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【読書感想】はるかなる野球大国をたずねて: MLB伝説の聖地をめぐる旅 ☆☆☆☆


はるかなる野球大国をたずねて: MLB伝説の聖地をめぐる旅

はるかなる野球大国をたずねて: MLB伝説の聖地をめぐる旅

内容紹介
サンスポの名物記者がアメリカ各地にちらばるMLB伝説の場所と人物に突撃取材。


数々の有名プレーヤーたちが活躍した聖地や、今まさに伝説が生み出され続けているフェンウェイパークヤンキースタジアムなどを徹底解説。
また、選手ばかりでなく、セリグコミッショナーやトミージョン手術のジョーブ博士など裏方や名キャラクターたちへの貴重なインタビューも収録。
全30球団の本拠地も網羅し、101年目を迎えたMLBのすべてが写真満載でわかる!


今まで物足りなさを感じていたファンに贈る珠玉のディープガイドブック。


 サンケイスポーツの名物記者、田代学さんが、全米各地のさまざまな「ベースボール」に関する記念館や球場などを取材したサンケイスポーツの50周年記念連載を書籍化したものです。
 関係者へのインタビューも豊富に収録されていて、「あの伝説の選手が、直接、自分が関わっている施設を案内してくれた」という回もあります。
 これを読んでいると、アメリカという国の「野球文化」の深みというか、「ベースボールというのは、アメリカにとっての歴史そのものなのだな」ということがよくわかります。
 それは、スター選手の栄光の歴史だけではなく、ジャッキー・ロビンソンが扉を開くまでの人種差別の歴史、あるいは、1980年代まで女性がロッカールームに入ることが忌避されてきたという女性差別(まあ、女性には見られたくないような格好で、男たちがウロウロしている、というのはあるにせよ)の歴史でもあるわけです。
 「スポーツビジネスの歴史」というのは、ある意味、「人とスポーツとの関係の変化」でもありますし。


 選手とお金について、田代さんは、最初にこんな話をされています。

 ハンク・アーロンヨギ・ベラカル・リプケンノーラン・ライアンジョニー・ベンチフィル・ニークロ……。連載終了から、この本を出すまでの間にフランク・ジョーブ医師が亡くなった。大リーグの取材をしながら、よくこれだけの顔触れに会えたものだと自分のことながら感心してしまう。
「かなり謝礼をはずんだんじゃないですか」
 連載期間中、他紙の記者から同じような質問を何度も受けた。これだけ殿堂入り選手が登場すれば、札束を武器に交渉したと思われるかもしれない。だが実際は、謝礼を要求されたことさえ一度もなかった。代理人を含めても、そんな素振りさえなかった。肘の靭帯再建手術の通称にもなっているトミー・ジョンの言葉が耳に残っている。
「我々プロの選手はファンのお陰で今があるんだ。メディアを通じて自分の経験をファンに伝えるのは当然のこと。手術の話をするのに米国人も日本人も関係ない」
 野球の成績だけでなく、人格もインタビューへの対応も素晴らしく、プロ意識の高さに改めて敬意を抱かされた。謝礼なしではインタビューを受けない一部の日本選手に見習ってほしい姿勢だ。


 まあ、「取材に対して謝礼を受け取ることは『悪』なのか?」というのは、議論の余地がありますし、お金をもらうのは悪いことだ、とも言い切れないとは思うのです。
 ただ、アメリカで「殿堂入り」するような選手たちには、こういう意識があるのだな、と。


 その一方で、こんな話も紹介されています。

 米国では週末や連休中、コンベンションセンターなどで大規模なサイン会が開催される。さまざまな競技の大物OBやスター選手が日替わりで登場。ファンは会場への入場料を払った上に、お目当ての選手のチケットを購入してサインをもらう。ホンモノであることを証明するため、追加料金を払って認証シールまで購入する収集家も多い。
 サインの料金は人気に応じて設定されており、20ドル(約2000円)前後から200ドル(約2万円)以上と大きく異なる。バットなど大きなものにサインを求める場合や、サイン以外にメッセージを記入してもらうには追加料金を請求される。今や米国内でのサイン会は、完全にビジネス化されている。


 日本で行われるサイン会は、スポンサーがお金を出して選手を呼び、ファンは無料でサインをしてもらう、というのが大部分です。選手からもらったサインをオークションに出すファンは多いのですが、ここまで『ビジネス化」されてはいませんよね。
 こういう面もあるので、一概に、アメリカのほうがお金にこだわらない、というわけではなさそうです。


