- 作者: マイケル・サンデル,Michael J. Sandel,鬼澤忍
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/05/16
- メディア: ハードカバー
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内容紹介
国民的ベストセラー『これからの「正義」の話をしよう』のサンデル教授、
待望の最新刊登場! 現代最重要テーマに、教授はどう答えるか?
結局のところ市場の問題は、実はわれわれがいかにして共に生きたいかという問題なのだ。
(本文より)
私たちは、あらゆるものがカネで取引される時代に生きている。民間会社が戦争を請け負い、臓器が売買され、公共施設の命名権がオークションにかけられる。
市場の論理に照らせば、こうした取引になんら問題はない。売り手と買い手が合意のうえで、双方がメリットを得ているからだ。
だが、やはり何かがおかしい。
貧しい人が搾取されるという「公正さ」の問題? それもある。しかし、もっと大事な議論が欠けているのではないだろうか?
あるものが「商品」に変わるとき、何か大事なものが失われることがある。これまで議論されてこなかった、その「何か」こそ、実は私たちがよりよい社会を築くうえで欠かせないものなのでは――?
私たちの生活と密接にかかわる、「市場主義」をめぐる問題。この現代最重要テーマに、国民的ベストセラー『これからの「正義」の話をしよう』のサンデル教授が鋭く切りこむ、待望の最新刊。
この本、今年の5月に日本では出版されているのですが、僕は『これからの「正義」の話をしよう』が売れたので、二匹目のドジョウみたいな本が出たんだろうな、と読んでいなかったんですよね。
今回は、出先で近くに小さな書店しかなく、多少なりとも興味がわいたのが、この本だけ……という状況で手にとったのですが、思いのほか面白くて嬉しい誤算でした。
すべてが売り物になる社会に向かっていることを心配するのはなぜだろうか。
理由は二つある。一つは不平等にかかわるもの、もう一つは腐敗にかかわるものだ。まずは不平等について考えてみよう。すべてが売り物になる社会では、貧しい人たちのほうが生きていくのが大変だ。お金で買えるものが増えれば増えるほど、裕福であること(あるいは裕福でないこと)が重要になる。
裕福であることのメリットが、ヨットやスポーツカーを買ったり、優雅な休暇を過ごせたりといったことだけなら、収入や富の不平等が現在ほど問題となることはないだろう。だが、ますます多くのもの――政治的影響力、すぐれた医療、犯罪多発地域ではなく安全な地域に住む機会、問題だらけの学校ではなく一流校への入学など――がお金で買えるようになるにつれ、収入や富の分配の問題はいやがおうにも大きくなる。価値あるものがすべて売買の対象になるとすれば、お金を持っていることが世界におけるあらゆる違いを生みだすことになるのだ。
これはまさに「アメリカだけの問題」ではないのです。
福島の原発事故後の日本では、「放射能を避けるために」西日本に移住した人が少なからずいました。
でも、金銭的に余裕がなく、仕事を辞めることができない人は、どんなに不安でも、動けなかった。
「移住」することの是非はさておき、お金がなければ、その選択肢を選ぶことが困難だったのです。
ただし、この本では、そういう「大きな問題」だけではなく、「コンサートのチケットをダフ屋から高額で買うこと」や「遊園地で追加料金を払って、人気アトラクションに並ばずに乗る権利」の是非から、まず語り始められるのです。
「払うお金というのは、そのものの『必要度』のバロメーターなのだから、お金をたくさん払う人が優先されるのは合理的だ」という意見もあれば、「お金の価値も、各人によって違うのだから、『そのコンサートにあまり興味のない大金持ち』が、『どうしても観たい、正規の料金なら払える人』を押しのけてチケットを手にするのは間違っているのではないか」という意見もあります。
しかしそれがさらに、「病院の予約権」とか「一人で車に乗っていても相乗り車線(アメリカではラッシュ時の混雑防止のために、こういう制度があるそうです)を利用できる権利」とかになってくると、「そういうものを、金で売ってもいいのか?」という意見が出てくるのは当然のことです。
また、いまの世の中には、いろいろな「インセンティブ」があるのですが、この本には、アメリカで実際に行われている例として、こんなものが挙げられていました。
毎年、数十万人の赤ん坊が薬物中毒の母親のもとに生まれる。こうした赤ん坊の一部は生まれたときから薬物中毒で、その多くが虐待されたり育児を放棄されたりすることになる。バーバラ・ハリスは、ノースカロライナを拠点とする<予防プロジェクト>という慈善団体の創設者である。彼女は市場に基づく解決策を手にしている。薬物中毒の女性が不妊手術か長期の避妊処置を受ければ、300ドルの現金を与えようというのだ。1997年にハリスさんがこのプログラムを始めて以来、3000人を超える女性がこの申し出に応じてきた。
