琥珀色の戯言

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「なでしこJAPAN」とお金の話

僕も月曜の早朝から、サッカー女子ワールドカップの決勝戦を観ていました。
いやほんと素晴らしい試合だった。
日本代表がPKで勝った瞬間には、あの時間にもかかわらず、ガッツポーズとかしちゃいましたしね。おかげで妻にはあとでさんざん怒られましたけど。


この「快挙」の裏側で、女子日本代表について、いくつかの「現実」が明かされていきました。
予選リーグで敗れていれば、全く話題にならなかったのかもしれませんが、具体的には、こんな話です。


なでしこ、バイト生活から卒業か W杯快進撃でボーナス増額検討 - SankeiBiz(サンケイビズ)


低収入…生活苦しい選手も/なでしこ - サッカー日本代表ニュース : nikkansports.com


日本のエース、澤選手でも、年俸360万円!
これって、日本のプロ野球(男子)では高卒ルーキーと同じくらいの年俸です。
その他の選手の待遇は、推して知るべし。
『なでしこJAPAN』が話題になりはじめてからは、会社員として働きながら、仕事を終えて夜に練習する選手たちの姿が、何度も採り上げられました。
ある選手は、会社で仕事をしてから練習に行くとき、必ず一度家に寄って着替えてから練習に行くそうなのですが、取材者に「まっすぐ練習に行ったほうが、時間の節約になるんじゃないですか?」と問われて、「日本代表に選ばれるようなアスリートとして、制服のまま練習場に行くのは、プライドが許さない」と話していたのが印象的でした。


まあ、少なくとも、彼女たちは、その世界でのポジションに比べれば、十分な報酬を得ているとは言いがたいでしょう。
今回、MVPを獲得した澤選手だって、年俸360万円という「夢のない金額」しかもらっていないのですから。


しかし、そう考えてみると、女子である程度「稼げる」スポーツというのは、ゴルフと、一部のトップ選手のアイススケート、マラソンくらいのものなんですけどね。


今回の、ワールドカップ制覇の直後、twitterでは、彼女たちがエコノミークラスで移動していること、そして、収入が低く、練習に集中できる環境にないことに関する批判の声がけっこう多くありました。


でも、その原因は、「お金を出さないスポンサー」や「日本政府」にではなく、「女子サッカーになかなか興味を示さず、『優勝』が見えたときにだけ、大声援をおくる一般的な日本人」にあるのだと僕は思います。
試合終了後の選手や監督のインタビューは、男子であれば、後ろにスポンサーの名前がたくさん書かれた壁の前で行われます。
しかしながら、今回の女子ワールドカップでは、付け焼き刃でつくられたような、スポンサーのステッカーが貼られていただけのアクリル板の前で、インタビューが行われていたのです。


このことがすでに、スポンサーの「サッカー女子ワールドカップへの熱意」を示していると考えざるをえないでしょう。
女子サッカーは、男子に比べると、圧倒的に「金にならない」。


女子サッカー代表が、エコノミークラスで移動しなければならないのは、協会やスポンサーが彼女たちに冷たいからではなく、僕や、あなたや、大部分のマスメディアが、彼女たちの日頃の試合に、まったく興味を持たないからです。
協会だって、無い袖は触れないし、スポンサーだって、誰も興味を持ってくれないような競技の選手たちを「支援」するのは、コストパフォーマンスがあまりに悪すぎます。
スポンサーにとって「見返りがない」から、選手たちを支援しようにも、使えるお金がないのです。
そもそも、いまは、バブルのときのように、「お金は使った分だけ入ってくる時代」じゃないですしね。


この「なでしこJAPANフィーバー」に対して、陸上の為末大選手と、乙武洋匡さんが、twitterで、こんな対話をされています。ぜひ読んでみてください。

Togetter - 「なでしこ優勝の裏側で…」


僕も、「なでしこJAPAN」の選手たちは、「お金のため」にトレーニングをして、ワールドカップで最後まで走りぬいたのではないと思うのです。
普通に考えれば、「お金のため」にいま、日本で女性がサッカーをやるというのは、あまりにも割に合わないギャンブルだから。


でも、こうして、「世界一」になってみると、彼女たちのこれまでの待遇が、あまりに理不尽にも思えてくるのです。
それこそ、澤選手は、年俸1億円でも安いくらいではないか、と。


しかしながら、このワールドカップでの喧噪は、永続するものではありません。
近いところでは、北京オリンピックで金メダルに輝いた、女子ソフトボール代表チームを思い出してください。
野投手をはじめとする代表選手たちの活躍に、多くの日本国民は、「彼女たちの待遇改善を!」と叫んでいましたが、あれから3年経って、何か変わったでしょうか?

