琥珀色の戯言

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【読書感想】 海賊の世界史 - 古代ギリシアから大航海時代、現代ソマリアまで ☆☆☆

内容紹介
古代ギリシアヘロドトスは英雄と言い、ローマのキケロは「人類の敵」とののしった。ヴァイキングは西欧を蹂躙し、スペインとオスマン帝国が激突したレパントの海戦は海賊が主役だった。イギリスが世界帝国を築く過程ではカリブ海を跋扈するバッカニア海賊が裏面から支えた。19世紀にアメリカの覇権主義で消えた海賊だが、現代にソマリア海賊として甦る。キリスト教イスラームの対立、力と正義の相克など、多様な視座で読み解く、もう一つの世界史。


 「海賊」といえば、マンガ『ONE PIECE』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』、宇宙海賊『コブラ』に『キャプテン・ハーロック』など、エンターテインメントの世界では、けっこう「自由と冒険とロマンの象徴」というイメージがあるんですよね。
 その一方で、近年の「ソマリアの海賊」に対して、憧れを抱く人というのは、まずいないはずです。
 なぜ、こんなに「想像上の海賊」は、美化され、人々の憧れの対象になっているのか?


 著者は「はじめに」で、こう述べています。

 その答えは、海賊の歴史にある。
 歴史的に見ると、海賊は常に人類共通の敵であったわけではない。それどころか、海賊は悪でもなんでもなく、むしろ、英雄的存在だった時代さえある。そうした歴史が、現代における海賊のイメージを形成しているのである。


 本書では、古代から現代まで、海賊の変遷をたどっていく。
 そこに登場するのは、エーゲ海を支配した古代ギリシアの海賊、アレクサンドロス大王にたてついた海賊、古代ローマを脅かした海賊、カエサルへの復讐に生涯を賭けた海賊、破壊者として名を残した海賊、北欧から現れた海賊、ムスリム海賊、十字軍騎士団の海賊、オスマン帝国の大提督になった海賊、新大陸の富をねらう海賊、イングランド女王からナイトに叙勲された海賊、時代に翻弄されて縛り首になった海賊、海賊を裏切った海賊、伝説に残るカリブの海賊、地中海最後の海賊などである。
 そして、本書では、こうした海賊の姿を描くと同時に、それぞれの時代に海賊がどのような存在として見られていたのかという点もあわせて検討していく。そこからは、現代のソマリア海賊のような犯罪者としての海賊とは異なる別の姿が見えてくるはずである。


 この新書では、こういう「海賊の歴史」が一冊にまとめられているのです。
 これを読んでいくと、「海賊」、あるいは、「海や船を利用して、略奪を行う集団」は、歴史上、必ずしも悪とされていたわけではなく、むしろ、自分たちの敵国や適性集団に対する海賊行為は積極的に認めていた、という国のほうが多いことがわかります。
 同じことをやっていても、仲間相手にやれば「犯罪」で、敵が対象なら「功績」だったのです。
 海での戦いを熟知していた、という点では、海戦では重宝される存在でもありました。

 スペインに代わり、北アフリカムスリム海賊に対峙したのは、ロードス島を追われ、1530年にカール5世から新たな居住地としてマルタ島を与えられていた聖ヨハネ騎士団である。マルタ騎士団と呼ばれた聖ヨハネ騎士団の艦隊は、イスラームとの戦いを名目として北アフリカの船や沿岸を襲撃し、略奪を繰り返した。マルタ島は、ムスリム奴隷取引の中心地となったという。北アフリカ側から見れば、マルタ騎士団はまぎれもなく海賊である。

 マルタ騎士団の略奪は、キリスト教世界からみたら「神の意思」であっても、イスラームからみれば「迷惑な海賊行為」であり、邪悪な奴隷商人の所業でしかなかったのです。


イギリスのエリザベス女王時代にマゼランに次ぐ世界周航を成し遂げた海賊ドレークは、警戒が薄かった太平洋沿岸の港や海上のスペイン輸送船を襲って、略奪を繰り返していました。

