琥珀色の戯言

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【読書感想】ロヒンギャ危機―「民族浄化」の真相 ☆☆☆☆

2017年8月25日、武装グループがミャンマーラカイン州の警察・軍関連施設を襲撃した。これに対し国軍は、ロヒンギャ集落で大規模な掃討作戦を実施。人々は暴力を逃れるため、隣国バングラデシュへと避難し、半年という短期間に難民は70万人にのぼった。事件から3年が経過したが、帰還は進んでいない。本書は、アジア最大の人道問題の全貌を、歴史的背景やミャンマーをめぐる国内・国際政治から読み解く。


 2021年2月1日未明、ミャンマーで国軍によるクーデターが起こり、最高指導者であるアウン・サン・スー・チー国家顧問と、ウィンミン大統領、その他、複数の閣僚や地方首長、政党指導者、政治活動家が拘束されました。その後、非常事態宣言が発令され、国軍最高司令官であるミン・アウン・フライン将軍が、すべての国家権限を握っています。
 このクーデターに対して、国際社会からの批判が集まっており、今後のミャンマーの情勢は混沌としているのです。


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 この本は2021年1月下旬、クーデター発生前に書かれたもので、このクーデターについての記述はありませんが、これを読むと、ロヒンギャ危機での対応では、多くの国から「失望」されていたスー・チーさんのミャンマーでの難しい立場と、国軍がこのタイミングでクーデターを仕掛けてきた理由の一端がわかるような気がします。
 
 僕自身「ロヒンギャ危機」については、仏教国のミャンマーで、イスラム教徒が弾圧されている問題、という程度の認識しかなく、どうして人間は信じているものが違うと、同じ国民でも、うまくいかなくなるのかねえ……なんて考えていたのです。

 2017年8月25日未明、東南アジアのミャンマーにあるラカイン州で、武装勢力が警察・国軍の施設を襲撃した。直後からミャンマー国軍は、武装勢力に対する掃討作戦を開始する。ラカイン州北部の広い範囲で戦闘が続き、同年末にかけて、約70万人の難民が、ラカイン州と接する隣国バングラデシュに流出した。わずか四ヵ月の間に、これほどの数の難民が発生する事例は、近年のアジアにはなかった。
 難民のほとんどはロヒンギャだった。ロヒンギャとは、主にラカイン州北部に住むムスリムイスラーム教徒)である。仏教徒が全人口の9割弱を占めるミャンマーにおいて、ムスリムであるロヒンギャは宗教上の少数派だ。それだけではない。彼らの多くは国籍を持たない無国籍者でもある。
 長い間ミャンマー政府は、ロヒンギャの多くをバングラデシュから不法に入国した人々だとみなしてきた。一方で、バングラデシュ政府(1971年の独立前はパキスタン政府)は、ロヒンギャミャンマー国民だと主張した。両国のはざまで彼らは無国籍状態を余儀なくされてきたのである。
 これまでもロヒンギャの難民流出は繰り返されてきた。しかし、2017年の流出は規模が違った。国境のバングラデシュ側であるコックスバザールでは、以前からいた難民も含めて、いま100万人ほどがキャンプで暮らしている。キャンプ内の環境は言うまでもなく過酷だ。一方で、国境のミャンマー側に目を転ずれば、ムスリムバングラデシュに逃れて姿を消してしまった。誰もいなくなった村が多数あり、なかには消失した村もある。
 いったい何があったのか。
 事件から三年がたったいまでも、流出の原因である武力衝突について、その真相は明らかになっていない。ただし、ミャンマー国軍が、相当規模の残虐行為を武装勢力や民間人に対して行った可能性が高い。そのため、ミャンマー政府と国軍に対する批判が世界中で巻き起こっている。


 著者は、バングラデシュとの国境付近に、ミャンマーでは少数派であるムスリムの割合が多く住むようになり、彼らが敵視されるようになった歴史的な経緯を丁寧に解説しています。
 宗教が違うからとか、人種・民族が異なるから、という理由で他者を差別するというのは「悪」だと現在の日本で生きている僕は認識しているのですが、一度植えつけられた差別意識というのは、そう簡単には払拭できないのです。
 「多数派」である仏教徒の側も、「異教徒」たちを、自分たちの生活が豊かにならないことへの捌け口にしている面もあるんですね。

