琥珀色の戯言

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人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか ☆☆☆


内容紹介
スペイン・バスク地方にある人口一八万人の小さな街、サン・セバスチャン
いま、ここは世界中から美味しいものを求めて人が集まる「美食世界一の街」として知られる。
かつては高級保養地として知られたが、世界遺産などの観光資源もとくになかったため、この地を訪れる観光客は低迷していた。
そんな街がなぜ、たった10年ほどで変われたのか。


その背景には、美食を売りに出す徹底した地域戦略があった。
サン・セバスチャンでは、あたかもシリコンバレーがIT産業に特化したように、料理を知的産業として売り出そうとしているのだ。
製造業だけでは限界にきている日本の活路は観光業にある。
そうしたなかで、世界を旅する高城剛が、いまもっとも注目する街が、ここサン・セバスチャンである。
日本が観光立国となるために、サン・セバスチャンに学ぶことが多くあるはずだ。


僕は「観光業」って、まあ、国にとっては大事ではあるけれど、収入面では他の基盤となるような産業に加えての「ボーナス」みたいなものだと思っていたのですが、これからは、そうも言っていられないようです。

 21世紀における最大の産業は「観光産業」です。自動車産業でも航空宇宙産業でもありません。雇用の面でも売り上げの点でも、観光産業に匹敵する産業は見当たりません。
 UNWTO世界観光機関)によると、1993年の時点で、すでにその規模は自動車産業を抜いています。さらに今後、BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)などの国々で新たに誕生しつつある中間所得層が続々と海外旅行に出かけることが予測され、現在8億人の国際交流人口が2020年には倍の16億人に増加すると言われています。

この新書によると、世界有数の観光先進国となったスペインに訪れる外国人の数は、フランス、アメリカについで、世界第三位なのだそうです。2001年の時点の統計で、スペンを訪れた外国人観光客は4800万人。国の人口の4000万人を大きく上回っており、現在も伸びているのだとか。
「毎日がお祭りのような観光客の数」といったところでしょうか。


長い間景気が低迷している日本なのですが、多くの歴史的な建造物や日本食、アニメなどの独自の文化を持っており、世界的な認知度も高いにもかかわらず、観光面ではかなり「遅れをとっている」ようです。

 一方、2010年4月に米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが発表した数字によれば、日本を含むアジア・太平洋地域トップの観光産業国は、GDPの14%を占めるカンボジアです。2位は9.5%のマレーシアと香港、4位以下は、タイ(8.4%)、シンガポール(5.8%)、ラオス(5.3%)、ニュージーランド(4.0%)、フィリピン(3.0%)、インドネシア(1.6%)、韓国(1.4%)と続きますが、日本はわずか0.3%しかありません。
 この数字は日本が、21世紀最大の産業である観光産業にいかに本気で取り組んでいないかの証であり、また、外交を含む国際コミュニケーションが下手であることの現れでもあると感じます。

まあ、日本だけでなく、中国もランクインしていませんし、GDPの額が小さいほど、観光依存型になりやすいというのもあるんですけどね。
それにしても、日本は(原発事故の風評でちょっと難しくなってしまったかもしれませんが)、まだまだ世界から観光客を呼べる国ではあると思われます。


この新書、サン・セバスチャンの話だけではなく、「現在の世界の美食情勢」についても勉強になりました。
いまの料理の世界の新しい流れとして、「科学的に素材や味を分析して、新しいメニューを創造する『分子料理』」というのがあるんですね。
凝固剤を使って、肉や野菜などあらゆるものを変形させて好きな形にしたり、安定剤やゲル化剤、増粘剤等を使用して、新しい「食感」を生み出したり。また、フランスで開発された「真空調理」なんていう技法もあるそうです。
和食がメインの僕としては、「本当に美味しいのそれ……」と、ちょっと思ってしまうのですけど。


そして、ヨーロッパ各国では、LCC(ローコストキャリア:格安航空会社)の就航によって、本当に「週末にちょっとスペインまで美味しいものを食べに行く」ことが可能になっているんですね。


高城さんは、この新書のなかで、「ゆるキャラ」や「日本の歴史上の有名人」などをアテにしている日本の観光への姿勢に、しきりに嘆息されています。
たしかに「ゆるキャラ」や「坂本龍馬」では、日本国内はさておき、海外へのアピールにはならないでしょう。


それに対して、このサン・セバスチャンが観光資源として打ち出してきたのが「料理」だったのです。
これは確かに、世界中にアピールできる「武器」です。
でも、なぜこの「わずか人口18万人のスペインの地方都市」が、「世界的な美食の街」になれたのか?

