琥珀色の戯言

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【読書感想】悲観する力 ☆☆☆☆

悲観する力 (幻冬舎新書)

悲観する力 (幻冬舎新書)


Kindle版もあります。

悲観する力 (幻冬舎新書)

悲観する力 (幻冬舎新書)

内容(「BOOK」データベースより)
悲観とは「物事は予測や予定どおりには運ばない」と考えること。本書で伝えたいのは、この「思わぬこと」に対する考察の重要性だ。重大な過ちを繰り返すことへの歯止めは悲観することしかない。「機械は必ず壊れる」「人間は必ず誤操作する」という工学の設計には当たり前のフェールセーフの思想が、人間の心理や感情には決定的に不足している。エラーの想定が不充分なのだ。もちろん単なる心配や諦めは悲観ではない。「これでは駄目かもしれない」と思ったら次にどう対策するのか。豊かな社会ゆえの楽観を排し、有効な悲観の技術を伝授する。


 「悲観的になりすぎだよ」と言われがちな僕には、比較的スムースに読めたのと同時に、「自分では『悲観的』だと思っているけれど、実際は『不安感』にとらわれているだけの場合も多々あるなあ」と痛感しました。

 本書に書かれている内容は、かつては常識的なことであり、誰もが知っている当たり前の考え方、人間の生き方だったのではないか、と僕は考えている。特に、社会が総じて貧しく、いつまで生きられるか、と怯えるような時代にはそうだったはずだ。
 ところが、近年になって、日本の社会は平和で豊かになった。たとえば、「子供は褒めて育てよう」という気運が広がり、また、子供の面倒を見る周囲の大人が相対的に大勢になったためか、手取り足取り子供を大事に扱うようになっている。大人が「子供応援団」になったかのようだ。「子供の才能を潰してはいけない」と叫ばれ、自由にさせる。好きなことをやらせる。かつては、「馬鹿なことしてないで、真面目に勉強しなさい」と叱られたような対象、スポーツ、アートなどの分野に対しても、「好きなものをやりとげなさい」と後押しする。子供の周りには、自分のやることを全肯定してくれるファンが集まっている。このような環境で育てば、「楽観」がその人の基本になるのも頷ける。
 もちろん、それで才能を伸ばし、成功する人はいる。素晴らしいことだ。社会が豊かになったから、こういった子育てができるし、いつまでも挑戦し続ける人生を支えることもできるだろう。ただ、大勢の人は、どこかで挫折をするはずだ。社会では、叱られることもある。酷いときは精神的なダメージを受ける。残念ながら、楽観ばかりでは生きていけないことは自明だろう。
 褒められ、応援されて育った現代の若者の多くは、「悲観」という考え方を頭から否定する価値観を持っているようだ。悲観的に考えてはいけない、と信じきっている。ある意味で、「楽観」に取り
憑かれている状態だといえる。
 本書には、その支配から解放されるヒントが書かれている、と思ってもらって良い。


 森先生は、このあと、「本書の記述はかなり抽象的だから、それぞれの状況にあわせて、自分で解決策を模索してもらいたい」と書いておられます。
 具体的にあれをやれ、これをやれ、と書かれていないと、「じゃあ、どうすれば良いんだよ?」と思われがちなのですが、わかりやすいことは、応用がきかなかったり、「考え方を変えましょう」みたいな、それができれば苦労しないよ、って話ばっかりだったりするものです。
 何事も、まずは考え方を変えなければどうしようもない、というところは、確かにあるんですけどね。


 この本を読んでいると、森先生の生き方というのは、僕がこれまでやってきたことの反対なのだな、と思うのです。

 実は、僕の父が大変な心配性だった。家族旅行のとき、切符を買った列車の発車時刻より1時間もまえにプラットフォームに到着する、途中でどんなアクシデントがあっても遅れないようにする人だった。建築関係の商売をしていたが、手堅さが評判になったのだろう、そこそこの成功を収めた。ただ、借金を一切しない、無理な投資もしないので、会社を大きくすることはできなかったようだ。
「世の中、何があるかわからない。どんな場合にも生きていけるように、普段から準備をしておきなさい」と言われた。「無理をするな」「一所懸命頑張るな」という教えもあった。
 僕は、人よりも心配性だろうと思う。たとえば、時間には厳格で、約束に遅れたことは一度もない。いつも、早めに行動を起こす。父ほどではないが、周囲から「ちょっと早すぎるのではないか」と言われることもしばしばである。
 でも、早めに行動することで生まれる余裕というものを、僕はとても大事にしている。まるで時間を捻出したようで得をした気分になれるのだ。


 僕はこれとは逆に、旅先での電車や飛行機の待ち時間とか、人との待ち合わせの前に、少しでも「余裕がある」と感じてしまうと、そこに何か予定を入れたくなってしまって、何度も失敗しつづけてきたんですよね。僕の「間違った完璧主義」の発露だと自分でも思うのですが、なかなか改善することができないのです。
 ちょっと時間をうまく使った気分になれることよりも、約束の時間に遅れて信用を失うリスクのほうが、ずっと大きいはずなのに。
 