 プリマスに着いたドレークは、ただちにエリザベス女王に報告の手紙を送る。今回の遠征の隠れた支援者であったとはいえ、ドレークの掠奪行に対しては、スペインから激しい抗議がなされていることは火を見るよりも明らかであった。
 ところが、謁見のために宮殿に赴いたドレークに対し、エリザベス女王はその冒険の話と持ち帰った財宝を大いに喜び、二人の面会は六時間にも及んだという。
 実際、ドレークが持ち帰った財宝は莫大であった。経済学者のJ.M.ケインズは、このときの女王の取り分の利益が、イングランドの対外負債の返済とレヴァント会社の出資金となり、さらにレヴァント会社の収益から東インド会社が設立されたという経緯から、「(ドレーク遠征による収益が)イギリスの対外投資の基礎になった」と記している。そうなると、イギリスに始まる近代資本主義の基礎は海賊が作ったことになるのである。
 ともあれ、エリザベス女王は、ドレークの世界周航の遠征を祝福し、ドレークをナイトに叙勲する。ドレークは、スペインへの海賊行為によって騎士になったのである。このあと、ドレークはプリマス市長にもついている。


 それぞれの国の利益になるのであれば、海賊行為を認めるのもやぶさかではない、という時代が、海ではけっこう長かったのです。
 この本を読んでいくと、本当にすべての権力から自由で、何者の庇護も受けずにやっていた海賊は、ほとんどいないということがわかります。

 なお、この時期の海賊行為は、正確にいうと、海賊と私掠(しりゃく)という二つに分けることができる。私掠とは、狭義には、国王などから交戦国の領地や船舶を襲う許可状である私掠状を得た船が行う略奪行為であり、戦争行為の一環として位置づけられる。
 ただし、実際には、海賊行為と私掠行為の境界はあいまいである。


 前述のドレークも、エリザベス女王から支援されていたものの、正式な私掠状は持っていなかったそうです。


 国際法で、海賊行為を禁止する規定が明文化されたのは、「バルバリア海賊(北アフリカの地中海沿岸地域、おもにアルジェ、チュニストリポリを基地として活動した海賊)」が消滅した19世紀以降でした。
 大航海時代から、帝国主義時代にかけて、自国の利益のために海賊を利用していたヨーロッパ各国は、次第に、それぞれの海軍を強化し、海賊を締め出すようになっていきました。
 そして、海を舞台に活動する海賊を取り締まるという目的は、「国際協調」という概念がうまれるきっかけにもなったのです。 
 海を自由に移動する海賊を討伐するのは、ひとつの国だけの力では難しかったので。
 

 現在、国際法における海賊行為とは、公海上やいずれの管轄権も及ばない場所において、「私有の船舶又は航空機の乗組員又は旅客が私的目的のために行うすべての不法な暴力行為、抑留または略奪行為」と定義される。
 すなわち、現代の国際法における海賊行為とは、領海内における国内犯罪や国家が行う戦争行為とは異なり、公海などにおける指摘目的のための私的存在による暴力行為を指すのである。それは、暴力の独占を前提とする主権国家体制においては認められざる存在である。
 そして、国際法上、すべての国は、最大限に可能な範囲で海賊行為の抑止に協力することが求められ、各国には、海賊船を拿捕し、裁判にかける権利が認められている。
 一般に、公海を航行する船舶に関しては、船籍を持つ国が管轄権を有し、その国の法律が適用されるという旗国主義が取られる。しかし、この原則に反し、海賊船に対しては、すべての国に取り締まりと裁判の権利が与えられているのである。いうなれば、海賊は、「人類共通の敵」として、国際法による例外的存在になっているのである。


 これだけ公的には敵視されているのもかかわらず、なんとなく憧れを抱かれてもいる「海賊」って、不思議な存在ではありますよね。
 まあ、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズを観ていても、ブラックパール号の船員になりたいとは思わないけど。


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