 いまから30年前、まるでフランス文化やヌーベル・キュイジーヌカウンターカルチャーのように、アルサックを中心としたサン・セバスチャンの料理人がはじめた画期的なことは、皆で教えあう、ということです。
 いままで料理業界は、いや、いまでも料理業界の多くは、完全なる徒弟制度で何年も皿洗いや店の掃除をしながら、「親方の技をそばで盗む」ことが、基本になっていました。これは、日本料理でもそうですが、フランス料理でも同じ仕組みです。
 しかし、この方法では、新しい料理を追求しようにも、まず伝統的な味を覚えるのに何十年もかかり、いつまでたっても挑戦的な試みができません。また、この徒弟制度は、あたらしい試みそのものに否定的でもあります。
 そこで、アルサックを中心としたサン・セバスチャンの料理人たちは、自分の技やどこかで習得した技、あたらしい技をお互い教えあうことからはじめました。
 これだと、同じ仲間のレベルがいっせいに上がるだけではなく、あたらしい料理界の変化に大勢で取り組むので、お互いの理解度が高まります。さらに、極端な徒弟制度のようなものがありませんから、この世界に入った若い料理人でも、とても楽しく料理をすることを覚えます。
 ここに、サン・セバスチャンのレストランのクオリティが急速に上がった最大の秘密があります。


僕が驚いたのは、サン・セバスチャンで料理を観光資源にするにあたって、それぞれのレストランが「情報の共有化」をしているということでした。
海外の事情は知らないのですが、少なくとも日本では、「この店でしか食べられない」「門外不出の味」を守るのが「老舗」であり、その秘伝のレシピを公開するなどということは、まずありえません。
ところが、サン・セバスチャンでは、ひとつの「美味しい店」だけが栄えればいいという発想ではなく、「ここに来れば美味しいものがたくさん食べられる街」をつくって、観光客の全体数を増やして、みんなで共存共栄しよう、と考えたのです。
これって、簡単そうに思えるけど、なかなかできることじゃありません。
だからこそ、サン・セバスチャンは、世界に冠たる「美食の街」になれたのです。


著者は、国内でも各地域で切磋琢磨しているスペインと比較して、日本の観光産業の問題点を指摘しています。

 日本では、しっかりした旅行ガイドが皆無に等しく、雑誌サイズで派手な色使いをして、値段も安く目を引きますが、中身はタイアップ記事のようなモノが多く、また、記事先は広告主になる可能性もあるので、格付けすることはありません。
 このようなトラベル・ジャーナリズムがない現状の日本の人たちが、海外からのゲストを呼び、満足してもらいたいと考えるのには、少し無理があります。まずは国内でトラベル・ジャーナリズムを育て、しっかりと良い場所、良いホテル、良いレストランを厳しく評価する必要があるでしょう。
 このような格付けがない結果、日本の観光産業界はメディアも含め「なあなあ」で進む護送船団方式のようにすべてがゆっくりと沈没に向かい、どこに行っても、センスのない土産物やさびれた看板ばかりで、日本のほとんどの観光地は20年変わっていないのです。
 さらにひどいことに、各地方自治体が「ゆるキャラ」まで作って、ハッキリ言えば、あれは物笑いの種です。そんな観光ビジネスセンスで、海外からの観光客を現在の800万人から3000万人(来年2013年に1500万人)にすると言い張っているのですから、詐欺にも等しいと僕は思います。
 極度の円安にならない限り、現在の施策では難しいでしょう。

僕は「ゆるキャラ」、嫌いじゃないですし、いなくなったら、みうらじゅんさんが寂しがるだろうな、とは思うのですが、少なくとも外国の人が「ゆるキャラ」目当てで日本を訪れるとは考えにくいでしょうね。
もっとも、オタク文化に触れたくて外国人が日本にやってくるなんて、昔は想像もつかなかったことではあるのですけど。


たしかに、日本の「トラベルジャーナリズム」は「ステマだらけ」ですし、ガイドブックで大きく採りあげられている店に行ってみて「いかにも観光地という感じのぼったくり店」だったり、「マンツーマンで店員さんがマークしてくる店」だったりというのは、珍しくありません。
「内容よりも宣伝」という状況では、良質の観光産業が育つことはないですよね……


観光業にかぎらず、「余所と差別化して、お客さんを集めたいと考えている」人は、一度読んでみて損はしない本だと思います。
日本の観光業の問題点は、「日本社会の問題点」でもあるみたいですし。

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