琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

「コメント論」とブログの方向性

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20060115%23p2

 1月15日分の「こんなコメントは、もう要らない!」に関しては、正直、書いている本人ですら、こういう話はもうみんな耳にタコができまくっているだろうと思っていたのだが、けっこう反響があって驚いている。まあ、「何言ってやがんだ!」というリアクションがけっこう多いし、はてなブックマークでの評判もあまりよろしくはない。
 僕もあれを書いたあと少し反省をしていて、あんなふうに異物を排除するような内容を書いてしまうと、どんどん間口は狭くなっていく一方だよなあ、と考えている。本来、考え込む必要なんてないような人に、不快感を与えてしまったようでもある。
 それこそ、このブックマークのコメントにlstyさんが書かれているように、【そんな「都合の良いコメント」しかもらえないようでは、ブログは「自分の範囲内」の物になってしまう。そこから広がらない。】のだ。そして、僕があらためて感じたのは、この世界には、「同じブログでも、それを書いている人間の意識というのは、全然違うものなのだな」ということだった。「ブログの魅力」とかを紹介する本とかサイトでは、よく「ブログの魅力はコミュニケーションである」「自分の世界を広げることができる」と書いてあるし、僕もそれは否定しない。ただ、その「どういうコミュニケーションを求めるか?」に関しては、かなりの個人差があるのだろうと思う。
 僕はこの「琥珀色の戯言」は、「自分の範囲内のもの」にしておきたい、といつも思っているし、「ここで誰かと議論をして、お互いに高めあいたい」なんてサラサラ考えてはいない。基本的にここは「文通相手募集!」みたいなもので、「本かゲームか競馬かネットに興味がある人で、僕と気が合いそうな人」を探すための場所なのだ。もちろんある物事に関する見解の相違がある場合、そこで意見交換をすることはあるけれど、僕はそのことによって、「結論を出したい」なんて思っていない。というか、ネットでの議論というものは、お互いに匿名性を持ってやる以上、発言に「厳密な意味での責任」はないのだし、僕はその匿名性を捨てる気がないのだから。
 要するに、「広げたい」なんて全然思ってないのですよ僕の場合は。むしろ、「ここに僕のスペースがあるので、興味のある人は覗いていってくれたら嬉しい。不快になってしまった人は申し訳ないけどスルーしてね」というスタンス。
 たぶん、そういうのって、「ブログで何かを生み出したい人」にとっては、「閉鎖主義的」に感じられるのだろうと思う。でも僕はその「広げたい」人の主張を否定することはないかわりに、こういう立ち位置があるのだ、ということも認めていただきたいのだ。
 たとえば、野球をやる人間にも、最高レベルのプロ野球を目指さなければ、野球をやっている意味がない、と考えている人もいるだろうし、その一方で、「仲間を汗を流して、美味しいビールが飲めればいいや」と考えている人間もいるように。
 僕は、ブログで「成長」しなくたっていいんですよ別に。むしろ気楽にやりたい。「自分を高める」のはリアルだけでたくさんで、ここは僕にとっての休憩所なのです。にもかかわらず、「ゲーム好きの人、ゲームについて語りましょう!」と文通コーナーに書いているのに「ゲームなんてやっているヤツはバカだ、悔しかったら『論理的に』反論してみろ!」なんて人から手紙が送られてくるというのは、やっぱり悲しい。というか、あまりにも不毛だ。
 「広げたい人」は、どうぞ、がんばって広げてください。でも、僕は付き合う気はないので、よろしく御配慮くださいませ。

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