琥珀色の戯言

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【読書感想】お客さん物語:飲食店の舞台裏と料理人の本音 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

「客商売」にドラマあり!
レストランは物語の宝庫だ。そこには様々な人々が集い、日夜濃厚なドラマを繰り広げている――。人気の南インド料理店「エリックサウス」総料理長が、楽しくも不思議なお客さんの生態や店の舞台裏を本音で綴り、サービスの本質を真摯に問う。また、レビューサイトの意外な活用術や「おひとり様」指南など、飲食店をより楽しむ方法も提案。食にまつわる心躍るエピソードが満載、人生の深遠を感じる「客商売」をめぐるドラマ!


 そういえば、僕は三谷幸喜さん脚本の『王様のレストラン』というテレビドラマが大好きだったなあ、と思いながら読みました。
 レストランで食事をする人にも、そこでサービスを提供する人たちにも、それぞれの理由やドラマがあるのです。
 
 著者は、南インド料理の店『エリックサウス』を経営しながら、文章も書く、京大卒の異色の料理人(+経営者)なのです。
 自身でさまざまな店の研究もされているようで(研究、というより、お客さんとしてはグルメブロガーみたいな感じです)、サービスを提供する側とされる側、その両側の視点で「飲食業」について書いておられます。

 
 『食べログ』をはじめとするレビューサイトは、著者は「まず低評価レビューから見る」ことが多いそうです。

 例えばフレンチ、イタリアン、スペイン料理といった欧風料理の店に関して言えば、そこに「しょっぱい」「油脂がくどい」「香草がキツい」(なので「食べられたもんじゃない」)といった低評価がいくつかあれば、僕は「これはアタリの店かもしれない」と判断します。塩気や油脂を控えて、誰にでも食べやすく、どこからも文句が出ない料理を作るのは、プロならそう難しいことではありません。なのにあえてそれに背を向けるということは、そうやってでも表現したい明確な何かがあるということでしょう。この場合であれば、おそらくクラシックでどっしりとした料理を目指していることが推測可能です。
 誰にでも食べやすい現代的な料理と、食べ手を選ぶクラシックな料理──もちろんどちらが上というわけでもありません。しかし概ね世間において後者の存在は貴重です。お店によっては、クラシックを標榜しつつも実際はメニューの中のごく一部だったり、現代的に食べやすくアレンジされていたりすることも少なくない。高評価のレビューだけ見ていると、それがどんなタイプのお店であっても区別なく、
「とにかく絶品です!」
「何を食べてもおいしい」「素材を生かした豪快かつ繊細な料理」
「内容に対しては安い」
 といった「何も説明していないに等しい」定型句が並んでいることのほうが多いようで……。
 だからこそ低評価レビューは貴重な情報源になり得るのです。


 そう分析しつつも、「お店の人」としては「たとえ10件の高評価があったとしても、1件の低評価があれば、高評価の嬉しさなんて全部吹っ飛んでしまう」とも仰っているのですけどね。
 ああ、僕が書いているブログでさえ、10の褒め言葉で舞い上がる気分よりも1件の罵声での落ち込みのほうがひどいものなあ。
 お店となれば、評判に生活がかかってもいるわけですし。

 著者は日本人の口に合うようにアレンジしていない、「本場と同じ南インド料理」を出し続けているそうです。
 本場の料理を食べてみてほしい、そしてそれを求める人たちが来てくれればいい。
 でも、店が評判になると、店のコンセプトとは合わないお客さんが来て、低評価レビューを書かれてしまう。
 ただ、客側からすると「この料理は本場そのものだが、自分には向いていない」というのと「不味い、食べられたものじゃない」を分別するのは、なかなか難しいものではあります。


 シンガポールの巨大ホテルの朝食ビュッフェで見た「興味深い光景」について。
 そのビュッフェには多民族国家シンガポールを象徴するように、さまざまな国の料理が並んでいたそうです。

 日本人観光客らしき人々も女性を中心に結構いました。彼女たちはインド料理コーナーこそ横目でスルーしがちでしたが、中華料理とシンガポール料理(と、謎和食)の数々を片っ端からほんのスプーン1杯ずつモザイク画のように皿に並べ、でもオムレツはやっぱり焼いてもらい、ソーセージも添えて、チャーハンも取っているのにパンも取って、もちろんサラダとフルーツも別皿で調達、意気揚々とそれらをテーブルに並べていました。

 しかし、です。冷静にあたりを見回すと、そんなことをしているのは日本人だけなんです。
 欧米人たちのチョイスはもっとずっとシンプルで、一点集中主義。山盛りのフルーツとサラダをメインに後はシリアルだけ、とか、ジュースとパンとコーヒーだけ、なんて人もいます。パンケーキを山と積み上げ、その横にオムレツやベーコンもたっぷり添えてメープルシロップをドバドバかけて、実にいい笑顔で頬張る巨漢男性もいました。
 中国人らしき人々は中華料理ばっかりです。隣接するシンガポール料理には中華ルーツ的なものも多いので、そこまでは越境しているようです。
 インド人はもはや当たり前のようにインド料理しか食べません。というか、インド人以外はそこに立ち寄ろうともしません。店内にはベジタリアンと思しき欧米人もいましたが、インド料理コーナーにはこれほどまでに豊穣なベジタリアン料理の世界が広がっているにもかかわらず、それには見向きもせずにサラダと温野菜とフルーツとパンばかりを食べています。


