琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】プロ野球「衝撃の昭和史」☆☆☆☆


プロ野球「衝撃の昭和史」 (文春新書)

プロ野球「衝撃の昭和史」 (文春新書)

内容紹介
かつて日本のプロ野球では、かくも熱い人間ドラマが繰り広げられていた――。広島対近鉄日本シリーズにおける「江夏の21球」をめぐっては、広島のサードだった三村や、近鉄の三塁ベースコーチだった仰木などからの証言を紐解きながら、従来と異なる視点で、真実に迫る。ベーブ・ルースルー・ゲーリッグらと対戦した沢村栄治については、意外な夫婦関係を浮き彫りにする。さらには上田監督の抗議が1時間以上におよんだ阪急とヤクルトの日本シリーズ、昭和34年の初の天覧試合の後日談など、これまで語られることのなかった12本の球界秘話が明かされる。月刊「文藝春秋」で反響を呼んだ特別連載待望の新書化。


二宮清純さんが、さまざまな「日本のプロ野球史に残る試合や選手の裏側」を丁寧に検証している新書です。
40歳以上のプロ野球ファンにとっては、懐かしい選手や試合の話題が満載で、すごく楽しめるのではないかと思います。
なかでも、物心ついたときからカープファンだった僕にとっては、広島カープが初めての日本一に輝いた、近鉄バファローズとの日本シリーズ第7戦、あの「江夏の21球」についてのエピソードは、興味深いものでした。


あの、1点差で9回裏、ノーアウト満塁の場面、江夏の14球目を打った佐々木恭介選手の打球は、サード・三村の頭上をこえて、ファウルグラウンドに落ちました。
その打球に、三村選手が触っていれば、フェアとなり、おそらく二者が生還していたはず。
しかし、審判の判定は、ファウル。三塁手はボールには触れていない、というものでした。


僕はその後の「江夏がスクイズを外したシーン」はよく覚えているのですが、このサードへの打球は、記憶にありません。
その時は、おそらく、「ああ、ファウルか!」と胸をなでおろして、次の一球に切り替えていたのだと思います。


二宮さんは、「あれがフェアだったら、『江夏の21球』は、『江夏の14球』で終わっており、西本幸雄さんも「悲運の名将」と呼ばれ続けることはなかったはずだ」と仰っています。
三村さんは、2007年に、あの場面のことについて尋ねた二宮さんに対して、

「……その話は墓場まで持っていこうと思うとるんですよ。その前に一回、西本(幸雄)さんに謝らんといかんでしょうが……」

と言っていたそうです。


ところが、三村さんは、当事者である佐々木さんに聞かれたとき、「真実」を話しておられたんですね。

 実は今から17年前(94年)に『遥かなる野球少年』という本を出した時、日本シリーズの話を書こうと思って三村さんに会いに行ったんです。その時、三村さんに直接、聞きました。”あれ、どうやったんですか?”と。最初は”しゃべれんぞ”と言われたんですが、”まあまあ、そう言わんと。別にそれだけを取り上げるわけじゃありませんから”と粘った。すると、”触った。グラブにかすったんや”と正直におっしゃいました。あそこで”しまったー!”くらい言ってくれれば良かったんですけど(笑)」


まあ、今さら判定が覆るものでもないでしょうし、それを現在望んでいる人も、あまりいないと思います。
佐々木さん自身も、あのサードへの打球よりも、その前に外角のストレートを見逃してしまったことのほうが、悔やまれてならない、と仰っているくらいですし。

カープファンの僕のひいき目、かもしれませんが。

ただ、その判定があればこそ、あの「江夏の21球」という伝説が生まれたのは事実です。


この話には、勝負のアヤ、みたいなものが集約されているように、僕には思われます。


佐々木恭介さんによると、西本幸雄監督は、生前、こう仰っていたそうです。

「”オレは今でも恭介の打球はフェアやと信じとる”。西本さん、こう言ったんですよ。”だったら、何で抗議してくれなかったんですか?”と聞いたら、”仰木はあの時、動かんかったじゃろ。オレも(仰木と同じように)ゲームの流れを止めたくなかったんじゃ”と……」
 事実、西本は一度、抗議に行きかけ、仰木の表情を見てベンチに戻っている。二人の間に、どんなアイコンタクトが交わされていたのか。仰木が鬼籍に入った以上、今となっては確かめる術はない。