 この本を読んでいると、アメリカでは多くの名選手の「記念館」が出身地などに建てられていることがわかります。
 僕は「落合博満記念館」の話を聞いたとき、「野球選手が、個人の記念館をつくるの?」と否定的な感慨を抱いた記憶があるのですが、アメリカの感覚でいえば、落合選手ほど活躍した選手が自分の記念館をつくるのは、「あたりまえのこと」なのです。
 この本のなかでは、さまざまな選手や、チームの記念館に田代記者が行って、その様子を豊富な写真とともに紹介しています。
 この本、写真がすごく良いんですよね。点数も多いし、すごく「ニューヨークでも、ロサンゼルスでもない、アメリカの田舎の空気」が伝わってくるんですよ。
 こういう場所で、こういう人たちが、アメリカのベースボール文化を支えてきたのだな、と。


 ただ、こういった記念館の運営は、必ずしも順調なものばかりではなさそうです。

 米国では野球は「ナショナル・パスタイム」(国民的娯楽)と呼ばれてはいるものの、野球に関する記念館や博物館の運営が、すべて順調なわけではない。10年ぶりに訪問した「テッド・ウィリアムズ記念館」で、厳しい現実を目の当たりにした。
「ネイチャー・コースト・バンク」。10年前、ウィリアムズ記念館だった建物は、すでに売却されて銀行になっていた。外壁にある銀行名の下には「ウィリアムズ記念館と打者の殿堂」の文字が残されたまま。駐車場の入り口には背番号「9」の彫刻があり、玄関前のベンチにはウィリアムズの銅像が座っていた。ここに記念館があったことは分かるが、殿堂入り選手の名前が刻まれたレンガ造りの道は荒れ果てていた。

 この記念館は、2006年にレイズの本拠地のトロピカーナ・フィールド内に移転しているので、無くなってしまったわけではありません。
 それでも、どんな有名選手でも、記念館だけでたくさんの人を集めるのは難しい、ということなのでしょう。


 メジャーリーグの現状について、こんな話も出てきます。

 (ジャッキー・)ロビンソンの背番号「42」は、デビューから半世紀が経った97年に大リーグで初めて全球団共通の永久欠番となった。2004年には大リーグ機構が4月15日を「ジャッキー・ロビンソン・デー」に制定し、全選手が背番号「42」のユニホームを着用してプレーするようになった。
 だが近年の大リーグでは、黒人選手が減少の一途をたどっている。『USAトゥデー』紙の調査によると、ピークは選手全体の27%を占めていた75年。2012年開幕戦のロースター(登録選手)では8%まで落ち込み、全30球団のうち10球団は黒人選手が1人以下だった。黒人の子供たちが野球ではなく、バスケットボールやアメフットに流れていることが原因に挙げられている。


 長年、黒人選手を締め出してきたメジャーリーグは、いまや、「黒人選手のほうから、敬遠されるようになってきている」のです。
 ワールド・ベースボール・クラシックの結果をみても、中南米の野球が盛んな国や、アジア各国からの「輸入選手」がメジャーリーグで活躍するようになってきていますしね。


 この本、メジャーリーグ好きには、たまらないと思います。
 いくら好きでも、アメリカの片田舎の記念館まで、実際に行ける人は、ほとんどいないでしょうし。
 また、イチロー選手のシアトル・マリナーズ入団とともに渡米し、メジャーリーグの取材を続けてきた田代記者が、いかにしてアメリカでの日本人記者の地歩を築いてきたか、アメリカのメディアは、彼をどのように遇したのか、というのも、非常に興味深いものでした。
 田代記者というのは、「アメリカ・メジャーリーグ取材界の野茂英雄」みたいな存在だったんだな、と。


 この本のなかに、ベーブ・ルースメジャーリーグの1シーズン本塁打記録を破った、ロジャー・マリス選手の息子さんたちの、こんな話が出てきます。

 ロジャー・マリスの息子2人が幼いころの父親との思い出として明かしたのが、リトル・リーグの試合後に交わした会話だ。最終回二死満塁で前の打者が三振して敗戦。「自分が最後の打者にならなくてよかった」と帰りの車中で話すと、厳しく戒められたという。「スポーツをするなら失敗を恐れるな。いつも成功するわけじゃないが、挑戦するチャンスが自分に回ってくるように望み、そのための準備を怠るな」。高校野球の指導者となった2人は、父親の教えを子供や生徒に伝えている。

 

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