琥珀色の戯言

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【読書感想】野獣の怒り ☆☆☆☆


野獣の怒り

野獣の怒り

内容紹介
03年大晦日、ボブ・サップが曙をノックアウトしたTBS「K-1 Dynamite!!」は紅白を超える瞬間最高視聴率43%を記録した。
これほどまでに注目を集めた格闘技人気は、なぜ呆気なく消え去ってしまったのか。
00年代中盤まで、K-1、PRIDE、プロレスとさまざまなリングで活躍したサップ。
その舞台裏では、業界崩壊を暗示するかような幾多のトラブルが頻出していた。
無能だったK-1谷川体制、搾取されるファイターたち、ファイトマネーの未払い、
試合で繰り出された“禁じ手攻撃"、ヤクザと格闘技……
日本格闘技界の暗部を野獣が初めて明かす!

あのボブ・サップの「告白本」。
正直、「ちょっと旬を外しちゃったよなあ……」とも思うのですが、こういうプロレラーや格闘家関連書籍に目がない僕としては、とりあえず読まずにはいられませんでした。
K-1の舞台裏やその栄枯盛衰、サップの「敵前逃亡」と言われた試合の裏で何が起こっていたか?など、K-1、格闘技ブームの時代をみてきた僕としてはなかなか興味深い話の数々です。
もちろん、一方の当事者だけからの話なので、全部が「客観的事実」とは言い切れないところもあるんですけどね。


僕がこの本を読んでいて、いちばん面白いなと感じたのは「ザ・ビースト」と呼ばれた男の「インテリで優しい人なんだけど、なんか肝心なところでキレてしまって問題を起こしたり、ここが辛抱のしどころ、というところで我慢しきれずに、状況を悪くしてしまったりするところ」だったんですよね。
「精神を病んでいて、子どもたちとうまく接することができない母親」と、「真面目すぎる父親」に育てられ、酒場の用心棒のアルバイトで学費を稼いでいたボブ・サップ
学業成績優秀で、NFLのドラフトで指名され、億を超える契約金をもらいながら騙されて生活に困窮したり、プロレスに転向し、人気が出てきたところで所属団体が潰れてしまったり。
誘われたメジャープロレス団体に移籍してアピールすれば、最初はギャラが安くても、いずれは成功したんじゃないか、と思うのだけれど、その初期条件が気に入らなくて、サップはプロレスをやめてしまうんですよね。
そこから、彼の「プロ格闘家人生」がはじまるのです。


しかし、この本を読むと、ボブ・サップというのは、見かけによらず、「闘争心」とか「他者への残虐性」に乏しい人なのだな、ということが伝わってきます。
伝説となっている2002年8月のアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ戦でのエピソード。

 試合翌日、宿泊先のホテルで顔を合わせたオレとノゲイラは、互いに健闘を称え合った。
「ボブ、キミはオレがいままで闘った中でも最高に面白いファイターだな」
「どうしてだ?」
「試合中、オレを殴っていたときに『オイ、大丈夫か?』って聞いてきただろ?」
「ああ、アンタが全く動かないから”このまま死ぬんじゃないか?”と心配になったんだよ(笑)」
「ハハハ! 試合中に相手のことを心配する必要なんかないんだせ?」
 オレは、パウンドで何度もノゲイラを殴った。拳を振り上げながら、彼が何か深刻なダメージを受けやしないか、心の中でとても戸惑っていたのだ。試合の映像を見てもらえば、オレが口を動かし、ノゲイラに話し掛けているシーンが確認できるはずだ。

ああ、ボブ・サップの心は、全然「野獣」じゃなかったんだなあ……
僕のような一人の観客からすると、「プロレス」とK-1やPRIDEのような「リアルファイト」って、実際にやっていることはそんなに違わないんじゃないか、とも思うのですが、この本を読んでいると、その間には、けっこう大きな「違い」があるんですね。