その前年に、ヤクルト対阪急で、大杉選手の「疑惑のホームラン」をめぐって、阪急の上田監督の1時間19分もの長い抗議が物議を醸した影響もあったのではないか、と二宮さんは書いておられます。
そして、僕がこれらの証言を読みながら考えていたのは、「どうせ判定は覆らない」という諦めとともに「こんな微妙な判定の結果で、日本一を決めてしまうことへのためらい」が、近鉄の首脳陣、そして、審判にもあったのではないか、ということです。


1点差、ノーアウト満塁。
ファウルの判定は疑問だけれど、このまま試合を続けても、勝てる。
しかも、もっと綺麗に。


ところが、その「ためらい」や「油断」を、勝負の神様をいうのは見逃してはくれなかったのです。
こういうのって、「甘さ」なのかもしれないし、「優しさ」なのかもしれません。
でも、「どうせだったら、綺麗に勝って日本一になりたい」というのは、「人間らしい」というか「あたりまえの気持ち」のようにも思われます。


西本監督の内心はわかりませんが、この判定の「重さ」をいちばん感じ続けていたのがカープの三村選手だったように思われるのは、なんだかとても悲しく、そして美しいことのようにも感じるんですよね。



長々とこのエピソードの話ばかり書いてしまいましたが、こういう話が、12個紹介されている新書です。
近鉄の加藤投手の「巨人はロッテより弱い」という発言の真相や江川卓投手の「伝説」も、すごく面白かった。


ちなみに、日本シリーズでの「疑惑のホームラン」の当事者、大杉勝男選手は、あの試合から11年後、1989年に、当時の阪急の監督だった上田さんと対談しました。
その際に、「あれはファウルだったでしょ?」と問いつめてきた上田さんと大杉さんのあいだに、こんなやりとりがあったそうです。

「それにしてもポールの外を通るホームランもあるんやなあ。正直言って、あなたもあの時は入ったと思ったかもしれんけど、ビデオ観たら違うでしょう?」
 ここで、大杉は絶妙の切り返しを見せる。
「いや、私のビデオで観ると、これがフェアなんですね。私のビデオは性能がいいものですから(笑)」

大杉さんも「大物」だな……


実は、2011年にも「誤審」で物議をかもした例があるのです。
(参考リンク:巨人・脇谷の落球誤審騒動 試合後コメントでツイッター大炎上( J-CASTニュース))

誤審があったのは2011年4月20日に兵庫・阪神甲子園球場で行われた阪神戦。7回、1点勝ち越していた阪神クレイグ・ブラゼル選手が2死1、3塁という場面で2塁後方へ打球を放った。これを脇谷選手が倒れ込みながらキャッチ。アピールするかのように球を握った右手を挙げ、アウトと判定された。


だが、VTRをスロー再生で見るとグラブから球が一旦こぼれ地面にバウンド、これを再び拾っている。試合はテレビ朝日で中継されていて、解説者も「これは落ちてますね」。判定した1塁塁審は脇谷選手の背中越しに見ていて、はっきり見えなかった可能性もある。


(中略)


スポーツ新聞各紙は「真弓監督『誤審』に激怒!」「虎、大誤審で首位陥落」といった見出しで報道したが、騒動はこれで終わらなかった。試合後、脇谷選手がスポーツニッポンの取材に「捕りましたよ。自分の中ではスレスレのところでやってますから。VTR?テレビの映りが悪いんじゃないですか」とコメントしたというのだ。

この結果、脇谷選手には非難が殺到し、「炎上」してしまいました。


大杉選手の「疑惑のホームラン」が、いまの時代に起こっていたら……(現在はビデオ判定もありますので、ホームランに関してはだいじょうぶだとは思いますが)


「あの頃」は、プロ野球界にとって、また、ファンにとっても、「幸せな時代」だったのかもしれませんね。
まあ、それは僕が最近15年間Bクラスから脱出できない、カープファンだからなのかもしれませんけど。

アクセスカウンター