結局のところ、野球や男子サッカー、ゴルフみたいに、「毎週コンスタントに開催され、テレビ中継されているスポーツ」との格差は、縮まることはありませんでした。


こういう「劣悪な競技環境」(とはいっても、サッカーの場合は、アイススケートなどに比べれば、競技そのものにそんなにお金がかかるわけではない、というマシな面もあるわけです)でトレーニングしているからこそ、多くの日本国民は、彼女たちに「好感」を抱くことができるのも事実です。
以前、バスケットボールのアメリカ代表に、NBAのスター選手たちを集めた「ドリームチーム」が結成されたことがありましたが、彼らがオリンピックで敗れたときのアメリカでのバッシングは、かなり凄まじいものでした。
「お抱えのコックを雇い、スイートルームに宿泊するスター選手たちを集めたのに、なんでオリンピックの準決勝で負けたんだ?」と。
スポーツの世界に「絶対」はありませんが、彼らは、「勝ってあたりまえ」だと思われていたのです。
あれだけのお金をもらっているのだから。
彼らの敗退に、溜飲を下げたアメリカ人も、少なからずいたはず。


「なでしこJAPAN」が日本中、いや、世界中から好意的に迎えられた理由のひとつは、彼女たちが「劣悪な待遇・環境のなかで、結果を残した」からです。
もし、高額年俸をもらって、競技に専念しているプロ集団であれば、世間の論調は、少し違ったものになっていたでしょう。

僕は、彼女たちの「成果と報酬」について考えていて、先日ご紹介した、このサンデル教授と学生たちの対話を思い出しました。

サンデル教授:ここで皆に考えてもらいたいことがある。
 危険な任務に立ち向かう人々は、何を基準に選ばれるべきなのだろうか? コミュニティ全体のために危険な任務を引き受けようとする人なのだから、そうした仕事にはボランティア、すなわち志願をした人だけが割り当てられるべきなのか?
 それともある特定の人々が義務を担っているのだろうか? 例えば原子力発電所に勤める人や、消防あるいは自衛隊で働く人たちに。
 あるいはその人物に家族があるかないかということを考慮すべきなのだろうか? そして年齢というのは、何かの基準になるのだろうか? 奨励金や高い賃金といった経済的な動機づけは必要だろうか? この命がけの作業のために日当40万円を提示された人もいるという記事を目にしたこともある。

この質問に対して、各国から、さまざなま反応がありました。
「やはり志願制であるべきだ」という主張があるのですが、そのなかでも、「高額な報酬は当然」という意見と、「報酬が高くなると、経済的な理由で志願する人が出てくるから、フェアではない」という意見と。

中国のヤンさんは、こんなふうに発言しています。

 まず、任務につく人はやはり志願制であるべきだと思います。そして特定の任務を果たせる技術を持っていること。原発での作業であれば、もちろん原発を理解している人でないといけません。そうした人の中でも、自ら進んで、国全体を助けたいという気持ちを持った人でなければなりません。

(中略)

 金銭的なサポートは必ず必要だと思います。とても危険な作業に挑むわけですから、やはり政府や社会が、その人の家族の将来について、経済的な保障をするべきです。そうすることで、安心して任務に就けると思います。

それに対して、ボストン(アメリカ)のハーリーンさんは、こんな意見を述べています。

 上海の方が言っていた特別な報酬についてですが、私は賢明な選択ではないと思います。なぜなら、危険な任務に就く人々、例えばアメリカ軍の兵士を例に取ると、あくまでも国への忠誠心からその仕事に就くべきであって、報酬を厚くすると、経済的な必要性に迫られて志願する人が出てくるかもしれません。それではフェアと言えないと思うのです。もし自発的に志願する人だけで足りないのならば、国民すべてに義務づけるべきです。特殊な技術が必要な場合は、そうした技術を持つ人すべてを対象にすべきです。報酬という要素を持ち込むのは、不公正を招くと思います。

この「フェアかフェアじゃないか」という考え方は、ものすごくアメリカ的だなあ、と思いました。
「報酬を高くすると、経済的な理由で『志願せざるをえない』人が出てくるはず」だから、それは「フェアじゃない」。
しかし、「その技能を持っている」からといって、安い報酬で、そんな危険な任務に志願する人がそんなにいるのかどうか?