あの2002年の12月、1Rでダウンしながらも立ち上がり、大逆転勝利をおさめたアーネスト・ホースト戦のことを、サップはこんなふうに振り返っています。

 なぜ、キックボクシングのトップファイターであるホーストに二度も勝つことができたのか。彼はコンビネーションのテクニックがずば抜けて優れていた。パンチが来ると思ったらローキック、ローキックと思えばパンチが飛んでくる。K-1ビギナーのオレはローキックさえ満足にガードできず、ストレスが溜まる一方だった。
 殴られ、蹴られ、痛みで泣き顔になりながらも、ひたすらセコンドの指示通りに動いた。どの試合でもそうだが、彼らはテレビゲームのキャラクターのように「ボブ、パンチだ、パンチ!」とコントロールし、オレもその声に忠実に従った。不満はまったくない。これといった格闘技経験のないオレは、事実、そうするしかなかったのだ。
 だから、格闘技専門誌のインタビューで技術的な質問をされるといつも困ってしまった。こちらには大層な理論やテクニックなどないため、代わりに好きな食べ物やプライベートの話をするしかなかった。
 ボブ・サップに二度負けた男が『K-1ワールドGP』に優勝――この前代未聞の結果は、オレの知名度と評価をますます上げた。
 瞬く間に人気者となっていく中で、他のK-1ファイターから大きなジェラシーを感じるようになった。
「あんなに技術のないヤツはファイターなんかじゃない」
「ヤツはパワーだけのプロレスラー崩れだ」
 ホーストをはじめ、ピーター・アーツジェロム・レ・バンナなど、誰もが口を揃えてオレを陰日向なく罵った。いまは友達だが、ニコラス・ぺタスだって最初はそうだった。

「自分に格闘家としてのテクニックが不足していること」を知りつくしているからこそ、あのホースト戦ではセコンドの指示に素直に従い、試合を途中であきらめることもなく「言われるままに戦った」サップ。
だからこそ、当時のサップは強かった。
でも、ファイターとして慣れてきて、自分なりの判断ができるようになると、また「人気や多額のファイトマネー」を得られるようになると、「守りの気持ち」が出てくるのは致し方ないことだったのでしょう。
サップ自身は、もともと「自分がリアルファイトで勝つこと」よりも「エンターテインメントとして、お客さんを楽しませること」のほうが好きだったみたいですし。
しかし、そんなサップに、周囲のK-1ファイターたちは冷たかったようです。
そりゃあたしかに「格闘技の技術が劣っているはずのヤツが、なんでこんなに総合格闘技の世界でチヤホヤされているんだ!」と言いたくなる気持ちも、格闘家として厳しいトレーニングを積んできた選手たちにはありますよね。


試合のことだけではなく、日本で「おしっこプレイ」に目覚めたことなどが赤裸々に書かれていたり、全盛期の収入も、実際に額を明示していたりと、かなりフリーダムな一冊です。
まあでも、こういう本を出したということは、今後は日本で総合格闘家としての試合を中心にしていくということは、考えてないのでしょうね。
ただ、この本を読んでいると、真面目な一方で、かなり行き当たりばったりのところもあるからなあ、ボブ・サップ……


ちなみに、最近のサップさんは何をしているのだろう?たまに日本でプロレスの試合に出たりしているみたいだけど……と思っていたのですが、それもこの本には書かれています。

 2010年大晦日の鈴川真一戦以降、オレは世界中で試合を行っている。2011年にはキック、プロレス、MMAで12試合、2012年には14試合を戦った。ありがたいことに、いまもオレのもとには頻繁にオファーが舞い込んでいる状況だ。いくつかのオファーが重なったときには、4日間で東京、オーストリア、ハンガリーと3都市を回ったなんてこともある。
 いまのオレに、一部の格闘技ファンから批判が飛んでいることは承知している。
「サップは昔の名前で売って、ドサ周りを続けている」
 プロである以上、自分の商品価値はオファーの有無で決まる。オレはプロモーターが何を求めているのか、いつも考えている。大会を盛り上げるために、時には試合前の会見で対戦相手と乱闘騒ぎを起こすなど、自分の役割をきっちりとこなしているつもりだ。勝利も確かに大切だが、ファンを満足させることのほうがもっと重要だと常々思っている。
 現在、代理人を通じて試合オファーを受けているが、オレのフェイスブックに直接オファーが寄せられることもある。これも時代の流れだろう。ファイトマネーは1試合2万〜4万ドル(約190万〜380万円)。最近は、試合に加えて、訪れた国でテレビ番組やCMの出演もこなし、ファイトマネーと同額程度の金を稼ぐケースも多い。
 MMAファイター、プロレスラー、タレント、アクター、歌手……求められれば、オレはエンターテインナーとしてなんでもこなしている。