 著者は「今この場所こそがシンガポール最強の観光スポットであると確信した」とまで書いておられます。
 僕は自分が食べたいものに集中していて、他の人が食べているものにはあまり興味を持たないので(というか、シンガポールの巨大ホテルに行く機会も人生で1回くらいしかなかったし)、こんな見かたもあるのか、と感心せずにはいられませんでした。

 僕の、というか、多くの日本人の感覚としては「やっぱり和食」であっても、これだけ多国籍の料理が並んでいれば、「少しずついろんな国の食べ物を試してみようかな」と思いますよね。
 しかしながら、ほとんどの外国人は、自分が馴染んでいる食べ物だけで十分で、食事で冒険はしない、ようなのです。
 レビューサイトでの「日本人の口には合わない」問題も、あえて新しい食文化に挑戦する人が多いから起こる、マッチングの悲劇なのかもしれません。
 料理人サイドとしても、外国の料理を日本人が食べやすいようにアレンジする、というのは特異な現象で、ほとんどの国では「地元の味を再現して、それを求める(出身国である)人たちに提供する」のが主流だそうです。


 この本、旅先で気軽に読めるものを、と手に取ったのですが、面白いんですよ本当に。
 著者は他業種から「好き」がこうじて料理人となり、南インド料理というニッチなジャンルの店を経営することになった人なのです。
 「とりあえず作って、お客さんに食べてもらって稼ぐ」というルーチンワークに徹している料理人が多数派なのかもしれませんが、こんな「鳥になってしまったバードウォッチャー」みたいな人がどんな料理を作るのだろうかと興味がわいてきます。


 また、日本の飲食業界の現状についても、かなり率直に書かれています。

 欧米では飲食店の値段がびっくりするほど高い、という話はしょっちゅう話題になります。逆に日本以外のアジアは飲食店がやたらと安い、という認識もあるでしょうが、その差は確実に埋まってきており、場合によっては既に逆転も見られるようになりました。
 欧米のようにちょっとしたランチが3000円、みたいなレベルが適正かどうかはわかりませんが、そこを目指していかないことには始まらないのです。もしかしたら、今「食材費の高騰」を理由に一斉に始まった値上げの傾向は、そこへ向かうきっかけになるのかもしれません。それでもやっぱり、お店ごとの話で言えば値上げは恐怖です。なぜなら、このままもし欧米並みの基準に近づいていくなら、その過程で多くの店が淘汰されるはずだから。根本的に日本は飲食店の数が多すぎるのです。
 かつて自分の店が「安いね」と言われることは純粋に喜びでした。それは、自分たちが知恵を絞り、物理的な意味で頑張っていることに対する評価だったからです。今でも基本的にはその感覚は変わっていません。しかし一方で、それは単なる機会損失なのではないかと思うことも増えました。本当なら1200円でも売れるものを1000円に抑えることで、評価は上がるかもしれないけれど、同時にその200円を働く人々に還元するチャンスを失っているのではないか、という後ろめたさもあるのです。
 かと言って、「安いね」という評価を失うことはこれまた恐怖です。それは、淘汰される方にまわってしまう可能性が高まることを意味するからです。多くの飲食店は常にそのジレンマと戦っています。


 僕は新型コロナ禍以降とくに、チェーン店(吉野家とか松屋とか餃子の王将とかです)のテイクアウトやドライブスルーを利用することが多くなりました。
 ネットで予約しておくと、待たずに済んで便利なのですが、とくに休日のお客さんが多い時間帯などは、店内のお客さんにテイクアウト、ドライブスルーへの対応、最近はウーバーイーツなどのデリバリーもあり、店員さんの手が足りずに結局長時間待つことになったり、諦めて帰ったり、という状況になることが、最近ものすごく増えてきてるのです。

 アルバイトの店員さんの時給も以前よりは上がってはいるのですが、それでも、こんな忙しさとお客さんの殺伐とした空気の中で働き続けて、このくらいの時給だと、そりゃ「やってられない」だろうと思うのです。


fujipon.hatenadiary.com


 近年の日本は「ビッグマックが世界一安い」などとも言われていて、すっかり「手厚いサービスが安く受けられる国」になっています。
 ずっと日本で暮らしていると、「それなりの質の安いものが買えるので、安い給料で生活する」ことが当たり前だったのに、給料の上昇に比べて、物価ばかりが上がっているようにも感じられるのです。

 「牛丼大盛りのセットにすると、1000円になるのか……」と外食の際に、「値上がりしたなあ」という気持ちには、なってしまうんですよね。
 それが「外食産業の世界基準としてはまだまだ安い」のだとしても。

 飲食店を経営する側からみれば「良心的な価格設定」「品質や手間を考えると妥当な値段」であっても、お客さんが「高い!」と嘆いていることも多いのです。

 「外食」に関しては、日本は世界の中でも最も充実した国のひとつだと僕も海外に行くと痛感するのです。
 とはいえ、今のままだと、飲食店で食べたい人はいても、そこで働きたい人がいなくなってしまう。
 
 飲食店にとって「おひとりさま」は迷惑ではないのか、という気になっていたことにも触れられていました。
 お客さんに声をかけることのメリット・デメリットや老舗のそっけない接客の理由なども「あちら側」の視点で書かれています。

 こういう「舞台裏の本」って、すごく面白いけど、読むと自分が利用するときに相手の事情を過剰に意識して困ってしまうところもあるのですけど。


fujipon.hatenablog.com
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