琥珀色の戯言

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【読書感想】トヨタ 現場の「オヤジ」たち ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

トヨタ 現場の「オヤジ」たち(新潮新書)

トヨタ 現場の「オヤジ」たち(新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)
トヨタ自動車には、副社長が6人いる。そのうちの1人、河合満は15歳で入社した中卒の現場叩き上げだ。現場の組長、工長を「オヤジ」と呼ぶ同社において、モノ作りの全責任を負っているのは、大卒管理職ではない。「オヤジ」たちだ。今でも工員と同じ釜の飯を食い、大浴場で裸のつきあいをする河合をはじめ、伝説の「オヤジ」たちが語る、トヨタ生産方式の真実、人の育て方、現場で働き続けることの喜び―。


 この本の「主人公」は、河合満さん。トヨタの副社長です。

 売り上げ27兆6000億円。従業員37万人のトヨタに副社長は6人。うち、ひとりはフランス人。6人のうち、5人は大学を出ている。世界の自動車会社を見ても、経営陣は、ほぼ100%大学を出た人間だろう。
 だが、河合は違う。彼の学歴はトヨタ技能者養成所(現・トヨタ工業学園高等部)卒業。当時はまだ高校ではなかったから、本来の最終学歴は愛知県東加茂郡松平村立(当時)松平中学校卒業になる。中卒の副社長なのだ。
 さて、風呂につかりながら、河合は言った。
「会社人生、55年になるけど、毎朝、必ず、風呂に入っている。鍛造工場は昔は油煙がすごかったからね。作業服が真っ黒になった。だから、うちには洗濯機がふたつあったんだよ。ひとつは家族が着る服を洗う洗濯機。もうひとつはオレの作業着を洗う洗濯機。風呂もオレが入ると、お湯が真っ黒になったから、会社の風呂に入ることにしたんだ。でも、こっちの方が広いし、熱いし、気持ちがいい。むろん、うちにも風呂があるけれど、会社に出勤した日は入ったことはないな」
 風呂に入った後、彼は鍛造工場に隣接した事務所の個室に入る。本社の事務棟には立派な副社長室があるけれど、そこにいることはまずない。
 来客を受け入れるときだけ、出かけていく。彼にとってはスーツは正装ではない。正装は55年間、愛用している現場の作業服だ。


 あのトヨタに、中卒で、臨時工からの叩き上げの副社長がいるのです。
 この本を読みながら、あまりにも出来過ぎた話でもあるし、トヨタの広告みたいなものなのかな、とも思ったんですよ。
 河合さんの昇進についても、「現場を大切にしているという外部へのアピール」でもあるのでしょうし。
 それでも、こうして、副社長、というところまで工場からの叩き上げの人を実際に引き立てている大企業を僕は他に知りません。
 そして、「地位が上がっても、現場の人間でいることに誇りを持って、変わらずにそこにいる」河合さんを選んだトヨタの経営者たちもすごい。
 地位が上がると、悪いほうに変わってしまったり、昔の仲間をバカにしたりする人も多いのだから。


 この本は、河合さんがトヨタに入ってから、現在までの半生記であるのと同時に、「昭和、とくに高度成長期を生きた日本の現場労働者たち」の物語でもあるのです。
 「高度成長期に会社人間として生きるということ」について、当事者たちの、今となっては貴重な証言がおさめられています。


 僕のイメージでは、高度成長期の工場労働者やサラリーマンって、ずっと仕事ばかりの「社畜」として会社に縛られ、家庭を顧みることもなかった不幸な人々、なんですよ。

 でも、これを読んでいると、高度経済成長期の労働者たちは、仕事はきつかったけれど、人と人とのつながりが濃密で、「どんどん生活が豊かになっていくこと」にワクワクしながら生きていたみたいです。
 「社畜」も、当事者にとっては、そんなに悪いものじゃなかったのかもしれません。


 彼らの証言を読むと、時代の勢い、みたいなものが伝わってきて、ちょっと羨ましくもなります。

 私はクラウンのフレームを溶接する担当だった。そして、2年したら正社員に登用されたんです。クラウンが売れ出したこともあるし、会社もある程度、先が読めるようになったから、もう少し人を増やしてもいいだろうとなったのでしょうね。仕事は変わりませんよ。本社工場で溶接です。ただ、どんどん仕事が増えていって、仲間も多くなっていきました。仲間も最初のうちは臨時工ばかりでしたね。私の組も30人のうち20人は臨時工でしたから。
 正社員になって4年後に車を買いました。もちろん中古。中古のパブリカでした。なんといっても給料がぐんぐん上がったからですよ。臨時工で入ったときは、今でも忘れんけど、日給が308円。1日に7時間労働で週休は1日。それがどんどん年ごとに給料が上がっていって、日給が時給くらいになったと思う。
 当時、散髪の値段が200円でした。現在だと4000円ぐらいだから20倍でしょう。でも、トヨタの給料は20倍どころじゃないですよ。あの頃よりも100倍近くになっているんじゃないかな。
 