その一方で、日本では、安い報酬で「命がけの作業」に従事しているからこそ、その人は「ヒーロー」「ヒロイン」として称賛される、という面もあるのです。
高額報酬が約束されていれば、多くの国民は、ある意味「安心」というか、「まあ、ちゃんとリスクに見合った報酬は出しているからね」と、作業員に感謝する気持ちは薄れるでしょう。
「お金」とくに「多額のお金」が介在することによって、人々は「後ろめたさ」から解放される。
 でも、それは「フェア」じゃないと言われれば、その通りです。
 実際、多くの日本人が、安い報酬で、「日本のため」に、危険な地域での作業を続けています。
 「誰が行くべきか」を真剣に議論しないまま、危険な作業に駆り出されずにすんでいるというのは、僕にとってはすごく幸運なことなんですよね。


東電の責任なんだから、東電がやるのが当たり前」だという人もいるでしょう。
 しかしながら、個々の作業員には、必ずしも「事故が自分の責任」だという実感はないはずだし、嫌なら会社をやめてでも任務を拒否する、ということだって不可能ではありません。
 危険な作業をしに行くのに「お前らがやるのが当たり前だろ!」と言われて行くのと、「日本のため、みんなのために行ってくれてありがとう!」と感謝されながら出発するのとでは、だいぶモチベーションも違うのではないでしょうか。

 ところが、志願して危険な場所に行ってくれている人たちに、前者のような「お前たちがやるのが当然」という態度をとっている人が多いのには驚かされます。
 いや、僕だったら、もし自分が東電の末端の社員だったら、巨大な「同調圧力」におされたとしても、危険な現場に行くことに素直に納得できたかどうかは疑わしい。

日本人のミオさんは、こんなふうに答えています。

 本当にそれが志願制であるのか、それが本当の自由な意思に基づいていると言えるのかどうか、疑問に思います。経済的な状況など、様々な個人的な立場もありますし、そのような状況の仕事を受け入れざるをえないような立場にいる人もいると思うので、必ずしもそれが完全に自由な選択だとは言い切れないと思います。
 本来ならば、私たち全員が行かなければいけないと思います。なぜならば、私たちは東京電力の電力を使うこと、東京電力にお金を払っていることによって、東京電力そして原発を支持していたからです。私たちが支持していたものが問題を生じさせたのだから、私たち全員が原発の対処にあたらなければならないと思います。

ああ、大学生らしい立派な意見だなあ、じゃあ、ミオさん先に行ってください!
……とか考えてしまうのは、僕が薄汚れたオトナになってしまったから、なのでしょうか。

サンデル教授は、こんなふうに問い掛けています。

 この問題には、様々な角度から考えなければならない要素があると思います。例えば、家族の有無を考えるべきなのか。金銭的な報酬があるべきなのか。年齢が選択に関係あるのか。

実際には、東電の社員たちは、信じられないほど安い報酬でこの危険な作業にあたっており、東電のOBのなかには、志願してこの任務に加わっている人もいるのです。
「自分はもう高齢で、十分生きてきたから、若い人たちを危険にさらすより、自分が犠牲になるべきだ」と。

そういう人たちの「善意」があって、とりあえず、「徴兵制」は避けられているのです。
それは「美しいこと」だけれど、「正しいこと」かどうかは、僕にも結論が出せません。

もちろん、「なでしこJAPAN」の選手たちは、自発的にサッカーを続けてきており、「徴兵」されたわけではないのですが、高額の報酬をもらってしまった時点で、「フェア」じゃない、その競技への愛着を疑ってしまう、という感情は、アメリカ人だけではなくて、日本人のなかにも少なからず存在しています。
たぶん、「なでしこJAPAN」の選手たちには、それなりの「見返り」が与えられてしかるべきだと、大部分の日本人が思っているはずです。
でも、もし彼女たちが、ひとりあたり1億円の報奨金をもらったら、みんな、「勝ってお金持ちになってよかったね」と口にしながらも、「共感」の気持ちは薄れてしまうはずです。
あるいは「金のために勝ったのか!」と言う人だって、出てくるのではないかと思います。
もちろん、最初に述べたように「金のために闘うには、あまりにも割に合わない競技」なのですけど。


「正当な報酬」を決めるのは、本当に難しいことですよね。
彼女たちは「日本を元気づけてくれた」けれど、「優勝したことによる報償金を、被災地に寄付するという美談までを期待している日本人」は、けっして少なくないはず。


「偉大な仕事」に対して、報酬を求めるのは、悪いことなのか?
「悪い」とまではいわれなくても、報酬が与えられれば、その偉業が「金のため」だと認識されてもかまわないのか?
 
 今回の「なでしこJAPAN」の快挙は、「報酬の多寡で、その成果への評価を変えるのが妥当なのか?」について、考えるきっかけになるはずです。
 「お金なんて関係ない」と口にする人が評価されることによって、いろんな場所での「稼がないと生きて行けない人」がプレッシャーをかけられ、「みんながダンピングされてしまう」という結果につながっているように、僕には思われるのですけどね。

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