琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

ジダンのレッドカード

http://www.sankei.co.jp/news/060710/spo039.htm

テレビのあのシーンを観たときには、一瞬時間が止まったような気がしました。
「えっ?何いまの? 頭突きって……ジダンが下を向いていたときにマテラッツィが歩いてきていて、顔を上げたときに、偶然接触しただけだよね……」
もう一度、VTRが流れたのですが、どうみてもあれは「偶発事故」には見えず、ジダンには「非スポーツマン的行為」としてレッドカードが。いや、もしあれがジダンじゃなくて、ワールドカップの決勝戦じゃなかったら、誰がどうみても一発レッドカードでしかありえないシーンだったのですが、審判団すら、レッドカードを出すのをためらっていたように僕には見えました。そりゃあね、あの場面でジダンにレッドカードを出すということの「意味」は、審判だって考えるよね絶対。
それからの延長後半は、なんだか罵声だか歓声だかわからないような騒然とした空気に包まれ、結局PK戦でイタリア勝利。うーん。

あの「ジダンの頭突きとレッドカード」は、僕を最低の気分にしてくれました。
いや、フランスを、ジダンを応援していたというのはもちろんなのだけれど、不世出の名プレイヤーの引退試合となるはずだった試合が、まさかこんなことになるなんて。ジダンはまさに「自分の輝かしいキャリアに泥を塗ってしまった」としか言いようがありません。予選突破すらギリギリだったフランスをここまで引っ張ってきたカリスマ性と決定力。もしこの決勝戦で、普通にフランスがイタリアに負けたとしても、ジダンは”GOOD LOSER”として、語り継がれるはずでした。まあ、8年前には1回優勝してますしね。でも、さすがにこれはありえない、というか、こんなのは見たくなかった。
各地で「ジダンの暴力行為の原因」が取りざたされていて、あのシーンの前に、マテラッツィジダンに何を言ったのか?が、いろいろ想像されています。あるいは、人種差別的な発言だったのではないか、とか、家族の悪口だったのではないか、とか。
でも、僕にはわからない。どんな酷い言葉を投げつけられたとしても、ジダンは、あんなことをするべきではなかった。そしてそれは、ジダンにだって、わかっていたはずなのに。試合はあと10分しかなかったけれど、フランスは互角以上に戦っていたし、ジダンがいれば、勝てたかもしれない。ジダンの「オーラ」があれば、PK戦になっても、全く逆の結果だったかもしれない。
しかし、考えようによっては、ジダンは、最後の最後まで、「これは引退試合なんだ」という感傷には浸っていなかった、ということも事実です。そんなセンチメンタルな気分になっていては試合に勝てないし、最後の最後まで「1サッカー選手としてベストを尽す」という気持ちではいたのだと思います。「綺麗に辞める」という意識が先行していたら、いくらなんでもあの場面で頭突きはなかっただろうから。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8C%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%80%E3%83%B3
↑に書かれているように、世間のイメージよりも、ジダンというのは「キレやすい」選手なのです。
日頃は謙虚な立ち居振る舞いなので、なおさら、その「キレやすさ」は印象的。
むしろ「相手選手へのヘディング」は、ジダンの得意技のひとつですらあるようです。

僕も「おとなしそうに見える(と自分では思い込んでいる)けれども、本当はキレやすい人間」のひとりとして、あのジダンの退場劇を見て、「人格者であること」を強要されるというのは、すごいプレッシャーなのだろうな、と思いました。日頃からいろんなことを「英雄」として溜め込んでいたものが、あの場面で爆発してしまったのだとしたら、僕はその「人間・ジダン」に同情してしまいます。マテラッツィが言ったことは、たぶんたいしたことじゃなかったような気がするし、どんな人種差別発言も、「あの場面で頭突きをすること」が引き起こすであろうデメリットに比べたら「耐えられないことはなかった」はずです。でも、ジダンは「あと10分」耐えることができなかった……
たぶん、原因はマテラッツィの言葉だけではありません。それは、ジダンの中にドロドロと流れ続けていたマグマが噴き出すためのトリガーでしかなかったのです。そして今は、そんなくだらないことで感情を露わにしてしまった自分のことを、ジダンは、ものすごく恥じていると思います。でも、時計の針は、元には戻らない。僕は、そんなふうに「英雄」の心のなかに溜め込まれていたマグマに、ものすごく心惹かれるし、それを抑えることができなかったジダンに、申し訳ないけれど親近感を抱いています。愚の骨頂のような行為なのだけれど、逆に、あまりにバカバカしすぎて、あの場面であんなことをやってしまうジダンは、やっぱり「人間」なのだと思わざるをえない。そして、ルーニーとかベッカムだったら、「バーカ!」と嘲笑されて終わるような退場の「意味」をみんなが深読みしてしまうくらい、ジダンというのは、偉大な選手だったのでしょう。

しかし、「サッカーは国と国との戦争」なんて物騒なことを言う評論家に僕は辟易しているのだけれども、今日の試合を見ていて、正直「スポーツマンシップなんて、建前だよな、所詮」と感じました。モラルを語れるのは、勝者だけだ。

2006年7月9日、ドイツでまたひとり、神が死んだ。

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