薬物中毒で、クスリを買うためのお金がとにかく欲しい女性たちに、お金をちらつかせることによって、「断種」を求めるなんて酷い話だ、とは思うんですよね。
でも、ハリスさんは、コカイン中毒の女性の子どもを4人養子にしており、その苦しみを実際にみてきたそうです。
彼女はこう言っているそうです。
「赤ん坊が苦しまないですむように、自分のやるべきことをするつもりです。誰であれ、自分の薬物中毒を他人に押しつける権利を持つ人がいるとは思いません」
少なくとも、彼女自身は「不幸の連鎖を防ぐ」ためにこの活動をやっているのでしょう。
そして、「自発的に避妊手術を受けること」は「違法」ではない。
この本には、さまざなま「お金で買えるもの」が出てきます。
2012年の日本人の感覚でいえば、「そんなものまで売っているのか!」と驚くようなものも少なくありません。
でも、考えてみれば「公共物」であるプロ野球のスタジアムが「Yahooドーム」とか「マツダスタジアム」と呼ばれるような「ネーミングライツ」だって、以前には思いもつかないことだったんですよね。
世界は、驚くほど「広告だらけ」になっています。
この本を読んでいて驚いたのは、アメリカのベースボールの「広告だらけ」の実態でした。
ある銀行がアリゾナ・ダイヤモンドバックスの球場をバンクワン・ボールパークと命名する権利を買った際、契約によって、ダイヤモンドバックスのアナウンサーは味方のホームランを「バンクワン・ブラスト(ブラストは「ホームラン」の意)」と呼ぶことになっていた。
監督が投手を交替させるためにマウンドに向かうとき、アナウンサーはその動きを「ブルペンへのAT&Tコール」と紹介するよう、契約で義務づけられているのだ。
生命保険会社のニューヨーク・ライフ・インシュアランス・カンパニーが結んでいる契約は、ランナーがホームに生還するたびに、会社のロゴマークがテレビ画面に映り、実況放送のアナウンサーは「セーフです。安全と安心。ニューヨーク・ライフ」と言わなくてはいけない、というものだそうです。
中継の合間のCMの時間にじゃなくて、実況中継の最中にですよ。
さらに、2011年にメリーランド州のマイナーリーグ球団、ヘイガーズタウン・サンズは、地元の会社に、選手の打席の命名権を売ったのだそうです。
「さあ、バッターはブライス・ハーバー。この打席の提供はミス・ユーティリティーです。掘る前に811にお電話をお忘れなく」
いやもうなんというか、よくこれでファンは怒らないものだなあ、と。
もうここまでくると、「諦めるしかない」ということなのかもしれませんけど……
この話を読んでいると、いつもスポンサーの新聞社名を連呼している、日本の「某人気球団」なんてマシなほうじゃないかとすら思えてきます。
しかし、サンデル教授自身は、「なんでもお金で決まるわけではない」とも述べておられます。
イスラエルのいくつかの保育所に関する研究は、こうした事態がいかにして起こるかを示している。それらの保育所はよくある問題に直面していた。ときどき、親が子供を迎えにくるのが遅くなるのだ。親が遅れてやってくるまで、保育士の一人が子供と一緒に居残らなければならなかった。この問題を解決するため、保育所は迎えが遅れた場合に罰金をとることにした。すると、何が起きたと思うだろうか。予想に反して、親が迎えに遅れるケースが増えてしまったのである。
さて、人々がインセンティブに反応していると仮定すれば、これは理解しがたい結果である。罰金によって、親が迎えに遅れるケースは、増えるどころか減るものと予想されるはずだ。では、何が起きたのだろうか。お金を払わせることにしたせいで、規範が変わってしまったのだ。以前であれば、遅刻する親は後ろめたさを感じていた。保育士に迷惑をかけているからだ。いまでは迎えに遅れることを、そのために進んでお金を払うサービスだと考えていた。罰金をまるで料金のように扱っていたのだ。保育士の善意に甘えているのではなく、お金を払って勤務時間を延ばしてもらっているだけなのである。
ああ、これはすごくわかるなあ。
「お金」をもらうことは確かに大事なのだけれど、お金が介在しなければ「善意」として自分を誇れるようなことでも、お金をもらうと「仕事」になってしまう。
頼む側も「お金を払ったほうが気楽」な場合もあるんですよね。
「お金では買えないものがある」
「お金で買えないものはない」
いまの世の中の価値観は、この両者を行ったり来たりしているのです。
でも、この本を読んでいると、やみくもに「お金」で解決するやり方には、限界があるような気がしてきます。
むしろ、「人に仕事をしてもらう側」にとって、知っておくべきことがたくさん書いてある本でもありますね。