- 作者: 朝日新聞取材班
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内容紹介
風呂に入れずシラミがわいた姉妹、菓子パンを万引きする保育園児……。
7人に1人とされる子どもの貧困の実態を浮き彫りにし、
支援策や制度、専門家の提言など解決を探る。
文庫化にあたり、高校中退・学校給食・特別養子縁組を増補。
2016年10月に上梓された単行本『子どもと貧困』に「その後」を付け加え、文庫化したものです。
僕はこれまでも「子どもの貧困」に関する本を読んできたのですが、この本は、朝日新聞の連載記事だったということもあってか、あまり「お涙頂戴」路線ではなく、事実を淡々と積み重ねている印象を受けました。
「子どもの貧困」を扱ったノンフィクションでは、どうしても、行きつくところまで行ってしまった例が採りあげられがちなのですが、この本に出てくるのは、どこの公立小学校にもクラスに1人や2人はいそうな子どもたちなんですよ。
この本の冒頭で、関東地方のシェルターに入っている39歳の母親と7歳の長女、4歳の次女の話が紹介されています。
保護されるまでの暮らしぶりを、母親は振り返って語る。
夫は、トラック運転手や倉庫管理など10年で10回以上転職した。年収は200万円前後。家賃や光熱費以外は酒やたばこに消え、自分の事務職の給料などでやりくりしていた。
9年前に長女が生まれてから、「頭が悪い」「ダメな女」などと毎日なじられた。洗濯物がたためない。ご飯を作りながら、子どもにも気を配れない。母は、混乱し途方に暮れた。酒が入ると胸ぐらをつかまれ殴られた。後にわかることだが、母親には「広汎性発達障害」などの障害があった。「どうして私は、人と同じようにできないの」。母は自分を責めた。
6年前に次女が生まれた後、「能力不足」との理由で解雇された。次の職が見つからず、家計は悪化。夫の失業で約2年間は生活保護も受けたが、夫が再就職すると打ち切られた。母は職探しを続けたが、面接で落ち続けた。夫は給料を家に入れず、月4万円で生活した。長女が小1になったころから、電気、ガス、水道のどれかが止まった。朝食はパン1枚。夕食は、ご飯と冷凍ギョーザか納豆。「これしかないの」と母が言うと、姉妹は「わかった」と黙々と食べた。
「ママ、足が冷たい」。雨上がりの夏の午後。保育所に通う妹を迎えに行った帰り道、長女母に訴えた。スニーカーの靴底がめくれ、泥水が染みていた。「いつからなの?」と母が聞くと「ずっと前から」と長女。新しい靴を買ってあげられるのは、いつになるかわからないのに、「ごめんね。今度買うからね」としか返せなかった。
夏休みの学童保育のお弁当は、おにぎり1個。恥ずかしそうに隅っこで食べる女児の姿を見た職員から「何とか工夫して笑顔を作ってあげてくださいね」と声をかけられたのが、「つらかった」。
「おなか痛い。きょうは休む」。嫌がる長女を、集団登校の待ち合わせ場所に引っ張っていく日も増えた。そんな日は保健室登校になった。「学校で何かあったの?」と寝る前に母が長女に理由を聞くと、「くさいって言われた」「毎日同じ服って言われた」と泣かれた。「ごめんね」が母の口癖になった。
「シラミがいるみたいよ。駆除してあげて」。長女が小2になった夏、同級生の母親から指摘され、薬局に走った。薬は2000円。手が出なかった。
夫の叱責は続き、うつ状態になった。警察署に通報したのは夫だった。「子どもの前で妻にDVしてしまう。彼女たちを保護してください」。シェルターにつながり、夫とは別れた。
さすがにこれを「そんなに珍しくない」とは、思いたくないけれど……
こういう事例では、夫や、そんな夫と結婚した母親が悪い、という自己責任を問う声もあるのではないかと思うのですが、「広汎性発達障害」というのを抱えていると、本人が頑張っても、なかなかうまくいくものではありません。
夫も、「まさかそこまでできないとは……」と苛立ってしまう。
だからといって、暴力をふるっても良いわけがないのですが。
厚生労働省によると、日本の子どもの貧困率は16.3%(2014年発表)で、過去最高を更新している。実数換算すると約328万人。ひとり親など大人がひとりの家庭に限ると54.6%と、先進国でも最悪の水準に達する。中でも深刻なのは母子世帯だ。母子世帯になる原因の8割は離婚で、養育費が払われているのは約25%。8割の母親は働いているが、同居親族も含めた年間世帯収入は平均348万円(2016年)。
いまの日本では、6人に1人の子どもが「貧困」におちいっているのです。
(ちなみに「貧困率」というのは、世帯収入から国民一人ひとりの所得を子どもも含めて試算し、順に並べたとき、まん中の人の所得の半分に届かない人の割合です)
離婚しても、養育費が払われるのは4件に1件のみ。
「貧困家庭」で育つと、基本的な生活習慣が身につきにくいために病気になったり、勉強しようという意欲が失われたりすることも多く、「貧困が連鎖してしまう」ことも多いのです。