 ただ、これを読んでいると、森先生は、几帳面で、リスクを避ける意識が強かったお父さんに対して、親しみと同時に、「会社を大きくする経営者にはなれなかった」という評価もしているのです。
 森先生が、研究者から作家という、個人事業主として生きる道を選んできたのは、お父さんの生き方や自分の性格を鑑みて、思うところがあったのかもしれません。
 大学勤めには、それなりの「社交」が必要とされるとしても。

 僕は会社経営者が書いた本もかなり読んできたのですが、大きく会社を発展させたり、一代で大企業をつくりあげた人には、ある種の「山師」というか、「自分のひらめきに基づいて、考えこむ前に(あるいは、思いつくとすぐに)動いてしまう」というタイプの人が多いように感じます。
 結局のところ、こういうタイプの人は、ひとりが大成功している陰で、大失敗した人たちの死屍累々、という世界なのでしょうけど、運とか根拠に乏しい楽観、みたいなもので成功する人もいるんですよね。
 再現性に乏しいので、他者におすすめはできないけれど。
 それに、彼らは、考えていないようで、長年の経験や思考から、成功への近道を瞬時にあぶりだす「大局観」を持っている可能性もあります。

 僕が見るかぎり、「仕事が好きだ」「情熱をもって取り組んでいる」と言う人ほど、全然仕事をしない。なにか気に入らないことがあるのだろうか。仕事が好きだから、少しでも嫌いな要素が見つかると、途端にやりたくなくなるのかもしれない。情熱なんてものも冷めてしまうから、そうなったときにスランプになるのだろう。
 真面目にこつこつと仕事を進める人は、ただ黙々と焦らず作業を続ける。長く休まないし、人に仕事のことを話したりしない。機械に向かって加工をしている人や、工芸品などを手作りしている人がだいたいそうだ。職人と呼ばれるような職種の人たちである。おそらく、「仕事が楽しい」と口にする必要がないからだろう。楽しいかどうかなど、仕事には無関係なのだ。
 自分のした仕事を褒められるのも、大して嬉しいとは感じないらしい。これは、大工さんから聞いた話だ。お客さんから褒められると愛想良く返事をしておくが、素人に仕事の善し悪しがわかるはずがない、と考えているそうだ。大工というのは、親方(工務店の社長さんなど)から依頼されて仕事をしている。賃金をもらうのも親方からである。つまり、お客さんである施主(家を建てる人)は、直接の客ではない。これは、工芸品を作る職人の場合も同様で、彼らが作ったものを買うのは、消費者ではなく、問屋あるいは専門店だ。だから、そういった玄人から褒められれば嬉しい。それに、褒められるとは、賃金が上がる、高く売れる、ということに直結する。これが道理である。
 感情を利用して仕事の効率を上げることは、一時的にはできても、維持することが難しい、ということをプロは知っている。それは、人間の感情がころころと変わりやすいからであり、そういったものを仕事に持ち込むことは、トータルではマイナスになるとの考え方である。
 子供には、勉強に対して「やる気」を出すように指導しているが、やる気を出すことは、勉強をすること以上に難しい。やる気を出すよりも、勉強をした方が簡単だ。大人は、そんな無理強いをしていることに気づいているだろうか。


 勉強しよう、という「やる気」を出させるよりも、「嫌だけど勉強した方が良いな」と納得させるか、強引にでも習慣化してしまうほうが簡単だし、長続きする可能性が高い、ということなんですね。
 「好きなことを仕事にしなさい」という人は多いけれど、正直、「好き」って、いつまで続くかわからないところはありますよね。
 飽きたり、何かのきっかけで(あるいは、なんとなく)嫌いになったり、やりたくなくなったりすることは少なくありません。
 そう考えると「好きなことを仕事にする」というのは、けっこう危うい発想であるように感じます。
 「仕事が楽しければいいなあ」って、僕もよく思うのだけど。
 そういえば、学生時代の実習の際に、「患者さんの評判が良い医者よりも、同業者に評価される医者になりなさい」と言っていた指導医がいたなあ、と、これを読みながら思い出していました ただ、医者の場合は、医者を選び、お金を出してくれるのは患者さんなので、同じとはいかないのだとしても。
 その先生は、愛想のよさや口の上手さで仕事の質の低さを誤魔化すことを戒めていたのではなかろうか。


 「悲観する力」というか、「間違ったポジティブ思考にとらわれてしまうと、人生を浪費してしまうよ」ということが、丁寧に書かれている本だと思います。
 悲観をベースにした危機管理を行った上で、「ここまでやったのだから、あとはもう自分の力でできることはない」と、楽観的に生きる。
 まともに危機管理もしないまま、「何か起こったらどうしよう」と不安にとらわれてしまいがちな僕には、身に沁みました。


fujipon.hatenadiary.com

作家の収支 (幻冬舎新書)

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