 私が車体部の班長になったのは28歳でした。思えば臨時工から9年で班長になっている。ずば抜けていたわけではないけれど、早い昇進でした。私が買ったパブリカは確か10万円くらい。車の代金はなんとか工面したんですが、最初は維持費が心配だったんです。でも、車を持っている先輩に聞いたら、「なんとかなるよ」と言われて、確かに、オーナーになってみたら維持費自体は大したことではなかった。
 それから高度成長とモータリゼーションの波がやってきて、我々はその渦中にあったわけです。働くことも嬉しかったし、自分の車に乗ることはもっと嬉しかった。歩いて15分の距離なのに、工場まで車で行くんですよ。工場の駐車場から職場まで行く方がよっぽど遠かったのにね。毎日、一生懸命にきれいに拭いた車に乗ることが嬉しかった。バカみたいなもんだけれど、それくらい、車がある生活は幸せだったんですよ。


 トヨタの副社長である河合さんの言葉ですから、車の悪口が出てくることはありえないのでしょうけど、それでも、日本経済が右肩上がりだった時代の空気が伝わってきます。「なんとかなるよ」と言われて車を買って、実際に「なんとかなった」時代だったんですよね。
 ものすごく忙しかったけれど、どんどん正社員に登用され、給料も上がっていったのです。


 当時のトヨタの工場は、まさに「ファミリー」だったのです。

 あの頃、工長になるとお金は残らんと言われたもの。奥さんがえらかったと思うよ。
 工長は「みんな来い」って、すぐに家に連れてって、メシを食わせて、酒を飲ませる。お祭りとかお正月には寮生に「オレんとこ来てメシ食え」。正月はみんな集まれって部下を呼んでは飲み食いさせて、麻雀やったり、トランプしたりね。
 工長に上がったら、誰もが宿命みたいにやっていた。言葉は雑だったけれど、その裏にはすごい心があった。だからいくら厳しく言われて、いくら小突かれても文句言えないんですよ。
 僕らも昇格してから、昔のオヤジの真似しましたけれど、みんなが家に来てくれたのは組長の時代までだったね。その頃からはコンビニとかファミレスあできたでしょう。正月も寮で過ごすようになって来なくなった。そういう時代になったわけですね。


 上司との飲み会とか、休日にまで会社のイベントを入れられるのは嫌だ、という人が、いまの若い世代ではほとんどだと思います。
 僕も(若くはないですが)そうですし。
 人は、豊かになったり、便利になったりすると、「ひとりで自由にやる」ほうを選ぶものなのでしょう。
 「右肩上がりで、未来にも希望があってうらやましい」のと同時に、今の感覚からすると「束縛の多い、息苦しい時代」でもありました。


 この本で河合さんの証言を読んでいると、「そう簡単には騙されないぞ!」と思いつつも、河合さんの人柄やトヨタという会社、昭和の高度成長期の勢いに強く惹かれてしまうのです。
 やっぱり、経済が好調なときは、将来に希望が持ちやすくて、幸せな人が多くなるのかな、とも思うんですよ。
 いまは、将来に対して「なんとかなるさ」なんて楽観している人は少数派でしょう。「どうにもならない」可能性があまりにも高いから。

 現場の仕事をしていた時、教わったことがある。今でも忘れられない。
 あの頃はカイゼンでも、お金を使っちゃいかんという時代だった。会社にお金がなかったからね。僕は生意気だったから、「組長、ここに部品の仮置き台があると、いいんですけどね」と提案したんですよ。図面も描いてね。自分で作るにはちょっと複雑な品物だったから、メーカーさんに作ってもらった。組長が「わかった」と言ったから、喜び勇んで図面をメーカーさんに渡しにいった。
 できあがってきたら、高さが足りなかった。これじゃ、役に立たんなと思った。でも、お金をかけて作ってもらった以上、言い出しにくいから、そのまま使っていたわけです。使いにくいから、困ったけど……。
 案の定、組長が寄ってきたんですよ。
「河合、この台はあかん」
 何も言えなかった。
「河合、俺は図面を見た時、失敗することはわかってた。位置も悪いし、高さも低い。でも、お前も失敗してみたら、わかっただろう」
 組長は何も言わず、失敗させてくれたんですよ。その後、こう言われました。
「こういうものをつくるときには計測が大事なんだ。まず、俺を使え」
 台の代わりに、組長に立ってもらって、位置や高さを加減して、もう一度、作り直したんです。そうしたら、ちゃんとした仮置き台になった。
 トヨタってそういう会社なんですよ。失敗をさせてくれる。僕も管理職になった時、若い衆が言ってきたら、たいていはOKしました。
「河合さん、こういうことやりたい」
 えらい力んで言ってくるんだ。信念を持って言うからね、まあ、いいか、一度やってみろと。金を出して、失敗しても、そいつがわかればそれでいいんですよ。育てるって、そういうことなんですよ。
 現場で教わって、現場で失敗して、現場で育つ。トヨタは現場の会社ですから。


 そう簡単には流されないぞ、と思いつつも、河合さんとトヨタを好きにならずにはいられなくなる、そんな新書です。
 こういう人たちが現場で頑張っているあいだは、トヨタはそう簡単には揺るがない、ような気がします。


トヨタ物語

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高倉健インタヴューズ

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