琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】十頁だけ読んでごらんなさい。十頁たって飽いたらこの本を捨てて下さって宜しい。 ☆☆☆


内容(「MARC」データベースより)
遠藤周作没後10年。奇跡的に発見された「天国からの贈りもの」とも言うべき幻の原稿が、46年の沈黙を経て蘇る。人と人の絆が希薄になった現代人に狐狸庵先生が教えてくれる、幸せに生きるための「大切な一寸した」ヒント。

内容紹介
好きと打ち明けたい。デートに誘いたい。病気の人を見舞いたい。身内を亡くした人にお悔やみを伝えたい。そんな時、どうしたら自分の気持ちを率直に伝えて、相手の心を動かす手紙を書くことができるのか――。大作家が、多くの例文を挙げて説き明かす「心に届く」手紙の秘訣は、メールを書く時にもきっと役立つ。執筆より半世紀を経て発見され世を瞠目させた幻の原稿、待望の文庫化。

実は、上の「内容」は2006年に単行本が発売されたときのもの(下のほうは2013年3月発売のKindle版のもの)なので、実際は50年以上前に書かれた文章なんですね。
Kindle版は240円のセール価格ということもあり、ランキング上位にずっと居続けています。
それを見て、あんまりこの本のことを詳しく知らないまま購入して読んでみました。


率直に言うと、この手の本や、ネットでの「文章術」に目を通す機会が多い僕にとっては、そんなに新鮮な内容ではなかったんですよね、これ。
さすが遠藤周作さん、という軽妙な語り口や、わかりやすさはもちろん素晴らしいのだけれども、この本の「川下」にあたる作品をいくつか読んでいる人には、そんなに積極的に薦めるほどではないかな、と思います。
50年間のあいだに、この文章の「子孫」たちが、たくさん生まれているから、「実用書」としては、ルーツを探る意味はあまりありません。
もちろん、遠藤周作さんのファンにとっては、楽しい読みものだと思います。


ものすごく簡略化して結論を言うと、
・虚飾や紋切り型の言い回しは無意味だからやめましょう
・相手の立場になって書きましょう
・うまく書こうとして機を逸することなかれ
このくらいでまとまってしまうんですよね。


もちろん、こういう話を「うまく相手にユーモアを交えて伝える技術」というのが、遠藤さんの凄さなのですけど。
50年以上前に発表されていれば、「手紙術」「文章術」のルーツとして語られたかもしれないけれど、携帯電話時代には、実用性はちょと乏しい。
もちろん、電子メールにも応用できる内容ですし、「こういう時代だからこそ、紙の手紙でアピールする」というのも、面白いとは思うのですけど。
逆に「過剰な前置きをやめる」とか「リアクションの即時性」などは、50年前の遠藤さんが予測していたわけではないでしょうが、結果的に、電子メールによって「実現」されたことでもありますね。

 ぼくの経験からいいますと、筆不精には大体、三つの大きな原因があるように思われる。
 第一の原因は、手紙の中で名文を書こうという気持ちから生ずるものです。あるいは手紙にはなにか手紙特有の書き方があるような錯覚をもっているため、普通のなんでもないことならスラスラと書ける筈なのに、わざわざ便箋にむかって、「拝啓、貴下、清栄の段、奉賀申し上げ候」こんな文章で書き始めねばならなぬと思いこんでいるためです。
 名文を書かねばならぬという意識、手紙特有の文章で便箋を埋めねばならぬという錯覚が――ほら、あなたの心のどこかに巣くっていませんか。それだからインキ瓶と便箋とを机の上に並べてその前に坐るのが段々とオックウになるのである。

こういうのは、電子メールでも結局同じことなんですけどね。
僕も筆不精で、出さなければならないメールの返事がなかなか出せないのですが、別に「どうでもいいや」と思っているわけではありません。
「ちゃんとした文章、内容で書かなくちゃ」と思ってあれこれ悩んでいるうちに時間ばかりが過ぎていき、そのうち、「もう時間切れだよなあ」と返事を出すのをあきらめてしまう、ことの繰り返し。
でもまあ、相手側にとっては「返事を出す気もない」のも「立派な返事を書こうとしているうちにタイミングを逸してしまった」のも、同じ「返事がなかった」ことになるわけです。
ブログとかで文章を書いてみて実感するのですが、とりあえず、「この映画は面白かった」という骨組みだけでも書いてしまえば、あとは「どこが面白かった?」「なぜそこを面白いと感じたのだろう?」なんて、自問自答しながらそれなりのボリュームになっていくんですよね。
でも、その「骨組み」をつくることすら、先送りにしてしまいがちです。
「この映画は面白かった」だけじゃ、何の意味もないだろう、と自己判断してしまって。


2013年にも通じる極意みたいなところも、けっこうたくさんあるんですよ。

 女性を手紙でほめる場合の要領は次の二点につきます。


(1)抽象的なほめ方はしない
(2)彼女だけが気づいていて、余り他人の気づかない所をさがせ


 これは心理的な効果をあげるだけではなく、また文章道の上から言っても肝心なことだと言えます。


遠藤さんは、このあと、具体的に「ほめ方の実例」をあげて説明してくれています。
こういう「そんなのわかってるよ!」と言いたくなるけれど、ふだんなかなか実践できていないこと、が要領よくまとまっているんですよね、この本には。


ちなみに、この本のなかで僕がいちばん唸らされたのは、この部分でした。

 つまり、このことは少し専門的になりますが、抑制ということが文章道の第一原則なのです。
 少し外れた例になるかもしれませんが、ぼくが初めて小説を書き出したころのことです。ある日、出来あがった一作を先輩の家に持っていって、教えを乞うたことがありました。
 この小説はある夏の海岸を背景にしたものでしたから、その文章の中には夏の日の暑さを描くため「太陽がギラギラと光り」とか「まぶしく樹木も光り」というようなお定まりの表現が沢山、並んでいたわけです。ところがこの原稿を読んでくれた先輩はぼくに次のような忠告を与えてくれました。
「夏のまぶしさや暑さを描くなら光の方から書くな。影の方から書け」
 ぼくは始めはその意味がよくわかりませんでしたが、二、三日たってその先輩の言葉を思いだし何かわかったような気がしました。
 つまり夏の暑さを描写するのに「太陽がギラギラ」とか「樹木はまぶしく」とかいう表現は誰もが使う手アカによごれた形容です。だからそれを読む人も、こういう形容には食傷しています。むしろ、そういう場合は太陽の光には触れず、白い路に鮮やかにおちた家影、暑さの中で微動だにもしない真黒な影を書いたほうがはるかに効果的なのです。

ああ、たしかにそうだなあ、と。


こういう「手紙の書き方」や「文章術」に食傷気味でなければ、一度はこういう本を読んでみてもいいでしょうし、「ちょっと古臭いけれど、それだけに50年前からの真理が封じ込められている」ような気がする一冊です。



※ただし、いま、2013年に「実用的なコミュニケーション術」を求めているのなら、こちらの本のほうが有用だと思われます。

伝え方が9割 【「伝え方が9割 2」試読版付き】

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