 なぜ、ナショナリストや僧侶たちは、ムスリムを含むインド系移民から「民族・言語・仏教」を防衛しなければならない、という危機感を持ったのだろうか。
 すでに指摘したように、ヤンゴン自体がインド移民によって拡大した都市だった。日常生活のなかで、移民の存在は目立った。宗教が違えば祈りの場や祝う祭りも違う。建物や食べ物、生活習慣も異なる。ただ、これだけなら「違い」に過ぎない。そこに何らかの不公正さや不正義といった不満がなければ危機感は生まれないはずだ。それは何か。
 結論を先取りすれば、富と女であった。
 まず、インド系移民に対する不満は、仏教徒の経済的な不満から生まれた。ミャンマー経済ではインド系移民や中国系移民の実業家が強い影響力を持った。政府の役人や軍人にもインド出身者が少なくなかった。たとえば、前述した金貸しカーストのチェティアだ。農地がチェティアからの借金のカタとなり、1937年には前耕地面積の約3分の1が不耕作地主、つまり耕している本人ではない者の所有物になっていた。ここから、土地がインド人に奪われているというイメージが生まれる。チェティアは外からやって来て、ミャンマーの富を奪う代表的な存在と認識された。チェティアはヒンドゥー教徒だが、ムスリムを含むインド系移民全体のイメージに反映された。
 次に、女性をめぐる不満である。ヤンゴンの宗教分布は、仏教徒ヒンドゥー教徒の数がともに全体の3割程度で拮抗していた。ムスリムは少数派だったにもかかわらず、仏教徒が彼らを特に脅威と感じたのは、仏教徒ムスリムとの間の婚姻関係が増加していたためであった。背景には、ヤンゴンの男女別人口比が、極端に男性に偏っていたことがある。ヤンゴンの女性人口は常に男性人口の半分ほどだった。男性が多いのはインド系の移民である。彼らは短期の移民労働者が中心だが、なかには定住する者もいて、彼らの結婚相手には仏教徒女性が含まれていた。


 仏教徒側からすれば、「差別している」というよりは、自分たちの「金と女」が、不当に異教徒に奪われているのが許せない、という感覚なんですね。
 ヨーロッパでのユダヤ人差別と同じように、差別の加害者側は、自分たちを「被害者」だと考えているのです。
 西欧諸国や日本の支配を受けてきたミャンマーが独立を目指す際、ナショナリズムを高揚させるために、ミャンマーに土着してきたことや仏教徒であることを「国民の条件」としてアピールしており、それが、インド系の移民やムスリムへの差別意識を助長しました。

 著者は、「ミャンマーでは、民主化したから暴力的な紛争が起きたのではないか」と述べています。
 民主主義国家の日本で生きている僕は、民主主義を、少なくとも「マシな政治形態」だと思ってはいるのですが、「多数決」というのは、「多数派による少数の排除」につながりやすいのです。


 著者は、歴史社会学者のマイケル・マンの著書『民主主義のダークサイド──民族浄化を説明する』でなされている解説を紹介しています。

 民主主義の根幹は、人々による統治である。しかし、この「人々」には二つの意味がある。ひとつは普通の人々、すなわち大衆である。「人々」が大衆であれば、民族的な多様性は問題にならない。その一方で「人々」が民族を意味することがある。民族とは、共通の文化や伝統を引き継いでいると感じている人の集団だ。民主主義を動かす「人々」が、民族と同じ意味で定義されたとき、民主主義は特定の民族が支配するという「理想」の実現を目指す運動になることがある。また、民主主義の原則である多数決主義は、主要民族を代表する人々に国家権力を握る機会を与えやすい。そうして最悪の場合、少数民族の排除、すなわち民族浄化が起きるのである。


 この本のなかでは、ひとつの事件をきっかけにした「復讐の連鎖」で、お互いの不信と憎しみがどんどん広がっていく過程が描かれています。
 「やられたからやり返す」という状況になってしまっては、「自分から復讐をやめる」という判断をどちらかがするか、絶望的なまでどちらかが消耗しないかぎり、「終わり」は無いのです。

 多数派が我慢すべきだ、寛容になるべきだ、と他人事としては考えがちだけれど、犠牲者が出ていれば、当事者は「なぜ、多数派だからといって、こちらだけ我慢しなければならないのか」と思いますよね……

 スー・チーさんが、国軍のロヒンギャに対する残虐行為を強く避難せず、国際社会に向かって、ジェノサイド(虐殺)に否定的な態度をとったことで、人権を重視する諸国は「失望」したのです。

 ただ、国軍が圧倒的な力を持っているのが、ミャンマーという国なのです。
 スー・チーさんは、国軍と正面から衝突して国が乱れるよりは、ある程度妥協しながら、少しずつ民主化を進めようとしていたのです。
 そして、ロヒンギャへの国軍の行為に対しても、「批判的なニュアンスの言葉」を使っていたのです。

 スー・チーさんは、かなり頑張っていた。
 西欧の「人権を重視するのが当たり前の世界で生きている人々」には物足りないとしても、ミャンマーに決定的な亀裂が入らないように気を配りながら、国を変えようとしていたのです。それが、結果的には民主化への近道になると考えて。
 
 それでも、クーデターは起こり、スー・チーさんはまた拘束されてしまいました。

 憎しみや不信感の連鎖は、一度はじまってしまうと、止めるのは本当に難しいものなのだなと、あらためて思い知らされる本でした。


夜と霧 新版

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