられない人で、他人がそれをとやかく言っても、どうしようもないし、無理に生き方を変えさせようとしても、幸福にはなれないだろう」とみているのです。
 そして、「そういうふうにしか生きられない、という様々な人を受け入れるおおらかさを持っているのがパリという街なのだ」ということなのでしょう。


 僕はパリに行ったことはないのですが、パリに一度は行ってみたいな、と思いましたし、「生きやすい場所」というのも人それぞれなのだな、とあらためて考えさせられたのです。
 インタビューを読んでいて、「この人は、いったい、どんな人なんだろう?」と思いながら読み進めていくと、最後に、「ああ、こういう人なんだ……」と頷きたくなるような、素晴らしい写真が一枚。
 人がひとり生きていくということは、有名、無名にかかわらず、普遍的であり、特別なことでもある。
 とても強く引き込まれる本でした。


パリの国連で夢を食う。 (幻冬舎文庫)

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空をゆく巨人 (集英社学芸単行本)

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