 ファイトマネーは、もちろん安くはないけれど、ネームバリューを考えると「法外」ではない感じです。
 まるで「ブームが去ったあとの地方営業で稼ぐ、一発屋芸人みたいだ……」と思いながらこれを読んでいたのですが、考えてみれば、そこで「名より実」をとれるのは、「リアルファイター」ではなかったからなのでしょう。
 「負けること」に、そんなに抵抗はなく、「お客さんに喜んでもらうほうが大事」。
 それでお客さんが喜ぶのであれば、「ドサ周り」は責められるようなものじゃないですし。
 マイク・ベルナルドさんの悲劇はまだ記憶に新しいのですが、「トップファイターだった人々の第二の人生」は、けっして平坦なものばかりではありません。

 ここ数年、かつてK-1で活躍していた有名ファイターたちの悲しい現実を、伝え聞くことが多くなった。
 勝っても負けても豪快なKOシーンを演出し、プロモーターから重宝されていたゲーリー・グッドリッジは昨年、「CTE(慢性外傷性脳症)」による認知症と診断された。俗にいうパンチドランカーだ。物忘れや感情の起伏が激しくなり、日常生活にも支障をきたすほどだという。
 かつてミルコ・クロコップにKO勝利を収めたマイケル・マクドナルドは、頭部にパンチをもらい続けた後遺症からか、いまや統合失調症を患っている。
<飛行機に乗っていると、シートとシートの間から、たくさんの手が出てくる幻覚が見えるんだ……>
 彼から受け取った手紙には、そんな苦しみが記されていた。オレ以外にも、同様の手紙が届いた人がたくさんいるそうだ。

 この本のなかでは、そのほかにも、ニコラス・ぺタス、アレクセイ・イグナショフガオグライ・ゲーンノラシンといった有名ファイターたちが抱えているさまざまな問題についても紹介されているのです。
 いくら鍛えていても、あんなに頭部を殴られたり蹴られたりしていれば、そりゃあ、影響が出ることだってありますよね……
(頭部にパンチをもらい続けると「統合失調症」になるのかどうかは、なんとも言えない気がしますけど)


 ボブ・サップは、そういう「後遺症を抱えるファイターたち」への支援活動も行っているそうです。
 格闘家のあいだでは、「村八分」にされていたのに、「いいひと」なんですよ本当に。
 東日本大震災のあと、自ら福島県に支援物資を届けにも行っています。

 ファイターの仕事は、試合をすることだけではないと強く感じた。
 避難所では、小さな子供たちをオレの太い腕で抱き上げ、何枚もの記念写真を撮った。彼ら彼女らが大きくなったとき、ボブ・サップというファイターと写った写真を見て、自分の両親や家族が乗り越えてきた3・11の苦難と奮闘に、必ず思いを馳せることだろう。そのとき、子供の明るい未来を願い、シャッターを押したであろう家族の優しさを感じてくれたら、これに勝る喜びはない。

 僕はこの言葉で、ボブ・サップがけっこう好きになりました。
 サップは「自分と一緒に写った写真を見て、自分のことを思い出して元気を出してほしい」というのではなく、「その写真を残すことで、写っている子どもたちが大人になったとき、シャッターを押した家族の姿と願いを思い出してもらえたら嬉しい」と言っているんですよね。
 「あのボブ・サップ」と一緒に撮った写真は、きっと、みんなが大事に飾っておくだろうから。


 本質的には「優しくて、サービス精神旺盛な男」なんだよね、ボブ・サップ
 なんだか、アブドーラ・ザ・ブッチャーのことを思い出しながら読みました。

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