この本を読んでいると、「貧困」というのは、経済的な問題だけではない、ということがわかります。
取材にあたった記者たちは、こう言っています。
ひとり親家庭の親子も、児童養護施設の子どもも、両親がいて貧困状態にある子どもも親も、そのつらさや将来の展望を常に意識しているとは限らない。自分自身でそれに向き合ったとたん、体も心も動かなくなることがある。特に、他人に認定されるのは嫌なことだ。それは生きる尊厳でもある。
「困ったらいつでも相談してほしい」と、私たちはときどき言うかもしれない。しかし、特に虐待や貧困など長期間にわたり困難にさらされると、自己肯定感が低くなる。「困っている」と告白することは「ダメな私」を披露することになり、「バカにされるのではないか」と恐れる。相談自体、ハードルが高い人がいる。
この数年感、何人もの女性から「苦労する不幸な母子家庭として描かれた」と不満を聞いた。苦労はいい。でも、不幸じゃない。「あなたは不幸です」と誰もが書かれたくないはずだ。「メディアっていつも自分たちのストーリーにはめようとする」。そんなあきらめや不信を抱きながら、「自分たちが直面する問題は個人の問題ではなく社会の問題。他の人の力になるなら」と取材を受けてくれた方々と支援者の方々に感謝したい。
貧困家庭であろうと、人の何倍も努力してチャンスをつかむべきだという意見があるかもしれない。ただ、生徒たちと日々向き合う高校教員らは「貧困状態の子どもは、他の人が当たり前と思うようなこともあきらめてきた結果、意欲や自尊心が低い場合が多い」と口にする。挑戦を促しても、「面倒くさそう」「どうせ自分なんて」という思いが強いのだという。
子どもの頃の「成功体験」がなければ、自信もやる気も失ってしまうのです。
こういう生活しか経験したことがないから、自分たちが不幸なのか幸福なのか実感がわかないまま、「不幸」だと言われたら反発してしまう。
他人や社会に対するSOSの出し方も知らないまま、「生活保護を受けるのは恥ずかしい」「書類の手続きがわからない」と、現状から抜けだすための手段も自分で諦める人が少なくない。
そして、こういう人たちを、安い賃金で働かせたり、性的に搾取したりする人もいます。
ただし、世の中は、けっして悪い方向にばかり向っているわけではない、ということも紹介されているのです。
食べものに困っている子どもたちに(食事の準備の手伝いなどをする、という条件で)無償、あるいは安価で温かい食事を提供する「子ども食堂」は、全国的に広がりをみせています。
取材班が初めて全国調査に取り組んだ2016年5月末の「子ども食堂」は319か所だったのが、2018年4月に支援団体が発表した調査結果では、2286か所に増えていたのだとか。
里親として名乗りをあげる人やスクールソーシャルワーカー、学校の先生、行政の担当者も、身を粉にして、子どもたちのために頑張っているのです。
日本では、教育や子育てを語る際、「昔はみんな貧しかった」「私は、もっと頑張った」といった経験論が幅を利かせがちです。しかし今の社会状況や環境をふまえないと、思考が深まりません。
社会的に自立できない人が増えると、みなさんの製品やサービスの顧客になるはずの人、あるいは勤勉な日本の労働者が減るかもしれない。「かわいそうな子ども」を助ける手段ではなく、未来への投資として子どもの貧困対策が重要なのです。
日本財団子どもの貧困対策チームは、子どもの貧困を放置した場合の社会的損失について、2015年12月に推計を発表しました。貧困世帯の子ども(15歳以下)の進学率や中退率が改善された場合に比べ、現状のまま放置された場合、生涯所得は約43兆円、財政収入は約16兆円少なくなる。非正規雇用や無職者の増加、税金や社会保険料の徴収減少、生活保護費などの公的支出の増加などから算出した結果です。
もちろん、なんでもお金に換算することが正しいというわけではないけれど。
僕はこの本を読みながら、考えていたのです。
いまの日本は、少子高齢化が叫ばれ「子どもの数を増やそう」と多くの人が呼びかけています。
でも、いまの日本人のライフスタイルや考え方の変化を考えると、出生率が今後も劇的に増えるとは考えにくいのです。
個人の幸福を追い求めると「子どもを持たないほうが自分の人生を効率よく過ごせる」あるいは「仕事に注力できる」というのは、けっして間違いではありません。
いくら少子化を危惧する声が強くなっても、実際に「日本のために子どもを産もう」なんて人は、いませんよね。太平洋戦争中じゃあるまいし。
そうなれば、「子どもを増やす」より、「生まれてきた子ども、ひとりひとりの人生を充実したものにする」ほうが、確実で効果的なはずなんですよ。
増えない子どもに期待するよりも、今いる子どもたち生活の質の底上げを目指す。
そういうことを、考えなくてはならない時代なのだと思います。
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